31.忘れものは何ですか?

 エヴァンが去り、周りで様子を窺っていた生徒たちも散っていった。


「僕たちも帰りますか」

「そうだね」


 出入り口の門へ向かって歩き出す。

 数歩進んだところで、師匠がピタッと立ち止まる。


「どうしました? 師匠」

「……何か忘れてる気がするんだけど~」

「何か? 会場に忘れ物でもしましたか?」

「う~ん、物っていうか、者というか」


 喉まで出かかっているのに、後少しつっかえて出てこないという表情。

 師匠は唸りながら考えていた。

 すると、どこからか誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 彼が戻ってきたのかと思い、僕は音がする方へ振り向きながら言う。


「何だ? まだ何か――あ」

「そうだ思い出した! ジータが待ってるって――あ」

「あ、じゃないですよ!」


 振り返っていたのはジータだった。

 全速力で走ってきたのか、ぜぇぜぇ息をきらしている。


「こ、こんにちは?」

「こんにちはじゃありませんよ。はぁ、どれだけ探したと思っているんですか?」

「え? 探してたの?」


 八時半に到着する、という予定だった。

 ジータにもその旨を伝えてあったから、彼女は門前で待っていたそうだ。

 しかし、時間になっても僕たちは現れず。

 何かあったのかと考えた彼女は、僕たちが通るであろう道を辿り、様子を見に行ったそうだ。

 受付時間ギリギリになっても見つからず、本当に何かあったのではないかと心配になった彼女は、急いで宿屋まで走った。

 僕たちは屋根の上を走っていたから、彼女とすれ違わなかったようだ。


「宿屋に戻ったら、急いで出ていったとフローラさんに教えられて、会場に着いたら式が始まっているし。人混みで探すことも出来ないまま時間が過ぎて」

「それで今?」

「そうですよ!」

「大変だったね~」

「誰のせいだと思っているんですか?」


 ギロッとジータが師匠を睨む。

 師匠は僕の腕に抱き着いて言う。


「怖い! フレイどうしよう! ジータが怒ってるよ」

「まぁ……怒るでしょうね。でもありがとう、ジータ」

「は? なぜお礼を?」

「だって話聞いてると、僕たちが心配で迎えに来てくれたんだろ? だからありがとうって」


 僕がそう言うと、怒っていた表情がいくらか和らぎ、彼女は小さく呼吸を整える。


「礼など必要ありません。私はお二人の監視役ですので」

「そうだね」

「いいですか? 今後はこういうことがないようにお願いします」

「了解」

「貴女もですよ」

「え? 私も? うぅ……わかりました」


 シュンとなる師匠。

 ジータはチラチラ周囲を見回して尋ねてくる。


「ところで、先ほど人が集まっていたようですが、何かあったのですか?」

「え? あぁ……まぁいろいろと」


 ジータが僕を凝視している。

 疑いの目で。


「この短時間でもう問題を起こしたのでは」

「何もしてないぞ! 今回はまったく僕に非はない」

「では何があったのですか?」

「それは帰りながらでもいいかな?」


 いつの間にか、西の空に夕日が沈みかけていた。

 それを見て納得したジータと一緒に、暗くなり夜の風景に変わる王都の街を歩く。


 帰宅して、僕と師匠の部屋にジータも入り、改めて話をする。


「決闘ですか。それも第四王子と……」

「わかっただろ? 僕に非はないんだよ。向こうからいきなり声かけてきて、勝手に勘違いして決闘を挑んできたんだから」

「断ればよかったではないですか」

「断れる雰囲気じゃなかったんだよ。それに、断っても後から付きまとわれそうだったし」

「ごめんねフレイ……私の所為で迷惑かけて」


 師匠は小さく丸まって落ち込んでいる。

 小さい身体が余計に小さく見えて可愛いけど、落ち込んでいるのは申し訳ないと思った。


「師匠の所為じゃないですよ」

「で、でも……」

「師匠が可愛くて美しいのは仕方がないことですから」

「フレイ……」

「……こんな時にイチャつかないでもらえますか?」


 ジータがいることを一瞬で忘れかけた。

 師匠の可愛さは恐ろしい。


「おほんっ、それで実際どうなのですか? 決闘のことは」

「勝てるかって話?」

「はい」

「それは問題ないよ! フレイが負けるはずないし、大体新入生ってことは一度試験で氷漬けにされてる一人でしょ?」


 師匠は自分のことのように自信満々に言う。

 僕の勝利を信じて疑わない。

 それは心から嬉しいのだが、一つだけ訂正しておこう。


「それは違いますよ師匠。彼は推薦組なので、あの試験は受けていません」

「え、そうなの? 推薦組?」


 学園から推薦状を貰っている者は、入学試験を受けずに学園の生徒になる資格を得る。

 選ばれるのは優秀な魔術師になることが期待される生徒。

 という名目だが、大半が上級貴族や一部の権力者たちに与えられている。


「彼も王族ですからね。後ろにいた生徒も同様でしょう」

「ふぅ~ん、でも関係ないよね? フレイが負けることはあり得ないし」

「それはそうですけど、まぁ一応警戒はしておきます。腐っても彼は王族、弱くはないと思いますから」

「周囲の反応も気にしてくださいね。必要以上に痛めつけたりもお勧めしません」

「わかってるよ」


 ん?

 というか、ジータも僕が負けるとは思ってないんだな。


「何ですか?」

「いや、何でもないよ」

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