11.デート?

「今日こそ街を回ろう!」

「そうですね」


 朝早くから意気込む師匠と僕。

 ついこの間、同じようなことを話したばかりだ。

 借りている宿屋の部屋には荷物が増えている。

 これを氷山から持ってくるのに一日かけ、さらに不要な物を整理して売るのに一日かかった。


「お引越しって大変なんだね」

「ですね。初めて知りましたよ」

「私も。旅してた時は、最小限の荷物しか持ち歩かなかったし」

「足りないものはどうしていたんですか?」

「現地調達!」

「なるほど」


 師匠にとって長く一か所に留まる生活は、氷山が初めてだった。

 一か所に留まれない理由があるから。

 その問題は、現在は解決している。


「腕輪の調子はどうですか?」

「バッチリだよ」


 師匠の左腕には、氷で作られた腕輪をまいている。

 

「魔力を吸収し続けるそれを身につけておけば、周囲に魔力が漏れて影響が出ることもない。さすが師匠ですね」

「ありがとう。半分は君のお陰なんだよ? あれから実験に付き合ってくれて、ようやくこれは完成したんだからね」

「そう言ってもらえると嬉しいですね」

「そうそう。盛大に喜ぶんだね。じゃあ準備も出来たし」

「はい。行きましょう」


 僕たちは出かける準備を済ませて一階へ降りた。


「あらおはよう」

「セリアンナさん、おはようございます」

「おはよう」


 一階の厨房から顔を出したセリアンナさん。

 お店の開店はお昼と夕方からだけど、日が昇る少し前から準備をしている。

 昨日は僕も手伝ったけど、毎日は大変そうだと思った。

 

「今日も出かけるのかい?」

「はい。やっと荷物の整理も終わったので」

「今日こそ街を回る! それでいっぱい買い物するんだ!」

「ふぅ~ん、なるほどね~」


 ニタニタしながらセリアンナさんは僕たちを交互に見る。

 

「要するにデートね」

「そうなりますね」

「ぅっ!」

「師匠?」

「そ、そうだな。で、でで、デートだな」


 あからさまに動揺している。

 もしかして今まで気付いていなかったのか?

 

「行きましょう」

「そ、そうだな!」

「いってらっしゃい! あ、でも気を付けなさいよ」


 店を出ようとした僕たちは、セリアンナさんの一言に立ち止まり、一緒に振り返る。


「何がですか?」

「近頃変質者がでるって話なのよ」

「変質者?」

「そう。昼間から女の子を襲ってるヤバイやつよ」

「へぇ~」

「そんなのがいるのね」


 僕も師匠も反応は薄めだった。


「凄腕の魔術師らしくてね。まだ捕まってないから、あんたも気を付けなさい」

「私なら大丈夫だよ!」

「ですね。師匠は強いですから。それにもし師匠に手を出そうものなら……股間を潰します」

「ひっ、フレイ……目が怖いよ」

「すみません。ちょっと嫌な想像をしてしまったので」


 一瞬だけど、師匠が襲われる光景を想像してしまった。

 そんなことはありえないはずなのに、弱気になった自分をひっぱたきたい。


「安心してください師匠! 師匠は僕が必ず守りますから!」

「お、おう。なら安心だな」

「朝っぱらからイチャイチャしてもう、青春だね~」


 セリアンナさんがからかうように言うと、師匠が顔を真っ赤にする。

 僕の手を引いて、店を出る。


「も、もう行くぞ!」

「はい。行ってきます! 夕方には帰ると思いますので」

「はいはーい。楽しんでらっしゃいな」


 セリアンナさんが手を振っていた。

 そういえば、もう一人の働き者はどこにいるのだろう。

 答えは店を出てすぐに見つかった。


「フローラ」

「あ、お、おはようございます」


 店の前をはき掃除していたフローラが僕らに気付く。

 彼女も母親に似て働き者だ。

 毎朝必ず同じ時間に起きて、店の中と外をくまなく掃除している。


「今から出かけてくるよ。夕方には戻るから」

「は、はい……お気をつけて」

「うん」

「フローラもね」

「セリアンナさんが言ってたけど、最近変質者が出てるらしいからね。フローラも気を付けて。もし何かあったら、大声で僕の名前を呼んでよ。かけつけるから」

「はい」


 フローラが箒をぎゅっと握りしめる。

 視界の端で、師匠がちょっぴりむすっとしたのがわかった。


「師匠?」

「なんでもない」

「え、でも、何だか不機嫌に」

「いいからいくよ!」

「あ、はい」


 何か悪いことでもしただろうか。

 僕らはフローラに背を向け歩いていく。

 彼女に声が届かない距離まで進むと、師匠が僕の袖をつかむ。


「い、いいかい?」

「はい?」

「さっきみたいなセリフは、簡単に他の女の子に言っちゃだめだよ」

「え? なぜ?」

「なぜって……わかるでしょ! 勘違いして君のこと好きになっちゃったらどうするのさ」


 師匠は恥ずかしそうに顔を赤らめながらムスッとする。

 ようやく理解した。

 これはいわゆる嫉妬というやつだ。


「師匠……可愛すぎですよ」

「なっ、なんで今そういうこというかな! 話聞いてた?」

「聞いてましたよ」

「そ、そうか。なら良いんだ」


 これからデートだけど、今の表情と言葉だけでもうお腹いっぱいだ。

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