15.もうこれは必要ないよね?

「覚悟? 覚悟だぁ? ふふ、ふはっははははははははは!」


 アグラは豪快に笑う。


「それはお前のほうだろう? 俺の炎に手も足もでないんだ。覚悟を決めて燃やされる準備でもしてるんだなぁ」

「……君はさっき、真の力とか言ってたよね?」

「あ? その通りだぜ。これが俺の真の力だ。試験の時は本気じゃなかったんだよ」

「そう? だったらどうして――自分だけが力を制限していたと思うのかな?」

「何だと?」


 僕の右腕には、師匠と同じ腕輪が装備されている。

 魔力を吸収し続けることで、周囲に漏れ出し影響を与えないようにするための、いわゆる制御装置。

 師匠のように強すぎる魔力は、周囲にも多大な影響を与えてしまう。

 そして、それはボクも同じだった。

 五年間の修行を経て、僕の力は師匠に近づいている。

 いるだけで影響を与えてしまうのは師匠だけじゃなくなった。


「わかっているよね? 隔離している環境であって、それを外せば影響が出る」

「大丈夫です。一瞬で終わらせますから」

「何を言って――」


 氷の腕輪を砕く。

 と同時に、周囲の気温が一気に下がる。

 アグラは寒気を感じて震え、自身の手足が凍っていることに気付く。


「なっ、馬鹿な……何をした?」

「連鎖氷結、君には試験で見せたはずだけど」

「ふ、ふざけるな! お前なんかの氷で俺の炎が! 炎がぉ……」


 アグラは無理やり炎魔術を発動しようとしているのだろう。

 しかし炎はともらず、魔力だけが吸収される。


「無駄だよ。その氷の吸収速度はさっきの比じゃない。いくら狂人化で魔力が膨れ上がっていても、君は賢者には到底及ばないから」

「賢者……だと?」

「そう。僕は賢者の弟子だからね」


 小さな声で呟いた。

 おそらく彼には聞こえていない。

 僕は氷の腕輪を作って、再び右腕にはめる。


「くそっ、くそ!」

「さて、そろそろ抜けるかな?」

「あ?」

「狂人化っていうのは、無理やり魔力制御のリミッターを外して、制御を狂わせた状態なんだよ。身体が制御の仕方を忘れて、立て直す機会を見失っているんだ。だから一度、全部抜く」


 アグラの顔色が変化していく。

 黒ずんだ肌が徐々に肌色へ、そして寒さで白くなる。


「ち、力が……」

「完全に一度抜いてしまえば、身体が制御の機会を得て、狂人化から元に戻せるかもしれない。っていうのは、師匠が教えてくれたんだよ」


 彼に話しながら、師匠のほうへ振り向く。


「間違ってなかったみたいですよ」

「そうみたいだね」


 師匠は嬉しそうにほほ笑んだ。

 そのまま僕と一緒に、アグラの前へ移動する。


「くそがっ……」

「君の負けだよ」

「うるせぇ! またインチキしやがったんだろ!」

「この状況でよく言えるね」

「狂人化が解けた後もしばらくは、感情の露出が激しくなるみたいだね。いやもっとも、これが本来の彼なのかもしれないけど……それでアグラ君、さっきの質問に答えてくれないかな?」

「あ?」

「君にその力を与えたのが誰なのかだよ」


 師匠がいつになく真剣な表情を見せている。

 真剣を通り越して、少し怒っているようにも見えるが。


「知るかよ。俺は顔も見てねぇ」

「何だって?」

「知らねぇもんはしれねぇよ」

「……そう。ありがとう、十分だよ」


 師匠は何かに気付いたようだが、特に何も聞くことなく一歩下がる。

 そのまま僕の顔を見上げて尋ねる。


「衛兵に引き渡そう。狂人化して理性のコントロールが乱れていたとしても、罪を犯したことは事実なんだ。ちゃんと償ってもらわないとね」

「そうですね」

「ふっ、罪ねぇ~」


 アグラは不気味な笑顔を見せる。


「何を笑っているの?」

「あんたは知らないのか? 俺はなぁ、貴族なんだよ。金さえあれば罪なんていくらでも軽くできるんだぜ」

「は? そんなわけないでしょ」

「いえ……」

「フレイ?」


 残念ながら彼の言っていることは間違いじゃない。

 貴族の汚い話は時折耳にしていたが、正しく罰せられたことは少ない。

 金や権威で無理やりもみ消し、なかったことにしてしまえる。

 平民なら死刑になるような罪でも、貴族なら罰金程度で許されるとか。


「そんな……それじゃ被害にあった人が可哀想だよ」

「知るかよ。ぜーんぶそこら辺にいた平民の女だ。むしろ俺に捧げられて感謝してるくらいじゃないか?」

「こいつ……」


 怒って手を出そうとした師匠を制止する。


「こんな奴でも殺せば、僕らが罪人になります」

「で、でも……」

「わかっています。こいつの罪にはちゃんと……罰を与えましょう」

「な、何だよ……」

「九十九人だっけ? 君が襲った女性の人数は」

「そ、それがどうした? そこの女も襲えればちょうど百人だったのにな~」


 まったく反省していない。

 狂人化とか関係なく、彼はそういう男だったのだろう。

 師匠を変な目で見ている時点で、情けもいらないな。


「そうかそうか。それだけ出来ればもう満足しただろう?」

「は? 何を……お、おい待て! どこを凍らせてやがる!」


 ペキペキと凍る音。

 芯まで完全に凍らせれば、あとは握力だけで砕ける。


「満足したんだろ?」

「い、いや待ってくれ!」

「もうこんなものは必要ないよね?」

「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 悲痛な叫び声と共に、男として大事な何かが砕ける音がした。

 女性の身体を弄び、罪の意識すらない。

 そんな男の種など、未来には必要ないだろう。

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