36.友達が出来ました

 襲いかかってきた取り巻きたちを文字通り一蹴したエヴァン。

 その立ち姿の堂々たるや。


「どっちが勝者なのかわからなくなるよ」

「ん? 気にするな! 負けた時こそ堂々とあれ!」

「なるほど」


 潔くて、スッキリした考え方は好きだ。

 そんな彼を取り巻きたちは睨む。


「ちっ」

「これだから残念王子は」


 各々に彼への批判を口にして、背を向け去っていく。

 エヴァンは何も言わない。

 ただ黙って、去っていく彼らを見つめている。


「いいのか?」

「何がだい?」

「いや、あいつらってお前の友人だったんじゃ」

「ふっ、違うさ」


 エヴァンは小さく笑う。

 その横顔は、ちょっぴり寂し気に見えた。


「彼らはただの生徒だよ。僕の友人ではないし、ましてや従者でもない」

「だったら何で一緒にいたんだ?」

「決まってるさ。僕はこれで王子なんだよ? 僕を支持していた理由なんて一つしかない」


 この時点で僕は、その理由を悟った。

 

「僕に取り入って、学園での立場を確立したかったんだろうね。この学園じゃ地位なんて飾りなのに、仲良くしておけば将来有利になると思ったのかな?」


 だが、彼は第四王子だ。

 もっとも次期王の座から遠く、覇権争いとも無縁の立場にいる。

 他の王子たちに比べれば、仲良くするメリットは少ない。

 これは予想だけど、あくまで学園にいる間だけ、仲良く出来れば良かったのだと思う。


「あとは、自分たちが怖いから、僕に君みたいな強い人を倒してほしかったんだろう。そしてこう言ってほしかったんだ。貴族の血と才能こそが、優れた魔術師に必要な素質だと」


 他力本願で自分勝手だ。 

 観戦していた人たちも、大多数がそういう展開を期待していたに違いない。

 血筋、才能、それだけで強くなれるほど魔術師は単純じゃない。


「さて! いつまでも部屋を占領しているわけにもいかない」

「そうだな」


 僕は振り返って、師匠のほうを向く。


「師匠!」


 僕が呼ぶと、師匠は駆け足で走り寄ってきた。

 ジータも一緒だ。


「お待たせしました」

「うん、格好良かったよ」

「ありがとうございます。ジータは? ちゃんと見てくれたか?」

「はい。この目でしっかりと」

「そうか。イカサマじゃなかっただろ? ちゃんと上にはそう報告してくれよ」

「もうしていますよ」

「え? そうだったの?」


 僕が二人と話していると、背中側からおほんと咳払いが聞こえる。

 こっちを見てほしいという気配を感じて、僕たちはエヴァンに顔を向ける。

 すると、彼は今までにない真剣な表情をしていた。


「フレイ、そしてアルセリアさん。改めて謝罪をさせてほしい」


 そう言って、僕たちに頭を下げる。


「僕は彼のことを侮っていた。酷い奴だと勝手に決めつけてしまっていた。戦った今だからハッキリとわかる。彼は酷いことが出来る人間じゃない」

「ふぅ、わかってくれたか」

「ああ。彼女に首輪をつけているのも、何か深い理由があるのだろう?」

「う、あ、うん」


 申し訳ないけど、そこまで深い理由はない。

 でも変なことを言うとまた誤解されそうだから、とりあえず肯定しておくことにした。


「アルセリアさん」

「は、はい」

「貴女の恋人に大変な無礼を働いた。どうか許して頂きたい」

「べ、別にいいよ謝らなくて。誤解が解けただけで……」


 話している途中で師匠が口を紡いだ。

 何か考えている様子で、急にはっと閃いたように目を見開く。


「やっぱり駄目! 謝ったくらいじゃ許さないよ」

「師匠?」

「……ああ、貴女の大切な人を侮辱してしまったのだ。知らなかったとは言え、無理に引きはがそうとして怒りを感じないはずもない」

「う、うん、そうだね。その通り!」


 師匠はちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 大切な人、辺りからニヤけ顔になっているけど、何とか怒っている体を保とうとしている。

 何がしたいのかわからないけど、とりあえず可愛い。


「私はとても怒ってるよ!」

「どうすれば許して頂けるでしょう?」

「そうだな~ じゃあ私のお願いを聞いてもらえる?」

「僕に出来ることであれば何でも言ってください」


 師匠はニヤっと笑う。

 一体、何をお願いするつもりだろう?


「じゃあお願いです。フレイの友達になってくれないかな?」

「師匠?」


 何でそんなお願いを?


「二人はたぶん気が合うと思うんだよ。でしょ? フレイ」

「え、あ……まぁ」


 素直に認めてしまうのは少し恥ずかしいけど、師匠の言う通りではある。

 最初はただの変な奴で、関わりたくないとまで思った相手だった。

 だけど、戦いを終えた今は、中々面白いやつだと思っている。

 なら、友人になるのも悪くないな。


「申し訳ないが、それは出来ない」

「「え!」」


 まさかの拒否。

 せっかくその気になっていた僕も、思わず驚いて声が出た。


「な、何でかな?」

「僕は誰かにお願いされて友人は作らない。友人というのは、互いに認め合った者同士がなるものだ」

「ぅ……そ、そうだね……」


 師匠は涙目で僕のことを見た。

 言葉には出さなくても、ごめんなさいと謝っているのが伝わる。


 師匠の所為じゃないですよ。


「つまり! 僕らはもうとっくに友達です」

「へ?」

「ですから、そのお願いは必要ありませんよ」


 師匠の顔がぱーっと明るくなる。


「フレイ!」

「はいはい。まったく、師匠を一々驚かせるなよ」

「すまないね。フレイ、これからは君を目標にしてもいいかな?」

「好きにすればいいよ。どうせダメって言っても勝手にするんだろ?」

「その通りさ! さすが僕の親友!」

「い、いや……」


 いきなり友情ランクを挙げないでくれ。

 というか、思えば最初から彼は、僕のことを友と呼んでいたな。


「友達……か」


 まだ実感はないし、良いか悪いかもわからない。

 だけど、退屈はしなさそうだ。

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