12.変質者
エスターブ王国、王都リクレスタ。
百万近くの人々が暮らす世界最大の都市だ。
中心部に構える城に近い場所を貴族街と呼び、高い壁に囲まれた外周よりは平民街と呼ばれている。
僕らが歩いているのは、平民街でもたくさんの店が並ぶ商店エリアだ。
「改めて見てもすっごい人の数だね~ 目が回っちゃいそうだよ」
「はい。僕も初めて来たときはそうでした」
と言っても、覚えているのは五年前の僅かな記憶だけだ。
その頃から比べて、建物が少し増えている気はするけど、あまり大きな変化はない。
「私の時代はこんなに大勢の人が集まる場所なんてなかったからな~ 何だか新鮮というか不思議な気分になるね」
僕にとっては変化がなくとも、師匠にとっては違うらしい。
当然と言えば当然か。
師匠が生まれた千年以上前は戦いばかりで今ほど平和ではなかったのだから。
「エスターブ王国だっけ? 初めて聞く名前だけど、最近できた国なの?」
「最近ではないですよ。でも確か七百年くらい前なので、師匠の時代よりは新しいですね」
「ふぅ~ん、私が知っている国は残ってるのかな」
「どうでしょう。雑貨屋にでもよって地図でも見てみますか?」
「いいね! でもその前に服だよ!」
師匠が自分の胸を叩いてそう言った。
今回の主目的は、師匠の服をたくさん買うことだ。
氷山にあったのは、千年前から来ていた古い物ばかり。
僕としては今の服装で十分に可愛いし、というか何を着ても師匠は似合うだろうし問題ないのだけど。
「どんな服があるかな~ 千年も経ってるし、ワクワクするね」
楽しそうにしている師匠を見てると癒される。
それに欲を言えば、他の服を着ている師匠も見てみたい。
「たくさん買いましょう! そのために資金も用意したんですから」
「そうだね!」
氷山で保管していた物の一部を売却してお金にした。
古い物ばかりだったけど保存状態は良好で、何より現代ではあまり残っていない代物も多い。
お陰で高く売れて、宿屋の代金も払えるようにはなった。
「服屋さんってどっちかな~」
「向こうですよ。フローラに聞いておきました」
「……そうなんだ」
「また嫉妬ですか?」
「またって何! してないからね!」
ああ、可愛い。
そんな師匠に癒されながら、僕らは女性物の衣類を扱うお店に入った。
フローラから教えてもらったお店で、いろんな種類の服を売っていて街でも人気らしい。
現にたくさんの人が訪れていた。
「こ、こんなにたくさんあるの?」
「師匠のときはなかったんですか?」
「ないよ、ない! そもそも服屋さんより防具屋さんのほうが大きかったもの」
「ああ……」
時代の差を感じる。
今は防具屋も、武器屋とひとまとめになっているし、街の外れにしか売っていない。
一般家庭に武器防具は必要なくなったから。
「どれにしようかな~ うーん、どれも可愛いな~」
「師匠ならどれも似合いますよ」
「それはそうだけどさ~」
そこは照れたり否定しないんだ。
「やっぱり一番似合うものを選びたいよね! 女の子にとって服は大事だから!」
「そうですか?」
「そうだよ。自分をもっと可愛くしてくれるものだからね」
「なるほど」
「ねぇ、君はどれが似合うと思うかな?」
唐突に師匠が僕に尋ねてきた。
何だか期待の眼差しを向けられている。
「えっと、師匠に似合う服……似合う服……じゃあ――これとこれとそれも」
「え?」
「あとそっちのもいいですね。これフリフリのもありか」
「ちょっ、ちょっと多くない?」
「全部似合いそうなので……あ、試着室があるみたいですよ」
「……全部着るの?」
全部着てもらった。
結論、どれも可愛くて困った。
十種類以上試して、最終的には師匠の好みで選んでもらった三着を購入。
「これだけでよかったんですか?」
「もちろん。今買い過ぎても、また流行が変わったら新しいのが必要になるしね。あとお金も無駄に出来ないでしょ?」
「師匠の服なら無駄じゃありませんよ」
「そう言って一文無しになったらどうするつもりだよ」
「その時は僕が何とかします」
「何とかって……」
師匠が呆れたようにため息をつく。
「お昼にしましょうか」
「そうですね。どこか良い店は……!」
「フレイ?」
僕の視線は路地に向いていた。
師匠も僕の視線に合わせて、そこにいる人に気付く。
「フレイ!」
「はい」
僕らは急いで駆け寄った。
細い路地に倒れる泥だらけの女性に。
「大丈夫ですか?」
「ぅ……」
良かった、息はあるみたいだ。
怪我はしていないようだけど、ひどく衰弱している。
それに服を着ていない。
女性が目を開け、僕と合わせる。
「あ、ああ……あいつは……」
「あいつ? 何があったんですか?」
「あ、あいつがいきなり、襲いかかってきて……」
乱暴をされたと、聞き取りにくいかすれ声でそう言った。
「例の変質者ね」
「じゃあこの辺りにまだ?」
「その前に彼女の治療が優先だよ。怪我はしていないけど、かなり衰弱している」
「はい」
僕は彼女を抱きかかえ、上の服を脱いで羽織らせる。
そのまま街の治療院へ駆けこんだ。
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