10.初めての夜

 テーブルの上にずらっと並んだ料理。

 ほかほかと湯気が出て、じゅわーっと肉汁が滴る。


「美味しい! 全部美味しいよ!」

「あっははは! そうかいそうか! いい食べっぷりだね~」

「だってもう美味しすぎて手が止まらないよ!」


 パクパクと次々料理を頬張っていく師匠。

 それを見て上機嫌にセリアンナさん笑っていた。

 僕も食べてみる。

 見た目だけでも伝わるけど、食べれば美味しさが口の中にあふれる。

 師匠にとっては千年ぶりの食事だ。

 それにふさわしい豪華な食事で、良かったと安堵する。


「師匠、口元についてますよ」

「ん?」

「もう、ほら」


 口元にソースがついていた。

 それを僕が指で拭く。


「ありがと」

「どういたしまして」

「ふぅ~ん」


 セリアンナさんがニヤニヤしながらじっと僕たちを見ていた。


「何ですか?」

「あんたらラブラブだね」

「当然ですよ!」

「んん――!」

「師匠?」

「の、喉に……水」


 動揺したときに食べていた物を喉に詰まらせたようだ。

 慌てて水を飲んで落ち着く。

 そんな師匠を見ながら、セリアンナさんが豪快に笑う。


「あっははははは、初々しいね~ あんたら見てると若い頃を思い出すよ」

「そういえばお父さんはどこに?」

「旦那なら出稼ぎに行ってるよ。忙しくてあんまり帰って来れないみたいでさ」

「そうなんですね」


 お父さんの仕事は何なんだろう。

 少し気になったから、そのうち聞いてみようと思う。


「あんたら王都の人かい?」

「いえ、違います。前は住んでましたけど、五年ぶりですね」

「へぇ~ なんでまた?」

「魔術学園の試験を受けに来ました」

「そういうことかい。それは大変だね~ じゃあ入学したらこっちに住むのかい?」

「はい」


 師匠が食べていた物をごくりと飲み込み、話に入ってくる。


「どうせ合格してるし、ちょっと早めに慣れておきたいかな。私はほら、初めてだし」

「そうですね」


 やはり当面の問題は資金だな。

 方法はいくつか思い当たるけど、どれもいろんな意味で危険だし。


「ならウチにとまってくかい? 二階は宿屋をやってるんだよ」

「そうだったんですか?」

「丁度二人部屋だし、小さいけどシャワーもあるよ。希望があれば三食付き」

「すっごく良いね! この料理が毎日食べれるのか!」

「そう! 魅力的だろう?」


 師匠が目を輝かせている。

 よほど気に入ったようだ。


「フレイ! ここにしよう!」

「待ってください師匠。お金が……」

「あっ……」

「ん、何だい? お金ないのか?」

「はい……今はまとまったお金が用意できなくて。学園に入ってからは仕事も出来るし、何とかなるんですが……」


 せっかくの申し出だけど、今は断るしかない。

 ガッカリしている師匠を見ると、自分の甲斐性のなさに腹が立つ。


「だったらお金が入るまでタダでいいよ!」

「え?」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。娘を助けてくれた礼に一食だけじゃ不釣り合いだ。うちでよければ」


 なんて気前の良い人なんだ。

 師匠がぱぁーっと明るい表情になって僕を見る。


「フレイ!」

「い、いや待ってください。気持ちは嬉しいですけど、さすがにタダは気が引けるというか」

「た、確かに……」

「うーん、じゃあうちの手伝いをしれくれるかい? 実は最近ちょっと疲れ気味でね~ 働き手を増やそうかと思ってたんだよ」

「そういうことならぜひ! ねぇフレイ」

「はい」


 こうして僕らは運よく、王都での宿を見つけることが出来た。

 手伝いは話が終わった後すぐに始まる。

 開店時間になると、たくさんのお客さんが入店された。

 お客さんから注文を聞くのはフローラの仕事、僕らが手伝うのは――


「フレイ、そこの野菜とって」

「はい。そこの塩使いますよ」

「はいはーい」

「へぇ~ 二人とも手際良いわね。驚いたわ」


 セリアンナさんが意外そうな顔でそう言った。

 師匠は褒められて自慢げに話す。


「ふっふーん! これでも旅をしていた時の料理当番は私だったんだよ!」

「僕は師匠から教わりました」

「なるほどね~ それに息もピッタリ。あんら良い夫婦になるわね」

「「夫婦」」 


 僕と師匠は目を合わせて、照れくさくてニヤと笑顔が合わさった。

 手伝いは夜遅くまで続いて、片付けも含めて済ませた頃には、身体もクタクタだった。


「この部屋を自由に使って」

「はい」

「それじゃ、ごゆっくり~」


 何だか含みのある言い方だな。


「へぇ~ シャワーってこれね? 魔道具?」

「ええ。一般家庭用の魔道具です」

「そんなのあるんだ。昔とは大違い……魔道具なんて戦いの道具だったのに。便利になったな~」

「他にも色々変わっていると思いますよ」

「そうね。あ、そうだ! 明日のお昼に街を回ろうよ!」

「良いですね。ちょうど時間もあるし」


 その前に一度氷山に戻って、必要な物を持ってこないと。

 明日は忙しくなりそうだな。


「ふぅわ~ 今日はもう寝ましょう」

「そうね。私も疲れて……」


(ちょっと待って、待ってよ? よく考えたら、私とフレイは今日から同じ部屋で寝るの? よく考えなくてもそうだ! 今までも一緒だったから変わらないと言えばそうだし……でも私たちはもう恋人。恋人が同じ部屋で寝る……もしかする?)


 布団に入る。

 柔らかい布団で眠るのは久しぶりだな。


(ど、どうしよう。もしフレイがその気なら……嫌じゃないし、恋人なんだから普通だよね? よ、よし私も覚悟は出来た!)


「ってもう寝てる?」

「スゥー……」

「……そうだった。フレイは真面目だもん。いきなりそんなことする男じゃないか」


 師匠が僕のベッドに座って、顔を近づける。


「可愛い寝顔……寝てるんだよね?」

「……」

「す、少しくらいなら」


 チュッ。

 師匠の唇が、僕の頬に当たる。


「おやすみなさい」

「……」


 すみません師匠。

 普通に起きていたなんて……もう言えない。

 その日はドキドキしすぎて、ほとんど眠れなかった。

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