37.美しいエレナ様
私の名前は、エレナ・スプライト。
由緒正しき公爵家の令嬢。
気品ある立ち振る舞いと、周囲から向けらえる熱い視線。
鮮やかな桃色の髪は私の自慢の一つで、風が吹き抜ける度にふわっと揺れて、私の美しさをより際立たせてくれる。
「エレナ様よ」
「ええ、今日も美しいわぁ」
皆の視線もいつも通り。
私の美しさに見入って立ち止まり、まるで恋をするかのように頬を赤くする。
「ごきげんよう」
ニコリと微笑むと、皆は一斉に挨拶を返してくれた。
この瞬間がたまらなく心地いい。
私の美しさは、皆から認められているもので、私自身も実感している。
常に美しくあろうと努力しているのだから、当然の結果だ。
そう、私は美しい。
この国で一番美しくて、可愛い女の子は私だ。
私より美しい女性なんて、この国には一人もいない。
いないと……思っていた。
「ねぇフレイ! 今度はあっちに行ってみようよ!」
「ちょっとはしゃぎ過ぎですよ師匠」
「子供みたいですね」
その出会いは、宿命だったに違いない。
すれ違い、視界に入った瞬間に、私は思ってしまった。
か、可愛い!
髪の色、透き通るような白肌。
抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な身体なのに、強くて冷たい魔力が漲っている。
声も高く響いて、歩く姿さえ愛らしさが漂う。
そ、そんな……ありえない。
何なの、何なのよあの子!
私が見てきたどの女性より遥かに美しい!
「エレナ様どうしたのかな?」
「何だか顔色が……」
はっ!
い、いけないわ。
動揺している所なんて見せたら、美しさが濁ってしまうもの。
私は心を落ち着かせるために深呼吸をして、改めて彼女に視線を向ける。
同じ方向に歩きながら、不自然さが感じられないように。
何度見ても……美しい。
というより、この上なく可愛いわね。
こんなにも可愛い女の子がいたなんて、今までどうして知らなかったの?
おかしいわね。
学園にいる女子生徒は全員チェックしたはずなのに……
「あ、そうだ! 今日は帰りに雑貨屋さんに寄ろうよ」
「唐突ですね。もちろん良いですけど」
「やったー!」
喜び方も可愛い。
え、それに首輪?
何で首輪をつけてるの?
見ていると疑問がどんどん湧いてくる。
このままじゃスッキリしないと思った私は、思い切って声をかけようと近づく。
「やぁ! こんな所にいたんだねフレイ」
「ん? ああ」
「アルセリアさんにジータさんも、おはよう」
「こんにちはー!」
「おはようございます。エヴァン王子」
え、ええ……エヴァン様!?
思わず隠れてしまったけど……え、知り合いなの?
「アルセリアさんは今日も美しいね」
「会って早々口説かないでくれるか?」
「ただの事実だよ。彼女の美しさは、君が一番よくわかっているだろう」
「それはまぁ……そうだけど」
「ふ、二人とも止めてよ。みんなも見てるんだから」
楽しそうに話しながら、四人は去っていく。
私は、そんな彼らの後姿を見つめながら、沸々と湧き上がる感情に襲われていた。
エヴァル様が……エヴァル様が美しいって言った?
う、嘘……聞き間違いじゃない。
私にも言ってくれないのに。
「……アルセリア」
確かそう呼ばれていたわね。
一体何者なのか、調べてあげるわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同日の午後。
エヴァル様が不在の、三人だけのタイミングを見計らう。
「次の授業ってどこでやるの?」
「確かこの道の突き当りじゃなかったですか?」
「え? そうだっけ? ジータはわかる?」
「すみません。学園内は詳しくないので」
どうやら道に迷っているみたいだ。
これはチャンスかもしれない。
私は声をかける前に声を整えて、普段通りお淑やかに声をかける。
「どうされましたか?」
「え、あの……」
「一年生用の基礎講義の部屋を探している所です」
女の子のほうはそっと男性の後ろに隠れた。
代わりに男性が私に話しかけてきたけど、彼女は人見知りなのかしら?
「それなら知っています。私も受けるつもりでしたので、良ければ案内しましょうか?」
「本当ですか? 助かります」
「いえいえ。申し遅れました。私は一年生のエレナ・スプライトです」
「僕はフレイです。同じ一年です」
彼の名前を聞いた後で、私はわかりやすく彼の後ろに視線を向けた。
それに気づいた彼は、彼女が見えるように一歩横に退く。
「この方は僕の師匠です」
「師匠?」
「あ、アリセリアです! よろしくね?」
「はい。こちらこそ。そちらの方は?」
「私はジータです」
格好からして兵士さんみたいだけど……
何だか不思議な組み合わせだわ。
彼らの護衛?
そもそもこの学園は、関係者以外入れないはずだけど……
なぞはさらに深まった。
とりあえず私は、彼らを部屋まで案内することに。
「ね、ねぇフレイ」
「何です?」
「あの人すっごく美人さんだね」
ぴくっと反応する。
後ろから小声で、私の美しさについて話している。
「髪も目も綺麗だし、スタイル良くて羨ましいなぁ」
そうでしょう?
やっぱり誰が見ても私は美しいわ。
「師匠のほうが綺麗ですよ」
「ちょっ、もうフレイはそうやって……ありがと」
な、なな……負けた?
私より可愛いと、殿方が認めている?
私は出会って数秒で、どうしようもない敗北感に襲われた。
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