38.負けたくない
部屋に入り、席に着く。
問題の彼女は私の隣に座って、その横にフレイという男と、さらに奥にジータという女性が座った。
「何とか間に合ったね!」
「ええ。エレナさん、案内してくれてありがとうございます」
「いえお構いなく。困ったときはお互い様です」
私はニコリと微笑んでそう返した。
良い事をした後は、こうして謙虚さをアピールする。
見た目だけでなく、中身も美しい女性として振舞うことも忘れない。
それにしても……綺麗な肌。
傷一つなくて、きめ細かくて、小さい頃のままみたい。
髪もサラサラだし、どんな手入れをしてるのかしら。
あとやっぱり、新入生に彼女はいなかったはず。
何度も思い返しているけど、チェック漏れはなかったし、こんな人がいたら気付かないわけ……
「おい見ろ、あいつエレナ様と話してるぞ」
「ああ、調子に乗りやがって」
周りの視線を感じる。
私にではなくて、彼女の……違う、フレイという男への視線。
それもあまり良くない視線ばかり。
嫌な意味で注目を集めている。
授業開始まで残り三分くらいあるわね。
よし。
「アルセリアさん」
「え、はい?」
「一つお伺いしたいのですが、貴女も新入生なのでしょうか?」
「ううん、違うよ」
彼女は即答した。
やはり違ったと心の中で頷く。
「ではもしかして上級生の先輩だったのですか? でしたら図々しく案内などしてしまい……」
「違う違う! 先輩でもないよ!」
「そう……なのですか?」
新入生でもなければ先輩でもない。
つまり、この学園の生徒ではないということ。
学園の規定で、生徒と教員以外は原則立ち入れない。
親類や関係者であっても、数段階の手続きを踏んでようやく許可される。
それに外部からの入場を許可された者は、その証明として首から鍵のネックレスをつける決まりだ。
ちょうど、兵士姿の彼女、ジータさんが首から付けてる。
でも、アルセリアさんにはそれがない。
代わりにあるのは……首輪。
謎がさらに深まる。
そして、謎の答えを彼女が口にする。
「私はフレイの使い魔なんだよ」
「つ、使い魔?」
使い魔ってあれよね?
主人に付き従う忠実なしもべ。
動物とかが一般的だけど……彼女は人間よね?
人間が使い魔。
それってもう奴隷じゃないの?
「この学園の中だけですけどね。普段は関係なく師匠は僕の師匠ですから」
「そうそう! 私が自由に学園を出入りできるのは、使い魔になることだったから、学園長にお願いしたんだよ」
学園長が許可?
私の知る限り、とても厳格な方で、そういう異例とか例外は認めないような方だったと思うけど……
気になる。
まだ確認したいことが山ほどある。
でもあんまり聞きすぎると鬱陶しがられるし、理解の悪い女だと思われる。
とりあえずここは――
「そういうことだったのですね。教えて頂きありがとうございます」
分かった風を装おう。
「本当? 良かった~ また誤解されたどうようかと思ったよぉ~」
「あれはかなり特殊な例だと思いますよ」
「そうだね~ まさか決闘まで申し込まれるとは思わなかった」
「戦ったのは僕ですけどね」
決闘……そういえば、入学当日に新入生同士がもめて戦ったって……
私は入学式も初日も、家の予定を優先したから出席できなかったのによね。
詳しいことは聞けていない。
「でも良かったでしょ? さっそく友達も出来たんだからさ」
「まぁ……そうですね。ちょっと変わった奴ですけど」
「ふふっ、確かに変な人だね、エヴァン君は」
え?
エヴァン様?
決闘……友達になった?
「あ、あの……決闘というのはどなたと戦われたのです?」
「第四王子のエヴァンです」
「フレイが戦って勝ったんだよ!」
なっ、エヴァン様が負けたというの?
この……彼に?
「そ、それは事実なのですか?」
「え、はい。そうですよ?」
信じられない。
あのエヴァン様が、同じ新入生に敗れるなんて。
それに待って?
確か彼は、彼女のことを師匠と言っていたわ。
「アルセリアさんは、フレイさんの師匠のなのですよね?」
「うん」
「それはつまり、アルセリアさんのほうが強いということでしょうか?」
「はい。師匠のほうが強いですよ」
「どうかな~ 力も完全に戻ってないし、今はフレイのほうが上かもしれないよ?」
「いやいや、僕なんてまだまだですよ。師匠がいなかったら、何もできない落ちこぼれが、そう簡単に師匠を越えられるはずないです」
「……」
楽しそうに話す二人を見ていると、なぜだか無性に心がざわつく。
エヴァン様が敗北したという事実と、彼女に出会って感じた敗北感。
その二つが合わさって、私を駆り立てる。
「アルセリアさんは、素晴らしい指導力をお持ちなのですね」
「え、そ、そんなことないよ」
「最高の師匠ですよ。世界一可愛くて強いです」
「ちょっ、フレイ」
「事実ですから」
「もう……」
可愛らしいしぐさが、私の導火線に火をつけた。
「そうなのですね。もしよろしければ、私にも指導して頂けませんか?」
「え? 私が?」
「はい。ほんの一戦でいいので、お手合わせをして頂きたいのです」
負けたくない。
そう、心から思った。
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