29.波乱の入学式

 学園に向って走る僕と師匠。

 師匠は首輪に触れながら昨日のことを思い出す。


「他にも可愛い首輪いっぱいあったな~ これも良いけど、あと二つくらいほしいかも」

「え? また買いに行くつもりですか?」

「駄目?」

「……さすがに勘弁してください」


 あの店員さんの目が怖くて忘れられない。


「えぇ~ 一人で行くのは嫌だし我慢する」

「首輪以外にしましょう。ネックレスとか」


 同じ貴金属で首につけるものでも、二つで意味合いが変わってくる。

 師匠はおしゃれのつもりなのが恐ろしい。

 というか、おしゃれって恐ろしい。

 そんなことをしみじみ感じながら急ぎ足で駆ける。

 屋根から屋根へ飛び移って、最短距離で駆け抜ける。

 そしてようやく――


「ふぅ! 到着!」


 学園の前までたどり着いて、見上げた先にある時計塔を確認する。

 八時四十五分。


「思ったよりギリギリじゃないですね」

「走ったからね。道じゃないところ」

「ですね」


 僕は手続きを済ませて、学園の敷地内に入る。

 すでに入学者たちが集まっていて、会場となるホールまでの道は混雑していた。

 人混みを見ながら師匠が言う。


「すっごい人だね。これ全部フレイと同じ入学者なの?」

「だと思いますよ」

「へぇ~ 何人ぐらいいるのかな?」

「さぁ。例年通りなら、五百人前後だと思います」

「ふぅーん」


 自分から聞いたのに、あまり興味なさそうな反応。

 それより気になるのは……


「おいあれ……」

「ああ。あいつが例の……」


 案の定というか、注目を集めている。


「隣の女誰だ?」

「あんな子試験にいたか?」

「な、なぁ……首輪付けてるけど」

「ホントだ。まさか奴隷? いやでも、奴隷って学園に入れてよかったか?」


 そういう反応になることも予想済み。

 予想済みだけど……


「視線が痛いな」

「何で見られてるのかな? やっぱりフレイが試験で目立ったから?」

「……現在進行形で目立ってますよ」

「ん?」

「いえ何でもないです」


 しばらくこの視線が続くのだろうな。

 師匠は気にしていないようだし、僕も気にしないようにしよう。

 所詮は他人の集まりだ。

 強いて問題があるとすれば、このままだと確実に、友達なんて出来ないということかな。


「まっ、僕としては好都合か」

「さっきから何の話してるの?」

「気にしないでください。それより早く会場に入らないと」

「ん? あーそうだね。急ごっか」


 そうして会場に入ると、煌びやかな装飾が施されていた。

 以前、入学試験の際にも訪れたが、その時とは雰囲気がガラッと変わっている。

 飾りが入学式の華やかさを演出していた。


 会場に入り数分後。

 証明が暗くなり、ざわついていた声が小さくなっていく。

 最後の声が聞こえなくなってようやく、会場奥の壇上に司会者が上がった。


「これより入学式を開始します」


 ありきたりな宣言と共に入学式が始まる。

 会場には国王を含む国の重鎮はもちろん、入学者の保護者(貴族だけ)も参列していた。

 挨拶が終わると、続けて学園長のありがたい話だ。


「ねぇフレイ」

「何です?」

「大したことじゃないんだけどさ。偉い人の話って、なんでいつも長いのかな?」

「……さぁ」


 師匠の生まれた時代でも、そうだったのだろう。

 いつの時代も、偉い人の話の長さは変わらないということか。

 人はあまり進歩していないのかもしれないな。 


「続いて、新入生代表挨拶。代表――エヴァン・エスターブ」


 司会者が名前を口にする。

 それを聞いた師匠が僕に尋ねてくる。


「エスターブって国の名前じゃないの?」

「ええ。だから彼は王族ですね」

「え? 王族も学園に通うんだね」

「そうみたいですね。あまり聞かない話ですが、彼の噂は少し耳にしましたよ」


 エスターブ王国第四王子エヴァン・エスターブが壇上に上がる。

 金色の髪と青い瞳。 

 王族は代々、その二つの身体的特徴を持っている。

 彼も同様に輝くような金色の髪と、師匠にちょっぴり近い青い瞳で僕たちを見下ろす。


「周囲からは確か、残念王子って呼ばれてましたね」

「残念王子? どうして?」

「僕も詳しくはしれないですが、魔術以外に才能がないから……だったと思います」

「へぇ~ それで残念なの?」

「残念らしいです」


 王族ともなれば、多方面にわたる才能が求められる。

 魔術の才能があるのは当たり前。

 他にも秀でていて当然という認識なのか。

 どちらにせよ、それだけで残念呼ばわりされてしまうのは、いささか不憫に思う。


 とか、考えてのだが……


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「フレイというのは君かい?」

「そうだけど?」

「ほう。君があの……入学試験で大立ち回りを演じたっていう」


 入学式が終わった後。

 偶然なのか、待っていたのはかさておき、会場を出てすぐの廊下で、残念王子ことエヴァンに声をかけられた。

 取り巻きらしき数名の生徒が後ろに控えている。

 あまり良い雰囲気ではない。

 これまでの経緯から考えると、今から非難か罵倒されるのだろう。

 入学式から余計な火花は散らせたくないし、ここは適当に流すことにしよう。


「フレイは彼と知り合いだったの?」

「いえ、全然初対面です」

「なっ! あ、あなたは……」

「ん? 私?」

「う……」

「「う?」」

「美しい!」

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