41.放課後

 頬を赤らめ、笑みからは嬉しさがこぼれ落ちる。

 呼びかけたときの声のトーンも、普段より一つか二つ高かった。

 僕や師匠に向ける視線とは明らかに違う。


 対して、エヴァンのほうは普段通りに見える。


 つまり――


  ❤         ?

 エレナ  ➡  エヴァン


 こういうことですよね?

 師匠!


 うん!

 たぶんそうだと思う。

 というか絶対そうだよ!


 注意:脳内会話。



「実に素晴らしかったよ、エレナ。以前に見せくれた時より一段とコントロールが上達しているようだね。日々の修練の賜物だ」

「い、いえそんな。エヴァン様の努力に比べたら小さいものですわ」

「はっはっは! 僕もまだまだ修行不足さ! 先日彼に負けてから、それを痛感させられたよ」


 エレナさんが僕のほうへ鋭く振り向き、すぐにエヴァンへ視線を戻す。


「で、では負けたというあの噂は……」

「ああ、事実だよ。僕は彼と決闘して、敗北した」

「そ、そんな……」

「そう悲しい顔をしないでくれ。確かに負けはしたが、僕にとっては最高に充実した瞬間だった。元は僕の誤解から始まった戦いだったが、彼とはもう親友だ」


 また勝手に……出会って数日で親友とか。

 友達って言うのはそれが普通なのか?


「それよりどうして、君たちは戦っていたんだい? まさか僕と同じ誤解を?」

「違うぞ。彼女は師匠の手ほどきを受けたかっただけだ」

「おお、そうなのか?」

「は、はい」


 何だか歯切れの悪い返事だな。

 もしかして違う……まさか、これもエヴァンがらみだったのか?

 いや、ない話でもない。

 エヴァンと僕の決闘は噂になっていたし、その経緯を知ったら、彼女が師匠にライバル心を燃やす可能性も……


「えっと、今更だけどエレナさんは、僕とエヴァンの決闘の経緯は知らないの?」

「はい。噂程度でしか知りませんでした」


 彼女はにっこり微笑んでそう答えた。


 駄目だ。

 表情からは嘘なのか本当なのか読み取れない。

 誤解されているなら解かないと。 

 師匠が一方的に敵視されるなんてよろしくない事態だ。

 それとはまた別で……


「エヴァン様はどうしてこちらに?」

「ん? ただの偶然さ。フラフラと歩いていたら、心地良い魔力の衝突を感じてね? 興味本位で覗いたら君たちだったというわけだよ」

「そうだったのですね」

「しかしエレナが二人と知り合っているとはな!」

「はい。これも運命かもしれませんね」


 この二人の関係は、見ていてとても気になる。

 しかし、どうするか。

 

 僕はこっそり、小声で師匠に声をかける。


「師匠」

「大丈夫。私に任せて」


 そう言って、師匠はおほんと咳ばらいをする。

 咳払いに反応した二人が、師匠へ視線を向ける。


「あのね! 私たちこれから街で買い物しに行くんだけど、良かった二人も一緒にどうかな?」


 師匠は二人を誘った。

 どうやら同じことを考えていたらしい。

 ちなみにもちろん、そんな予定はなかった。

 ジータを見ると、「え、そうなの?」という顔をしている。


「ほう、そうなのか! 夕食までなら僕は問題ないぞ」

「エヴァン様が行くなら私も!」

「ん? 良いのかエレナ、家の方に連絡しなくても」

「はい。学園の門に迎えの者が待機しておりますので、途中で伝えますわ。エヴァン様とご一緒なら許してくださるでしょう」

「ふむ。では一緒に行こうか」

「はい!」


 やりましたね師匠。

 心の中でそう言って、僕は師匠と目を合わせる。

 師匠のドヤ顔は可愛かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕たちは王都の商店街に繰り出した。

 ジータは別の用事があるらしく、一度兵舎に戻るらしい。

 なるべく早く宿屋に帰るように言われて、学園を出た時に別れた。

 以前に比べて随分と監視のレベルが下がったものだ。

 これなら近いうちに疑いも晴れるだろう。


「いや~ 賑わっているな~ いつもこうなのか?」

「ああ。この時間は仕事帰りの人も多いからな」

「なるほど。普段こういう場所に来ることがないからな。人混みに酔ってしまいそうだ」

「すぐに慣れるよ」

「そういうものか? エレナは大丈夫かい?」

「はい!」


 ニコニコ笑顔のエレナさん。

 エヴァンの隣を歩く彼女はとても幸せそうだ。

 僕たちはその後、適当にブラブラと街を見て周った。

 元々予定にないことだったから、行きたい場所も特にない。

 何となく、以前から何度か言っている雑貨屋に入る。


「おぉ~ 何やら小物がたくさんあるぞ。珍しい物ばかりだな」

「そうか? 対して珍しい物はないと思うけど?」

「僕にとってはどれも珍しい。王都の暮らしとはかけ離れているからな。聞き及んでいるだけで、実際に見て触れないとわからないこともある」

「なるほど。じゃあ思う存分見てくれ」

「うむ!」


 エヴァンは興奮気味に店内をウロウロする。

 それについて行こうとしたエレナさんを、僕と師匠は呼び止める。


「ちょっといいかな?」

「え、何でしょう?」


 エレナさんは先へ進んでしまうエヴァンが気になる様子。

 これはもう、聞くまでもないと思うが……


「エレナさんって、エヴァン君のこと好きなんだよね?」

「――へ、あ……」


 真っ赤になった彼女は、まさに乙女の顔をしていた。

 僕と師匠は顔を合わせ、心の中でぐっとガッツポーズをする。

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