44.兄さん

「師匠、エレナさん」

「やぁ二人とも! 女性同士のお話は盛り上がっているかい?」


 僕はエヴァンを連れて二人の所へ合流した。


「うん! いっぱい話せたよ。ねっ、エレナ」

「はい。とても有意義な時間でした」

「おぉー! それは良かった。もうすっかり仲良しだな」


 エヴァンの言う通り、二人とも何だか距離が近くなった気がする。

 師匠もエレナさんを呼び捨てにしているし。

 仲良くなれそうとは思っていたけど、僕が思っている以上に相性が良いのかもしれない。


「エヴァン様、お時間は大丈夫ですか?」

「ん? ああ、もうこんな時間なのか」


 エレナさんに言われて、エヴァンは懐中時計を覗き込む。

 ちらっと隣から見えた時間は、午後六時前。


「すまない。僕はそろそろ城へ戻らなければいけない」

「エヴァン君用事があるんだっけ?」

「ええ。今日は久しぶりに兄上たちと夕食がとれるんだ。遅れるわけにはいかないよ」

「へぇ~ お兄さんたちと仲良しなんだ」

「もちろんですよ。兄上たちは僕の誇りですから」


 エヴァンの話を聞きながら思い出す。

 

 兄上……か。


「そうだフレイ。君はもう会ったのかい?」

「誰にだ?」

「君のお兄さん方に決まっているじゃないか。同じ学園の上級生だぞ?」

「え、そうなの?」

「む? アルセリアさんは知らなかったのかい?」

「うん。お兄さんがいるのは知ってたけど」


 そう言って、師匠は僕に視線を向ける。

 師匠には兄のことをほとんど話していない。

 それに師匠は、親のことも含めて、僕に聞いてきたりしなかった。

 気を遣ってくれていたのだろう。


 僕には兄が二人いる。

 長男のグレイ兄さんと、次男のシルバ兄さん。

 二人とも優秀で、入学した時点で二級魔術師に認定された。

 そして今は、各学年の首席で、一級魔術師に昇格している。

 二人とも有名だから、話は聞こうとしなくても自然と入ってきた。


「まだ会ってないよ。会って話したいとは……思うんだけどさ」

「フレイ?」

「大丈夫ですよ師匠。たぶん、師匠が思っているようなことはないですから」

「本当?」

「はい」


 今の兄さんたちが、僕の知っている二人なら。

 父上と僕のようにはならないと思う。

 

 そんなことがあって、翌日だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 授業が終わり、放課後。

 エヴァンとエレナさんは予定があるからと、先に帰ってしまった。

 僕と師匠は二人並んで、学園の廊下を歩いていた。


 示し合わせはない。

 少なくとも僕には……


「フレイ?」


 突然立ち止まった僕に顔を向ける師匠。

 僕は、そんな師匠を見られない。

 目の前で合ってしまった視線を、外すことができない。


「よう、フレイ」

「シルバ兄さん」


 銀色の髪が特徴的で、雷のように鋭く強い瞳。

 昔の面影を感じる。

 その隣には、赤茶色の髪と燃えるような赤い瞳で僕を静かに見つめるグレー兄さんがいる。


「久しぶりだな」

「グレー兄さんも。お久しぶりです」

「え? この人たちがフレイのお兄さんなの?」

「はい」


 初対面の師匠は、僕と兄さんたちを交互に見る。

 似ていないと思われているのだろうか。

 実際、顔つきも体格もあまり似ていないと思う。

 それから師匠は、僕のことを心配そうに見つめて、厳しい目で兄さんたちを見る。


 きっと師匠はこう考えているに違いない。

 兄さんたちも周囲の貴族たちのように、僕のことを馬鹿にしたり、見下したりするのかもしれない。

 実の弟に罵声を浴びせ、傷つけるつもりなら……と。


 ただ、僕が知っている二人が、あの頃のままなら……


 兄さんたちが急ぎ足で僕に近寄る。

 身構える師匠。

 シルバ兄さんが腕をあげ――


「ようやく戻ってきたのか! 心配させやがって!」


 僕の肩を豪快に掴んで、嬉しそうな笑顔を見せる。


「今までどこにいたんだよ? お前なら生きてるって信じてたけどさ」

「シルバ兄さん……」

「ほんっと心配したんだぞ? 兄上なんて、お前がいなくなってから毎日探し回ってたんだからな」

「そ、そうなの?」

「ああ」


 僕はグレー兄さんと目を合わせる。

 グレー兄さんは昔から寡黙な人で、あまり言葉数は多くない。

 表情も硬くて、ほとんど変わらない。

 そんなグレー兄さんが、見るからに安堵していた。


「フレイ、無事でよかった」

「グレー兄さん……心配をかけてすみませんでした」

「謝るなよ。俺たちも、お前が辛いときに助けられなくてすまなかったな」

「へ? あれ?」


 師匠は一人だけ困惑している。


「だから言ったでしょ? 大丈夫だと思うって」

「ほ、ホントだね……ちょっと意外だった」

「ん? 何だ? まさか俺たちが、フレイをいびりに来たとでも思ったのか?」

「え? あ、まぁ……」

「そんなことするわけないだろ? 俺たちは兄弟だ。大事な家族がいなくなったら、心配するに決まってるだろ」

「で、でもフレイのお父さんが、フレイのことを追い出したんでしょ?」

「ん? ああ……」


 シルバ兄さんは首の後ろに手を当てながら、申し訳なさそうに言う。


「確かにそうだ。父上は権力主事者だから、しょうがない所もあるんだが……正直、そこまでするとは俺たちも思ってなかった。気づいたらいなくなってて、俺たちも抗議したよ。でも、父上には届かなかった。兄上はその日以来、父上とまともに話してもいないし」

「そ、そうなの?」

「ああ。フレイを追い出したって知った時は怒りに怒って、父上と本気で戦ったし。止めるの大変だったんだぞ?」


 そ、そんなことまでしてたのか。

 シルバ兄さんの苦労が表情からよく伝わる。

 と同時に、嬉しく思う。


「父上は間違っている。いかなる理由があろうと、家族を捨てるなどあってはならない」

「って、兄上は父上に言い放って最後だ」


 久しぶりに会った二人は、昔と変わらない。

 優しい兄でいてくれた。

 そのことに、心からホッとする。

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