13.狂人化

 街は多くの人でごった返している。

 よそ見をしながら歩く子供と、それを注意する親。

 何か忘れ物でもしたように、突然立ち止まって戻り出す男性。

 待ち合わせに遅れまいと駆ける少年。

 その少年を待ってソワソワしている少女。

 本当にいろんな人がいて、中には危ない視線を向ける奴もいる。


「さぁて、次はどいつにしようかな~」

「次なんてないよ」

「あ?」


 声をかけられ振り向いた彼に、僕と師匠は冷たい視線を向ける。

 見覚えのある顔に、思わず驚き目を丸くする。


「君は!」

「何だ何だ? 誰かと思えばインチキ野郎のフレイ君じゃないかぁ~ 久しぶりだな~」

「……」

「フレイの知り合いなの?」

「試験を受けていた貴族の嫡男です。でも……」


 おかしい。

 あの時とは明らかに雰囲気が違う。

 それに肌の色も黒ずんでいるというか……あんなに不健康そうな色じゃなかった。

 何よりも、感じられる魔力の質が変わっている。


「君が……噂の変質者だったのか」

「んあ? 変質者とは失礼な奴だな~」

「街の女性を襲っているんだろ? 変質者じゃないか」

「違う違う。ちゃんと合意の上だぜ」


 合意なわけあるか。

 保護した彼女が言っていた。

 無理やり襲ってきて、すごい力で拘束されて、そのまま襲われたと。

 飽きたらもういらないと言い、路地に捨てられたと。

 彼女だけじゃない。

 同じように被害を受けた女性が治療院にはいた。

 彼女たちの証言を頼りに捜索したら、思ったよりも早く見つけられたよ。


「君がそんな奴だなんて思わなかったよ」

「は? どんな奴だと思ってたんだよ。お前が俺の何を知ってるんだ?」

「知らないよ。ただ、ここまでクズだったとは思わなかった」

「はっ、言うじゃねぇかよインチキ野郎の癖に」

「インチキ?」

「どうせ試験の時は仕掛けてでもしてあったんだろ。そうじゃなきゃ、お前が勝つなんてありえない」


 そんな風に思われていたのか。

 試験会場は、当日まで立ち入ることが出来ないようになっていた。

 仕掛けなんて出来るわけないのに。


「あーあ、せっかく気分よく遊んでたのによぉ~ お前を見たら無性に腹が立ってきたぜ。そうだ、そうだったなぁ~ お前を殺したかったんだよ。殺したくて殺したくて……うずうずしてんだ!」


 狂気の笑いを見せる。

 その瞬間、周囲に突風のような衝撃は走る。

 街を歩いていた人たちが衝撃で吹き飛び、道の真ん中に広いスペースが空く。


「何だ? あの魔力量は?」


 以前とは別人……いや、もはや人間の魔力じゃない。

 感じる性質的には魔物のそれに近いぞ。

 荒々しくて、気持ち悪くて、強大な力を感じる。


「どうだどうだぁ! これが俺の本来の力だぁ!」

「あ、あれはまさか……」

「師匠?」

「……間違いない。あの黒ずんだ肌に、荒々しく膨れ上がった魔力。狂人化している」

「狂人化」

「前に教えたよね?」


 僕は小さく頷く。

 

 人間は無意識に、自身の力を制限している。

 肉体的な限界に達してしまわないように、魔力を制御している。

 その制御を無理やり外した状態を、狂人化という。

 狂人化によって無意識に抑え込んでいた魔力を解放することで、爆発的に強大な力を得ることが出来る。

 ただし、自らの生命力を消費し続けながら。

 力を得ると同時に命を削る……それが狂人化の代償であり特徴。

 そしてもう一つ――


「狂人化は、内に秘めていた感情や欲望を増幅させ、浮き彫りにする。一度表に出てしまった欲望は、満たされるまで制御できない」

「……彼の場合は、性欲だったってことですか?」

「うん。もしくは支配欲かな。自分が王様になって、周りの人たちを言いなりにさせたいとか。どちらにせよ」

「はい。最低ですね」


 師匠が頷く。

 そのまま頭を悩ませる。


「でもどういうことだ? 狂人化なんてそう簡単になれない。肉体の制御を外すなんて芸当ができるのは……そんなこと」

「心当たりがあるんですか?」

「……ううん、まだわからない。それよりも今は――」

「はい」


 目の前の彼に集中したほうが良さそうだ。


「おうおう、怖い顔するな~ まさか俺に勝てるつもりか?」

「一度負けた相手によく言えるね」

「あれはインチキだったからな~」

「そう。だったらもう一度試してみると良いよ」

「フレイ。わかっていると思うけど、今の彼の力は……」

「ええ。わかっています」


 認めたくはないが、油断できる相手ではなくなっている。

 狂人化によって、限界を超えた魔力量を常に生成し続けている状態だ。

 魔力の総量だけで言えば、貴族の中でもトップクラスになっているだろう。

 師匠の話にも何度か出てきて、かつて賢者様たちも苦戦したと聞く。

 

「師匠は下がっていてください」

「手伝わなくて良いの?」

「はい」

「そう。だったら見ているね。ちゃんと勝ったらご褒美もあげるよ」

「本当ですか?」

「うおっ、いきなり顔を近づけるな!」


 思わず反応してしまった。

 照れる師匠は繰り返す。


「ま、前にも言ったけど、エッチなのは駄目だぞ……まだ」

「わかっていますよ」

「そ、そうか? 何がいい?」

「終わってからにしましょう。そろそろ待ってくれそうにないので」

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