14.デートを邪魔した罪
狂人化した彼は師匠に目を向ける。
「そこの女はお前の女か?」
「そうだけど?」
「へぇ~、中々良い女じゃねぇーか」
「……なるほど。見る眼は狂っていないようだな」
「そこ褒めちゃダメでしょ」
師匠に軽くツッコミを入れられた。
彼はニヤリと笑い、師匠を嘗め回すようないやらしい視線で見る。
師匠もそれに気づいたのか、ぶるっと身体を震わせた。
「いいね、いいねぇ~ ちょうどさっきの女で九十九人だった」
「そんなに……」
僕たちが街へ来た時には噂はなかった。
最短でも翌日からと考えて、まだ三日も経っていないのに。
「記念すべき百人目には丁度良いぜ。お前を半殺しにして、目の前でめちゃくちゃに犯してやるよぉ~ ピーピー泣かして、俺専用の奴隷にでもしてやろうかなぁ」
「ぅ……気持ち悪い」
「大丈夫ですよ師匠。僕はあんな奴に負けませんから」
さてと。
衝撃で吹き飛ばされた人の内、何人かは意識を失って倒れている。
他の人たちは怯えて逃げてしまった。
戦うには十分なスペースがあるとは言え、街を破壊されると困るな。
まずは安全の確保を優先しよう。
僕は両手を合わせる。
「氷麗術式――【
足元から氷塊生成し、僕を中心にした四方を囲う。
周囲から完全に隔離した氷の監獄。
「氷の結界か」
「ああ。街を壊されると困るからね」
「はっ! 平民の街なんざ知ったことじゃねぇな~ 金さえあればどうとでもなるだろうが」
「……そいう貴族らしい考え方は嫌いだったよ」
「言うなぁ元名門貴族。今じゃ追い出された可哀想な奴だが」
「その可哀想な奴に負けたんだ。さぞ気分が悪かっただろうね」
煽りには煽りを返す。
彼はぴくぴくと眉を動かしてイラついているようだ。
「それと、気づいていないようだから教えてあげるけど、もう決着はついているよ」
「あん?」
「忘れたのかい? どうやって氷漬けにされたのか……この結界を作っているのは僕が生成した氷だよ」
彼は足元へ視線を向ける。
牢獄は上や横だけでなく、足元にも広がっていた。
「それに触れている時点で、もう手のひらの上なのさ」
氷は魔力を吸収し大きくなる。
あふれ出る魔力を吸って、彼を足元から凍らせていく。
「ふっ、嘗めてんじゃねぇーぞ」
彼の魔力がさらに膨れ上がる。
足元の氷に黒い炎がともり、粉々に砕く。
「黒い炎?」
「前と同じだと思うなよ? これが俺の力なんだ」
僕の氷を砕いた。
以前の炎魔術とは次元が違う。
氷麗術式で生成した氷は魔力を吸収し続けることで、永遠に溶けない氷となる。
熱で溶けることはない。
魔術で破壊したい場合は、氷の吸収を上回る魔力密度、出力でなくては無理だ。
そんなことが出来るのは、歴史に名を遺した賢者様たちくらいだと思っていたが……
「まさかだな」
「あれが狂人化の怖い所だよ」
「師匠」
「命を削るという代償が大きい分、手に入る力も大きい……ねぇ君! 名前は何ていうんだい?」
師匠が彼に話しかけた。
「あ?」
「名前だよ。そう言えば知らないなって」
僕も知らないな。
一度も聞いたことないかもしれない。
「アグラだ」
「アグラ君ね。君はその力の代償を知っているかい?」
「あ? 代償だと? そんなもんあるわけねぇーだろうが! 俺は俺の力を使ってるだけだぜ?」
「……そうか」
師匠が悲しい顔をしている。
「良ければ君にその力を与えたのが誰なのか、教えてくれないかな?」
「さぁな~ 俺の奴隷になるってんなら教えてやってもいいぜ」
「師匠」
「……うん、もう話しても無駄だね。フレイ、お願い」
「はい」
師匠の優しさを無下にするとは、可哀想な奴だな。
「はっ! どっちみちあんたは俺のおもちゃになるんだぜ~ この愚か者をぶちのめした後でなぁ!」
アグラが両手に黒い炎を纏わせる。
竜巻のように渦巻く炎が放たれる。
僕は氷の壁を生成し防御するが、炎は氷の壁を削って突き抜ける。
「そんなもんで防げると思うな!」
「……本当にすさまじいな」
大したことなかった彼が、ここまでの力を得ている。
これが狂人化……いや、人間が秘めている力の本質なのか。
「今度は逃げ回ってばかりか? 自分で作った檻の中で逃げ回るとは滑稽だなぁ~」
アグラは炎をめちゃくちゃに放つ。
狙いも大雑把で、制御もしていないように見える。
ただ力任せに放っているだけだ。
威力は恐ろしいし、氷を砕いたことも驚いた。
だけど……
「力に酔っているだけじゃ、本当の強さは得られないよ」
「あん? 逃げてばっかりの奴がよく言うぜ」
「そうだね。もう十分見せてもらったし、これ以上は時間の無駄か」
狂人化がどういうものか、しっかりと観察しておきたかった。
今後の脅威になるならと。
ただ、彼から得られるものはそんなに多くなさそうだ。
それに――
「せっかくのデートを邪魔したんだ。覚悟はいいかい?」
師匠との大切な時間を削られたんだ。
その分の代償を払ってもらおう。
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