16.ご褒美は○○
アグラ撃退の十分後。
騒ぎを駆けつけた衛兵に事情を話し、身柄を明け渡した。
詳しい事情が聞きたいからと、僕らも同行させれた。
街中にある衛兵の詰め所で詳細な説明をするが、中々信じてもらえない。
彼が貴族の嫡男であることもあり、僕らに疑いが向けられる始末。
しかし、幸運にも現場で倒れていた人たちの意識が戻り、彼らの証言によってアグラが暴れ出したことが伝わった。
被害にあった女性たちの証言も合わせれば、彼が噂の変質者である証拠も十分だろう。
長い時間拘束され、解放された時には夕日が沈みかけていた。
「はぁーあ、結局こんな時間だよ」
「ですね。まぁでも、服は買えたし良かったじゃないですか」
「それは良いけどさぁ~ せっかくのデートなのに」
「はい?」
「な、何でもないよ」
せっかくの、まで聞こえたけど、途中から小さくなって聞こえなかったな。
何て言ったんだろう?
師匠は慌てて手を横に振っている。
「そ、そうだ。彼はちゃんと処罰されるのかな?」
「さぁ、どうでしょうね」
「衛兵の人たちも妙に疑ってくるしさ~ まさかあの人たちも貴族の味方なの?」
「それはないですよ。衛兵のほとんどは平民上がりですから、元から買収でもされてない限り、貴族贔屓とかはしません。あれは単に真面目に仕事をしていただけです」
「そうなの? だったら良いけどさ」
「はい。それにいくら貴族と言えど、ここまで被害が出ていて証拠も残っているなら、言い逃れもできませんからね。何らかの罰は受けるでしょう。もっとも、権力を使って軽くはするかもしれませんが」
「……そういうの嫌だな」
「まったくです」
そういうことになりそうだったから、僕から罰を与えたわけだが。
「……少しやりすぎたかな」
「良いんじゃない? 最低なことしてたわけだし、当然の報いでしょ。でも意外だったな~」
「何がです?」
「フレイ怒ってたでしょ?」
「それはまぁ、僕だって怒りますよ」
師匠は僕を何だと思っているのだろうか。
少し心配になった。
「フレイって結構正義感強いよね? たくさん女の人が傷ついてるの見て怒ってたんでしょ?」
「それもありますけど」
「それも?」
「……あいつ、師匠のこと卑猥な目で見てたじゃないですか」
「……え? そこ?」
「重要ですよ。むしろ僕にとっては最優先事項です」
師匠に嫌な思いはさせたくない。
可愛すぎて目に留まってしまうことは仕方がないとして、卑猥な視線を向ける奴は敵だから。
「だから潰したの?」
「まぁそうですね」
「……ちょっと怖いな」
「えぇ!」
「はははっ、冗談だよ。あ、そうだそうだ! 忘れるところだった~」
そう言いながら、師匠は服の入った袋にごそごそ手を突っ込む。
何かを探しているようだ。
「うーんと、あった!」
師匠が取り出したのは、茶色い紙が筒状に丸められたものだった。
「これは?」
「世界地図だよ!」
「え、いつの間にそんなものを」
「さっき帰り際にもらったの。倒れた人と話したら、お礼にって」
そんな話をしていたのか。
僕が衛兵と話している間に、意識を取り戻した街の人と楽しそうに話していたのは見えたけど。
「ねぇねぇ! 私たちがいる国ってどこの辺り?」
「えっと、ここですね」
「ふぅ~ん……ここって……」
「師匠?」
師匠が難しい顔をしている。
「思い出した」
「はい?」
「ここって、炎の魔神と戦った場所だよ」
「え、えぇ?」
「懐かしいな~ 前はここ、でっかい火山があったんだよ?」
「そ、そうなんですか?」
「うん」
王都が、炎の魔神との戦場?
そんなこと初めて聞いたけど……
「火山は戦いで吹き飛んじゃったし、終わった頃には更地になってたよ。いつのまにか国が出来てたんだね~」
「吹き飛んだ……」
スケールが違い過ぎて、話について行けない。
火山がどの程度の大きさか知らないけど、吹き飛ばして更地に変えられるものなのか?
「さすがとしか言えないですね」
「何が? そういえば、お願いって何にするつもりだったの?」
「あ、それですよ!」
危ない危ない。
長い事情聴取の所為で忘れるところだった。
僕が何のために戦ったのか。
一番の理由はそれだから。
「今は教えてくれるのかい?」
「はい。師匠とキスがしたいです」
「そうかそうか。キスが……キス?」
「はい」
「き、キス?」
「はい」
「……」
「……師匠?」
「はい!」
なぜか声を裏返した師匠。
ちょっとびっくりした。
「あの、もしかして師匠……キスをしらない?」
「知ってるよ! チューだよチュー!」
あまりに大きな声で言うから、周りの人たちの視線が集まる。
それに気づいた師匠は顔を真っ赤にして、シュンと縮こまってしまった。
「ぅ……恥ずかしい」
「嫌ですか?」
「い、嫌なわけないだろ。で、でもここは恥ずかしいから……二人きりになってから」
「そうですね。僕も恥ずかしいです」
「フレイ……君にも羞恥心が残っていたんだね」
「……師匠は僕のこと、何だと思っているんですか?」
本当に不安になってきた。
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