42.私の王子様

「え、えっと、その」


 照れて返答できない彼女を見て、ニヤニヤする師匠。

 もはや答えなくてもわかる。

 間違いなく、エレナさんはエヴァンに気がある。

 のだが、師匠は彼女の反応を面白がって、追い打ちをかけるように言う。


「ねぇねぇ、好きなんだよね?」


 師匠……活き活きしてるなぁ。


「どうなのかな? どうなのかな?」

「は、はい」

「やっぱり!」


 勝ち誇ったような笑顔を見せる師匠と、恥ずかしさで顔を隠すエレナさん。

 意中のエヴァンはというと、少し離れた所で棚に並んだ商品を見ていた。

 エレナさんはエヴァンのほうをチラチラ見ながら言う。


「あ、あの……このことはエヴァン様には」

「わかってる! 女の子を秘密を簡単にバラしたりしないよ! フレイもその辺りしっかりしてるから大丈夫」

「ええ、もちろんですよ」


 たぶん、仄めかしたところで本人は気づかないだろう。

 こうも分かりやすい反応を見せる彼女に、エヴァンは気づいていなかったから。

 

「ねぇエレナさん、エヴァン君のどんなところが好きなの?」

「え、それは……笑顔が素敵な所とか」

「笑顔! 他には?」

「真面目で熱心な所とか」

「なるほどなるほど。他には?」

「優しい心を持っている所……とか」

「他には他には?」


 師匠は目を輝かせてエレナに迫る。

 楽しさが溢れ出ていて、質問責めが止まらない。

 ぐいぐい迫ってくる師匠に、エレナんはタジタジだ。

 さすがに困っているように見えたので、助け舟を出すことに。


「落ち着いてください師匠。そんなに一気に聞いたら、彼女も困ってしまいますよ」

「あ! ご、ごめんね? つい夢中になっちゃって」

「い、いえそんな」

「いつになく楽しそうでしたね、師匠」

「あははは~ 何だか他人の恋の話って気になっちゃうんだ。でもよく考えたら、どこが好きなのかって聞かれるほうは恥ずかしいよね」

「そうですね。ちなみに師匠は、僕のどんなところが好きですか?」

「え、ちょっ……」


 ちょっと意地悪なタイミングで質問した。

 師匠はあからさまに動揺して、エレナさんより頬を赤くする。

 もじもじしながら目をそらし、恥ずかしさを隠しながらぼそりと。


「い、いっぱいあるから……後で」

「了解しました」


 そんなやり取りをする僕たちを、エレナさんは不思議そうに見ていた。

 彼女の視線に気づいた師匠は、照れ笑いをしながら言う。


「あははは~ ごめんね、やっぱり恥ずかしいや」

「い、いえ……あの、お二人はもしかして、お付き合いされているのでしょうか?」

「え? うん、そうだよ」

「僕と師匠は恋人同士です」


 そういえば、師匠のことは僕の師匠で学園では使い魔としか紹介していなかったな。

 エヴァンの件もあるし、やっぱり誤解しているのか。


 そう思った僕は、エヴァンと知り合った経緯を彼女に説明した。


「そういうことですか……エヴァン様はその、時々すごく誤解しやすお方で……。で、ですが悪い方ではありませんので」

「大丈夫です。僕も師匠も、それはもうわかってますから」

「そ、そうですか」


 エレナさんがチラッと師匠を見る。


「大丈夫だよ。ただの誤解だったから、私とエヴァン君がどうこうなることはないから。私には、ほら……フレイがいるから」


 どんどん尻つぼみになる声量。

 自分で言いながら恥ずかしがっているようだ。

 師匠も大概わかりやすい。

 そんな風に言うから、エレナさんも納得したようにホッと胸を撫でおろす。


「エレナさんは、エヴァンの幼馴染なんですよね?」

「はい。私の家と王家には昔から縁がありまして。そのお陰でエヴァン様ともお知り合いになれたんです」

「へぇ。昔のエヴァンでどんな感じだったんですか?」

「今を見ての通りです。昔からエヴァンは変わっておりません。他人に優しく、自分に厳しい。魔術学園に入学されたのも、お兄様方の力になりたいという想いからです。そのために小さい頃からずっと、努力されていました」


 話ながら懐かしむように。

 エレナさんはエヴァンを見ながら、うっとりと微笑む。

 たぶん、昔から好きなんだろう。

 

「あのさ。ずっと気になってたんだけど、エヴァン君て王子だよね? 何で魔術師になろうとしてるのかな? お兄さんたちのためって?」

「それはエヴァン様が第四王子という、王位継承から遠い所にいらっしゃるからです」


 次代の国王は、王子の中から選出される。

 基本的には第一王子が次期国王の座に就く。

 もしも第一王子に何かあれば、第二王子が王に着くこともあるし、第三王子も同様だ。

 いわゆる保険。

 そして第四王子は、保険のさらに保険でしかない。

 彼が国王になることは、まずないだろう。

 加えて彼には、王子として必要な才能がいくつも欠けていた。

 出来の良い兄たちと比べられ続けた彼は、それでも後ろ向きにはならなかった。

 

「自分には魔術師としての才能がある。だから優秀な魔術師になって、兄上たちを支えたい。僕に出来ることは、それくらいだから……と。そうおっしゃって、毎日血のにじむような努力をされてきたのです」


 その結果が、今の彼だ。

 僕は直接戦ったからよくわかる。

 彼が積み重ねてきた修練を、魔術師にかける情熱を。

 だったら――


「残念王子なんて呼び名は不名誉すぎるな」

「全くです。エヴァン様は、私にとって最高の王子様ですから」

 

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