40.あ、そういうこと

 氷麗術式――氷花。

 師匠の身体から、氷で形成された茨が伸びる。

 茨は鞭のようにしなやかに動き、師匠の意思で自在に動く。

 エレナさんが使っていた流々舞踏と同じ、常時展開型の術式。


「いくよ!」


 氷の茨が彼女を襲う。

 彼女は舞い、氷の茨を阻む壁を作る。

 凍る直前にコントロールを外してしまえば、自分の足元まで凍ることはない。

 おそらくそう判断したのだろう。

 だが、さっきまでの師匠はいわば様子見だった。

 残念だけど今は――


「それじゃもう、間に合わないな」


 瞬間、彼女の身体を氷の茨が絡めとる。

 それはもはや芸術と言って良い。

 凍った水面と、水の柱にグルグル茨が巻き付き、花を咲かせている。


「氷の……花」

「綺麗でしょ?  この技は私のお気に入りなんだ」

「……参りました」


 彼女は白旗を挙げた。

 その言葉を聞いた師匠は、指をパチンと鳴らして術式を解除する。

 砕けていく氷の茨と、綺麗に咲いた花。

 個人的には、もう少し見ていたかったと思う。


「はぁー楽しかった! 久しぶりに良い運動になったよ」

「そう……ですか。本当にお強いのですね」

「君だって強いじゃないか! 流々舞踏! あれは使えるだけでも凄い術式だし、かなり練りあがってた。真剣に練習を積んできたのがわかったよ」


 二人が話している所へ、僕とジータは近づく。


「お疲れさまでした。師匠」

「あ、フレイ! 見ててくれた?」

「はい。随分力が戻ってきてるんじゃないですか?」

「う~ん、まだ半分くらいかな?」

「今のが……半分?」


 会話が聞こえたのか、エレナさんが驚いて目を丸くしていた。

 そんな彼女に師匠は言う。


「腕輪も外してないし、実際は一割くらいなんだけどね」

「一……割」


 師匠、楽しそうだな。

 それは良いけど、腕輪のこととか、たぶん話さないほうが良かったと思う。

 彼女はもっと驚いてしまったし。

 師匠が賢者だってことは内緒にしたいんだが……


「あ、貴女は一体、何者なんですか?」

「へ?」

「氷属性の適応者で、貴女ほどの実力者は他にいません。私も全てを把握しているわけではありませんが、一度もお名前を聞いたことがないなんて……」

「え、ああ……」


 ほら、疑問にもたられ聞かれてしまったよ。

 どうしようかと悩んでいる師匠は、困った顔で見つめる。


「フレイ……助けて」


 と小声で聞こえた。

 なんて可愛いんだろう。

 今すぐ抱きしめたいが、ここはぐっと堪えて……


「師匠はずっと一人で魔術の研究をしていたんですよ。それも王国が管理していない山奥だったので、知らないのも仕方ないです」

「そう! 私こう見えて人見知りでね~」


 師匠はえへへ~と笑って誤魔化す。


「一人で、ですか?」

「うん。それで偶然フレイと会って、一緒に王都へ来たんだ」

「そういうわけです」


 何者か、という問いの答えにはなっていないけど、どうして知らなかったのかは大体これで説明がつくだろう。

 細かくつっこまれると答えられないから、これで納得してほしい。


「そう……ですか。失礼ですが、どのくらい修行されたのですか?」

「うーんと、たくさんかな?」


 具体的な時間は言えないから、師匠は曖昧な回答で誤魔化すつもりだ。

 さすがに時代背景とか言えないし。


「……そうですか。私はまだまだ修行不足だったということですね」

「そんなことないよ。その年で流々舞踏を使いこなしてるんだから!」


 師匠……年の話はやめましょう。

 あまり言いたくありませんが、見た目だけなら師匠のほうが年下に見えます。


「たっくさん練習したから出来ることだよ! 妥協したり、サボったりしてたらきっと出来てないことだと思うから。それに舞ってる時、すっごく綺麗だった! ねっ! フレイもそう思うでしょ?」


 ここで僕に振るんですか?


 師匠とエレナさんの視線が僕に集まる。

 ジータは後ろにいて見えないけど、たぶん見ている。


「そうですね。僕には師匠という心に決めた人がいるので揺らぎませんが、普通の男なら惚れ惚れしていたと思います。それくらい綺麗でしたよ」


 ああ、何だか恥ずかしい。

 師匠ではない別の女性を褒めるなんて……


 すると、エレナさんは一瞬、泣きそうな顔をして微笑む。


「ありがとうございます」


 何かを言いかけて、堪えたような気がした。

 彼女の努力には、何か理由があるのかもしれない。

 それこそ、強くならないといけない理由が……


 そこへ――


 パチパチパチ。


 拍手の音が響いて、誰かが歩み寄ってくる。


「実に素晴らしい戦いだったよ!」

「エヴァン」

「エヴァン君だ」


 現れたのはエヴァンだった。

 どうやら二人の戦いを見ていたらしい。


「お見事でしたよアルセリアさん。さすが我が友の師!」

「あははは~ どうもありがとう」

「え、エヴァン様」

「やぁエレナ。君も随分腕を挙げているじゃないか」

「あ、ありがとうございます! エヴァン様にそう言って頂けるなんて夢のようですわ」


 おや?

 何だか彼女の様子がおかしいな。

 うっとりとした視線で、エヴァンを見つめている。

 頬もほんのり赤いような気がする。


「あのさ、二人は知り合いなの?」

「ん? ああ。幼い頃からの友人だ。いわゆる幼馴染というやつだな!」

「なるほど……」


 幼馴染……

 それに彼女の表情と反応……


「ねぇフレイ、私気づいちゃったかも」

「奇遇ですね。たぶん同じこと思ってます」


 もしやこの二人、そういうことなのか?

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