43.隣を歩く二人

「エレナさんはエヴァン君のこと、大好きなんだね」

「え……」

「何だか良いな~ 昔から一途に想い続けてるって凄いよ」

「応援したくなりますね」

「うん。私たちで良かったらいつでも相談にのるからね! これでも私たち、恋人の先輩だから!」

「ありがとうございます」


 相談にのる、なんて言っちゃってるけど、師匠と僕の経験が役に立つのかな?

 あと恋人の先輩って言い方もおかしな感じだ。


「ん? あ……」

「どうしたの? フレイ」

「いや、いつの間にかエヴァンの姿がなくなったなと」


 さっきまで立っていた所に、エヴァンがいなくなっていた。

 僕たちが話している間に、どこか別の棚へ移動してしまったのだろう。


「僕、ちょっと様子見てきます」

「私たちも行こう」

「え、あの、少し待っていただけませんか? い、今さら急に恥ずかしく……」


 エレナさんは自分の発言でも思い出しているのだろうか。

 今のままエヴァンの前に出ると、恥ずかしさを隠し切れないと言う。


「じゃあ僕が探してつれてきますよ。師匠は彼女と一緒に」

「うん任せて! 女の子同士、聞きたいこともいっぱいあるから」

「え?」

「ほどほどにしておいてくださいよ」


 あまり聞きすぎて、嫌われたら困る。

 見ていて、彼女と師匠は良い友人になりそうな予感がある。

 せっかく一緒に学園生活を送るんだ。

 師匠にも、僕やエヴァン以外に友達を作ってほしいな。


 さて……


「どこ行ったかな」


 店から出てはいないだろう。

 いくらエヴァンが変わった奴でも、そこまで馬鹿じゃない。

 僕たちから逸れて迷子になる、なんてことはしないはず。

 彼がいた棚に沿って奥へ進む。

 すると、一番端っこにある棚を、エヴァンがじっくり眺めていた。


「エヴァン」

「む? おお、フレイか」

「一人で奥にいき過ぎるなよ。エレナさんが心配するぞ」

「これは失敬した。で、そのエレナたちは?」

「師匠と一緒にいる。女の子同士仲良くやってるよ」

「なるほど。美女二人が一緒に並んでいると、中々絵になりそうだな」


 エヴァンはマイペースにそんなことを言いながら、棚のほうへ視線を戻す。

 棚に並んでいたのは古い魔術に関する本だった。


「ここはいろいろな物が置いてあるな。王城にもない古い書物まであるぞ」

「内容は大したことないぞ?」

「そうなのか? 古い物にはそれだけで価値があると思うが。現代魔術のほうが進んでいるのか」

「いいや? 魔術のレベルは確実に昔のほうが高いと思うよ。ただ、昔は今ほど平和じゃなかったから。戦いが優先されて、技術を残すことはおろそかになってた。ここにある本のほとんどは、戦いに参加してない二流が書いたものだよ」


 それも内容は基礎ばかり。

 現代の新品の本を読んだ方がわかりやすい。

 中には掘り出し物もあるかもしれないけど、大抵そういう優れた本は、戦いの最中に失われている。


「ほうほう。まるで見てきたような言い方をするな」

「見てはないけど、知っているかな」

「ふむ。よくわからんが、僕が勉強不足なのはわかったぞ」

「そんなことないだろ。昔から努力家だったって、エレナさんから聞いたぞ」


 さりげなく、エレナさんの話題を持ち出してみる。

 相談に乗ると話したわけだし、多少は彼がどう思っているのかも知っておきたい。

 あとは単純に、他人の恋路の話を聞くのは、結構楽しいと知ったから。


「ほう、エレナがそんなことを?」

「ああ。ちょっと昔の話になってな」

「なるほど、努力家……か。僕から言わせれば、彼女のほうがよっぽど努力家だと思うがな」

「そうなのか?」

「ああ。彼女の生まれは聞いたかい? いや、君も元は貴族なら、家名は聞いたことがあるだろう」


 僕は頷く。

 スプライト家は、王族とも縁がある上級貴族だ。


「貴族は皆、生まれながらに優れた魔力を持っている。魔術師にならない者も多いが、秘めたる才能は現役の魔術師たちよりも上かもしれない程だ。だが、彼女は生まれつき魔力量が人より少ないんだ。彼女の戦いを見ていた君なら、気づいたんじゃないか?」

「まぁ、そう思ったよ。貴族にしては少ないなと」

 

 だた、それを感じさせないほどの魔力制御の技術。

 術の多彩さや技のキレも申し分なかった。

 それに少ないと言っても、貴族の中ではという話だから。


「そこまで問題か?」

「ああ。魔術師を志す者にとっては由々しき問題だ。彼女が魔術師になると両親に告げた時、ひどく反対されたと言っていたよ。それでも彼女は引かなかった。努力を重ね、魔力の少なさとハンデを感じさせない魔術師になった」


 それはきっと、エヴァンと一緒にいたいからで。

 彼が努力する姿を、ずっと見てきたからなのだろうと思う。


「直向きに努力する姿を僕は見てきた。彼女を見ていると、自分もまけていられないと奮い立つ。僕にとって彼女は、ある意味目標の一人だったよ」

「目標か。大切なんだな」

「当然さ。僕が今日まで頑張ってこられたのは、彼女の存在も大きいからね」


 そんな風に語るエヴァンを見ていて、僕は思う。


 師匠、どうやら手助けとかは必要なさそうです。

 たぶんまだ、恋とは違う感情だけど。

 いずれどちらかが一歩を踏み出した時、必ず道は交わる。

 だってもう、二人はすぐ隣を歩いているから。


 僕たちはただ、二人を見守っていれば良さそうだ。

 

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