30.残念王子

 僕も、師匠も、状況が理解できず沈黙した。

 というより絶句した。

 目の前にいるのは、この国の第四王子エヴァン。

 僕に声をかけて来たし、たぶん僕に言いたいことがあったのだと思う。

 そんな彼は……


「美しい……美しすぎる!」

「え、えぇ!」


 師匠に夢中だ。


「なんて美しい女性なんだ! まるで女神のようじゃないか」

「えっと、私?」


 それは同感できる。

 何だ?

 こいつ中々見る目はあるようだな。


「僕はエヴァンと言います。失礼ですがお嬢さん、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「あ、えっと……アルセリアです」

「アルセリアさん! とても良い名前だ」


 彼はグイグイ距離を詰めてくる。

 師匠は若干引き気味だ。

 それと、どうやら僕のことは完全に忘れている様子。

 師匠の可愛さを前に目的を忘れてしまうことは仕方がない。

 それは仕方がないのだが……


「ぜひともお近づきになりたい! これから僕とお茶でも――痛い!」

「さすがに近づきすぎだ」


 師匠に触れようとする素振りがあったので、横から蹴飛ばした。


「エヴァン様!」


 取り巻きの男たちが若干遅れて反応し、吹っ飛んで倒れたエヴァンに駆け寄る。

 それよりも速く起き上がり、彼はプンプン怒りながら戻ってきた。


「貴様何をするんだ! 横から蹴るなど卑怯だぞ!」

「じゃあ前から蹴ればよかったか?」

「うむ、そうだな。前からならよく見えるしって違う! いきなり蹴るとは何事だ!」

「僕の師匠に無断で近づいて、あまつえ触れようとしたからだ」

「む? 彼女が君の師匠なのか?」

「そうだが?」


 エヴァンが疑うように僕を見て、そのまま視線を僕の後ろに向ける。

 目が合ったのか、師匠がうんうんと頷いた。


「なるほど、それは失礼した。ただ……」


 エヴァンはじーっと師匠を見ている。


「な、何かな?」

「つかぬ事伺うが、アルセリアさんも魔術師ということで間違いはないのだな?」

「え、う、うん」

「当たり前だろ」

「そうか。では、新入生だろうか? 僕の記憶違いだったら申し訳ないのだが、貴女のような美しい女性がいた記憶が異ののだが……」

「私は新入生じゃないよ」


 ここでピキーンと頭に電流が走った、ような気がする。

 直感が働いた。

 面倒なことが起きる気がする。


「むむ? そうなのか? ではなぜここに?」

「師匠、余計なことは――」

「私はフレイの使い魔として一緒にいるんだよ」

「なっ……」


 残念ながら手遅れだった。


「な、なな、使い魔?」

「うん。嘘じゃないよ? ほら、首輪もしてるし」

「首輪だとぉ」


 さらに余計な追加情報を与えてしまった。

 この後のセリフは、何となく予想が出来る。


「き、貴様……自らを育てた師に首輪をつけ弄んでいたというのかぁ!」


 王子はお怒りである。

 ちょっとニュアンスは予想と違ったけど、まぁ怒るだろう。

 師匠の魅力を見抜いた男なら、尚更怒るだろうな。


「見損なったぞ貴様ぁ!」


 見損なう以前に初対面だけど?


「ち、違うよ違う! 使い魔として入学したけど、普段は師匠で、こ、こ恋人だから」

「こ、恋人!?」


 エヴァンは衝撃を受けたように両目をグワッと見開いていた。

 彼は師匠とは違う意味で、見ていて飽きない反応をする。


「だからね? こ、これは私が望んでやってることなんだよ。フレイと一緒にいたくて」


 尻つぼみになる声量。

 たぶんだけど、後半は聞こえていないと思う。

 

 ありがとうございます師匠。

 説明してくれるのはありがたいのですが、逆効果だと思います。


「貴様……師であり恋人である彼女に首輪と付け……それを喜ぶように強要しているのか? とんだ変態ではないか!」

「誰が変態だ、誰が」

「貴様以外に誰がいる! そもそも人の使い魔など聞いたことがない! 首輪をつけ付き従わせるなど……ただの奴隷ではないか!」

「ちょっ、私は奴隷じゃないよ!」

「そうだ。師匠は奴隷じゃない。僕の師匠で、大切な恋人だ」

「ふ、フレイ」


 師匠が喜んでいる。

 それを見てエヴァンは若干引いている。


「こ、これほど歪んでいるとは……どうやら僕が、目を覚まさせてあげないといけないようだな」

「何の話だ?」


 突然、エヴァンは僕に指をさす。

 真剣な表情で睨みつける。


「君に決闘を申し込む!」

「えぇ?」

「決闘?」

「そうだ! 僕が勝ったら彼女を解放しろ!」

「解放って……」

「べ、別に私は捕らわれてるわけじゃないよ!」


 僕の隣から、師匠がエヴァンにそう言った。

 エヴァンは首を横に振る。


「ご安心ください。貴女を解放して、貴女にかけられた如何わしい縛りも解き放ってみせますから」

「い、如何わしい縛り? 何のこと?」


 師匠は混乱していた。

 どうやらエヴァンは、色々と勘違いしているようだ。

 ずれた正義感から、僕を断罪しようとしている。


「僕はお前にとがめられるようなことはしていないぞ」

「黙れ変態! 恋人に首輪をしておいて良く言えるな貴様!」


 これは誤解を解くのは難しそうだ。

 大人しくこの場で決闘を受けるべきだろうか。

 問題が大きくなる前に、ここでさっと終わらせる方がいいかもしれない。


「わかった。その決闘を受けよう」

「よし! では……」


 空気がピリ突く。

 一触即発な雰囲気が漂い……


「明日の放課後に決闘だ!」

「え? 今じゃないのか?」

「当然だろう? このような人の多い場所で決闘などしたら迷惑だ。場所は僕が準備しておく。学園への手続きは僕が済ませておこう」


 真面目な奴だな。


「では明日! くれぐれも体調には気を付けたまえよ! 万全の状態でなければ意味がないからな!」

「お、おう……そっちもな」

「うむ! ではさらばだ!」


 そう言い残して、豪快に両腕を振りながら去っていく。

 

「ねぇフレイ、彼が残念王子って呼ばれてる理由って……」

「そうですね。たぶん、才能とは別の意味だと思います」


 とりあえず、面白そうな男ではあった。

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