17.キスとハプニング
時間を少しだけ遡る。
街中での戦いが終わり、氷の結界が解除された。
中から現れた二人と、昏倒している一人に衛兵が駆け寄る。
その様子を、屋根の上から見下ろす男がいた。
「う~ん、期待していたほど溜まらなかったな~ これじゃまだ足りない」
彼が持っている赤黒い水晶。
そこに蓄積されているのは、炎の魔術師から流れ出る魔力。
特に淀んだ魔力が溜まっている。
完全に満ちてはおらず、残り一割といった所だろうか。
「あと一人狂わせるか。まぁ、当てならあるし丁度良いか。それにしても……」
彼は衛兵と話す二人に視線を向ける。
正確には二人ではなく、小さい女の子の見た目をした彼女だ。
「まさか、この時代まで生きているとは思わなかったなぁ……氷の賢者アルセリア」
彼はアルセリアのことを知っている。
そして彼女も、彼を一目見れば誰かわかるだろう。
「新しい仲間もいるみたいだし……憎たらしいな、相変わらずヘラヘラと」
フードの隙間から見せる口元が歪む。
「おっといけない。変に殺気を出したらバレてしまうね。じゃあね、アルセリア。この時代まで生き残ってしまったこと、後悔させてあげるよ」
そう言って姿を消す。
いずれ相まみえる時こそ、彼が誰なのかわかるだろう。
二人にとっても、世界にとっても。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食事処ネメシアに帰宅。
開店まで残り三十分弱だった。
「おかえりなさい。思ったより遅かったわね。もしかして例の変質者と出くわしちゃったとかぁ~」
「えぇ……まぁ、そうです」
「え、本当に?」
僕と師匠はこくりと頷く。
「だ、大丈夫だったの?」
そう言って師匠を心配そうに見る。
変質者は女性を襲うと聞いて、師匠の身を案じてくれているようだ。
「私は何もされてないよ。フレイが変質者を退治してくれたから!」
「あんたがかい?」
「まぁ、はい」
「ちょっ、詳しく聞かせなさいよ! あーでも開店まで時間ないしぃ~ 準備しながら聞かせて!」
「わ、わかりました」
異様にテンションの高いセリアンナに、昼間の騒動のことを話しながら料理の仕込みを手伝った。
その夜、常連が多いお店だけど、新規のお客さんも多く来てくれた。
中には被害にあった女性の親類や本人もいて、僕たちにお礼を言いに来てくれたらしい。
どこから聞きつけたのか知らないけど、感謝されるのは嬉しかった。
閉店は日付が変わる時間。
片付けを済ませるのに一時間弱かけて、ようやく部屋に戻る。
「はぁ~ 今日はいつもより疲れたよぉ~」
師匠は真っ先に布団へバタンと倒れた。
昼間から動き通しで、お店も普段より人が多くて大変だったな。
僕も疲れが溜まっているのか、少し身体が重い。
でも――
「師匠!」
「ん?」
僕にはまだ、やり残したことがある。
「キスしましょう」
「はう!」
師匠は急に飛び上がってベッドの上で正座した。
「い、いきなりだね!」
「そうでもないと思いますけど? 時間も結構経ってますし」
「い、いやそうだけど……」
「それに今は二人きりじゃないですか」
「う、うん……そうだね。じゃあ……」
トントンと、自分の隣へ座れと合図された。
僕は師匠の右隣りへ座った。
師匠の顔を見る。
部屋は明かりがついているけど少し暗い。
それでもハッキリわかるほどに、師匠の頬は赤く染まっていた。
「あ、あのさ……私、キスなんてしたことないから……上手くできる自信ないよ?」
「大丈夫です。僕も初めてなので」
「そ、それは大丈夫なのかな?」
お互い初めて。
それを聞いて安心して、同時にドキドキもする。
僕の左手と、師匠の右手が触れて、優しく握り合う。
「師匠」
「フレイ」
そうして自然に、互いの唇を重ねていた。
温かくて、柔らかくて、甘い。
「どう……だった?」
「最高に幸せです」
「そう?」
「はい。だからその、もう一度とか?」
「し、仕方ないな~」
特別だぞ、と師匠は言うけど、自分から顔を近づけている。
師匠も同じ気持ちなんだとわかって、無性に愛おしく感じられた。
そうしてもう一度、唇を重ねた。
「あ、あのお母さんから差し入れが――あ」
「「あ」」
「……」
扉を開けた先で、僕と師匠がキスをしている。
そんな場面を目撃してしまったフローラは、涙目になっていた。
「ご、ごごごめんなさい!」
バタンと勢いよく占められた扉を見ながら、僕と師匠はしばらく固まっていた。
「……師匠」
「何?」
「もう一回だけしませんか?」
「君やっぱり羞恥心とかないだろ?」
見られても大して恥ずかしくはなかったことに気付いた。
これからは街の真ん中でもキスできそうだ。
まぁ、師匠は絶対に嫌がると思うけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます