19.監視対象に認定されました

 魔術師の等級は一から五。

 その上にもう一つ、特級という括りが存在する。

 一級以上の実力を有し、その他の魔術師では到達できない領域に踏み入った強者のみが、この特級に選ばれる。

 国内に存在する特級魔術師が五人。

 その内の一人が、王立魔術学園のトップ――


「アレイスター・レイン。今年で六十を超えるお年寄りですが、現役時代はもっとも賢者に近い男、と呼ばれていたそうです」

「へぇ~ ちなみに属性は?」

「水ですね」


 天候を操り雨を降らせたり。

 海を裂いて道を作ったり。

 他にも有名な話はいくつかあって、僕も以前は注目していた。

 賢者にもっとも近い男が、どんな魔術師なのか興味があった。

 もっとも、本物の賢者を知ってしまった今では、興味も薄れてしまったが。


「師匠。水の賢者様って、どんな人だったんですか?」

「ん? あーそうだな~ 一言で言うと、変わった奴だったかな?」

「変わった奴……」


 そういう言い方をされると、変態か何かじゃないのかと想像してしまう。

 つい最近、変質者と熱い戦いを繰り広げたことが影響しているようだ。


「なんていうかな? あーいうのを捉えどころのないって言うんだと思う。それに集団に溶け込むのが上手い奴だったな~ 初対面でもすぐ仲良くなってたし、話も上手かったんだよ」

「へぇ……ちなみにですけど、性別は?」

「男だよ?」

「ぅ……そうですか」


 楽しそうに語る師匠を見ているとモヤモヤする。

 男と聞いてしまったら駄目だ。

 純粋に昔の思い出に浸っているだけだとわかっていても、やっぱり何だか……


「も、もしかして妬いてる?」

「まぁ……少し」

「ふふっ」


 師匠が嬉しそうにほほ笑んだ。


「師匠?」

「大丈夫だよ。彼らとはそういう関係じゃなかったから。前もそう言わなかったっけ?」

「……そうでしたっけ」

「説明したじゃない! 彼らには恋人や伴侶がすでにいたんだよ。旅を通して出会った人もいれば、賢者同士でっていうのもあったけど……はぁ。私だけ余り物みたいになってたからね……」


 急激に落ち込んでしょぼーんとする師匠。

 覚えていないフリをした数秒前の自分を殴りたい。

 本当はちゃんと覚えていた。

 賢者同士で恋をしたり、愛する人を見つけたり。

 そういうのを間近で見せられて、旅の終盤はちょっと一緒にいるのが気まずかったとか。

 当時は言えなかったことも聞いていた。


「だから大丈夫だよ。私なんて誰も見向きもしないから」

「何言ってるんですか!」


 僕は師匠の両肩をガチっと掴む。


「フレイ?」

「僕は師匠しか見ていませんよ? 昔の人たちはきっと見る目がなかったんです! こんなに可愛くて素敵な女性が目の前にいて、好きにならないなんて人間じゃないですよ!」

「フレイ……ちょっと言い過ぎだけど嬉しい」


 いい雰囲気になる。

 このままキスでもしてしまえそうな、互いの顔も近い。

 二人だけの時間が――


「あの、そういうのは外でやってもらえませんか?」

「「……はい。すみません」」


 始まらなかった。

 断っておくが、ここは学園の校舎の中だ。

 広く長い廊下を案内され、仰々しい扉の前にたどり着いた。


「こちらです」


 案内してくれた男性が中へ呼びかけ、扉を開けてくれた。


「どうぞ」

「失礼します」


 中へと入る。

 長机の先に、白い髭を生やしたご老人が座っていた。

 左右にいるのは先生方だろうか。

 全員で十名。

 中には僕のことをじっと睨んでいる人もいた。


「突然呼び出してすまなかったのう。ワシが学園長のアレイスターじゃ」

「フレイです」

「うむ、フレイ。そちらのお嬢さんは?」

「僕の師匠です」

「ほう、師匠とな」


 師匠が軽く会釈をする。

 

 この人が特級魔術師にして、魔術学園のトップ。

 見た目は優しそうなお爺さんだ。

 魔力も大して強くは感じられない。

 僕たちのように制限しているのかもしれないな。


「さて、長話もなんじゃ。君を呼び出した理由を話そう」


 学園長が腕を組み、改まって真剣な表情をする。


「フレイ、君に審議がかけられておるのじゃ」

「審議ですか」

「うむ。心当たりはあるじゃろう?」

「試験のことですか」


 学園長は頷き続ける。


「見事じゃった。一瞬で会場を制圧した者など今まで存在せん。だからこそ、信じられんという者も多い。ワシは間違いなく逸材じゃと思とる。特級魔術師に任命すべきじゃと」

「学園長!」

「等級の決定は我々ではなく王国の総意です! 今の発言は陛下への――」

「わかっておる! そういうわけじゃ」


 なるほど、大体の流れは見えてきたな。

 僕を疑っているのが左右にいる先生たちで、学園長はそれに付き合わされているのか。


「大変そうですね」

「まったくじゃ」

「おい貴様! 学園長に対して無礼だぞ!」

「良いのじゃ」


 学園長は呆れたようにため息をこぼす。

 これまでにも苦労したきたことが、今のやり取りだけでもわかるようだ。


「以上の理由から、君の等級に関しては保留となっておる。入学の許可は降りておるから、一月後は堂々とここの門を潜ると良い」

「はい」

「うむ。それから審議を確かめるために、王国から監視員が派遣される。別の部屋で待っておるから、挨拶にいってくれんか?」

「監視員? これから監視されるってことですか?」

「うむ。まぁ詳しい説明は、本人から聞くと良いじゃろう。今日は敢えて嬉しかったぞ、フレイ。そして師匠殿」

「こちらこそ」


 学園長が人格者でホッとした。

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