35.僕が保証しよう

 エヴァンは驚愕している。

 終わりだと確信をもって放った四つの竜巻が、一瞬にして視界から消えた。

 文字通り、一回瞬きして見開くと、そこにはキラキラと散る氷の結晶が舞うのみ。


「一体……何をした? どうやって竜巻を防いだんだ?」

「何だ? 見えなかったのか? だったらもう一度撃ってくるといい。今度は見逃さないようにな」

「……」


 エヴァンは眉を顰め難しい表情をする。

 挑発だと理解しているが、何をしたのかわからないのも事実、とでも考えているのだろう。


「良いだろう。ならば見せてもらおうか!」


 思考の末、エヴァンは挑発に乗ることを選択したらしい。

 生成された竜巻は一つ。

 竜巻はエヴァンの左から大回りして迫る。

 僕は左腕を挙げ、竜巻に触れる。


 瞬間、竜巻は氷の柱に変化する。


「なっ……」


 驚くエヴァン。

 僕は氷の柱に触れ、握りつぶす様に砕く。


「わかったか?」

「竜巻を……凍らせたというのか?」

「正解だよ」

「馬鹿なありえん! 風を凍らせるなど……それもただの風ではないのだぞ? 僕の魔術で強化されたものだ!」

「そう焦るなよ。そもそも風っていうのは空気の移動だろう? 空気にはチリとか水分が含まれている。凍る要素はちゃんとあるんだ。それから今の竜巻に関しては、魔術で強化されたものだからこそよく凍るのさ」


 エヴァンは眉間にシワを寄せる。


「どういう意味だい?」

「僕の【氷麗術式】で生成される氷はただの氷じゃない。魔力を吸収する性質をもった氷だ」

「魔力を……吸収だと?」

「そうだよ。凍らせた対象から魔力を吸収し続けることで、半永久的に凍り続ける。氷を破壊したいなら、吸収速度を上回らないといけない」


 ちなみに今までの氷は、吸収効果を解除した氷だ。

 触れた物を瞬間的に凍結させ、身体を守る【氷鎧】も使っていなかった。

 それに気づいたのか、エヴァルは怖い顔をして言う。


「つまり……今までは手を抜いていたということか?」

「いいや、そんなつもりはない。ただ、確かめていただけだ。でも、ここからは本気だ。お前も加減なんてやめて全力で来た方が良い」

「何だと?」

「気づかないとでも思ったか? お前は最初から手加減しているだろ?」


 図星だったのだろう。

 エヴァンはびくっと震え反応を示した。

 別に侮っていたとか、僕をなめていたわけではないと思う。

 殺してしまわないようにという、無意識の部分が大きい手加減だ。

 エヴァンは小さく笑う。 


「ふっ、君を断罪する資格はないようだな。良いだろう! 君なら、僕の全力を受け止められそうだ!」


 エヴァンの魔力が上昇していく。

 抑えていた魔力が解放され、荒々しく風が吹き荒れる。

 さすが王族の血筋。

 魔力量は並みの貴族の数倍はある。

 観戦している生徒たちの中には、その力に怯えて震えだす者もいる。


 魔術師の保有する魔力は、最初こそただの魔力だ。

 無色透明な水に、属性という色がつく。

 極めれば極めるほどに色は濃くなって、魔力の性質は属性に寄る。

 僕や師匠の魔力が、凍てつくほど冷たいように。

 彼の魔力もまた、風のように吹き抜ける。


「心地良い魔力だ」

「さぁ見せてくれ! 君の本気を!」


 彼を中心に巨大な竜巻が生成される。

 何度も見た技だが、さっきまでとは比べ物にならないほど大きく荒々しい。

 数も十を超え、まるで立ち入り禁止の危険地帯。


 正直、僕や師匠以外でここまで洗練された魔力を持っている奴がいるとは、思ってもみなかった。

 相当な修練を積んだ結果だ。

 

「その努力に敬意を表する」


 ――【連鎖氷結】


 ただ一歩踏みしめる。

 その直後、嵐は止まる。

 荒々しい形を永遠とするように、氷の塊が空間を支配する。


「美しい」

「そうだろ?」


 僕はすでに、彼に触れられる距離にいた。

 纏っている風の衣に触れれば、瞬く間に砕け散って、彼自身が露になる。

 僕は拳を握る。


 すると、彼は清々しい笑顔を見せた。


「……どうした? 殴らないのか?」

「殴るつもりだったよ。でも――」


 お前はもう、戦う意思を失っている。


「勝負は僕の勝ちでいいか?」

「ああ、僕の負けだ。清々しいほどに完敗だよ!」


 負けたというのに、満足げな表情を見せるエヴァルに、僕は呆れて笑う。

 その後、パチンと指を鳴らして、部屋の氷を破壊した。


「あー、もったいない。もっと眺めていたかったのに」

「駄目だよ。みんな震えてるし」

「はっはっはっ、それもそうか!」


 何だか僕も、悪くない気分だ。

 と思っていたのに、その気分を台無しにする声が響く。


「エヴァン様! お下がりください!」

「この下衆が! また卑怯な手を使ったのだろう!」


 彼の取り巻きたちが一斉に魔術を発動していた。

 こういう展開も予想していたけど、さすがに今やられると萎える。

 僕は防ごうと手を動かす。


「馬鹿者が!」


 それよりも速く、エヴァンが風で彼らを吹き飛ばした。


「なっ、エヴァン様?」

「これは僕と彼の決闘だ! 邪魔は許さん!」

「し、しかし卑怯な手を」

「断じてない! 戦った僕が保証しよう。彼は真の強者だ!」

「お前……」


 エヴァンは堂々と、彼らの前で宣言した。

 負けた男の姿とは思えない。

 不覚にも、少しだけ彼のことを格好良いと思ってしまったよ。

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