8.師匠、胸の大きさなんて――
ぐぅー
「ぅ……お腹減った」
「ですね」
今のお腹の音は師匠だけど、僕もお腹が減っている。
「そういえば師匠、起きてから何か食べましたか?」
「食べてるわけないだろ? 起きたらあんな手紙があったんだぞ? 急いで来たに決まってる」
「そ、そうですね……すみません」
空腹のまま思いっきり走ってきたら、お腹も余計に減るだろう。
俺の所為で心配をかけて申し訳ない。
「急いで帰りましょうか」
「ん? せっかく街に来たんだから、ここで食べて行こうよ」
「え?」
「駄目だった? ああ、そうか。君にとってこの街は、あまりいい思い出がないんだっけ」
「あ、いや、それは良いんですけど……お金がないですから」
「……あっ」
ようやく気付いてくれたようだ。
師匠と一緒に過ごせる日々。
何の不満もないけど、問題を上げるとすれば、お金がないこと。
父上から貰ったお金は氷山を登る装備に使ってしまった。
元々成人するまでに使い切るだろう額だったし、どの道同じ状況だっただろう。
聖地では、氷山を離れて動物を狩ったり、山菜を採ったり。
あとは師匠の魔術で凍結保存していた食材もあったから、僕の魔術修行の一環として、それを解除して使っていた。
千年前の食材には若干の不安があったけど、さすが師匠の魔術だ。
鮮度そのままで味も落ちていなかった。
とまぁ、今日までの生活はそんな感じで。
「これからどうするつもりだったの? 学園に通うようになったら、あの場所で生活し続けるなんて無理だよ」
「そうですね。さすがに遠いし、不便かなとは思います」
「だったら王都で部屋を見つけないとね。その前に資金源を確保しないと」
「資金のほうは、入学したら仕事が受けれますし、何とかなると思いますよ」
学園入学が決まると、試験結果に応じて暫定的な等級が決められる。
大抵は一番下の五級だけど、過去には入学時点で二級に選ばれた者もいるそうだ。
「へぇ~ 今ってそんな制度があるのね」
「師匠の時はなかったんですか?」
「だってそんな制度を作った所で意味なかったから。みんな好き勝手やってた」
「そういう時代ですもんね」
「そう。でもじゃあ一旦戻るしかないかな? せっかく来たし、ちょっと見て周りたかったんだけど」
師匠がガッカリしている。
今の世界を見てみたいと師匠は言っていたし、今がそのチャンスではあるのだが……一文無しで街を巡っても、何もできないし。
どうしようかと悩みながら王都の出口を目指していた。
「……おら!」
「きゃっ!」
両手に荷物をもった女の子に、フードで顔を隠した男がぶつかった。
その拍子に倒れてしまう女の子。
男は彼女の服をまさぐり、お金が入った封筒を抜き取る。
「頂くぜ~」
「あ、だ、駄目です! だ、誰か!」
女の子が助けを呼んだ。
男は走って逃げようとしている。
「フレイ」
「はい」
氷麗術式――
「【氷柱落とし】」
名前のまま、相手の頭上に氷柱を生成して落とす。
本来は串刺しにする術だが、今回は手前に落として、足元から氷漬けにした。
「な、何だこりゃ!」
「暴れても無駄だよ。その氷は力じゃ抜け出せない。下手に触れると――」
「う、うおおっ! 手がぁ!」
「伝播するから気を付けたほうが良い……もう遅いか」
脚の氷に触れたことで、男は両手とも凍ってしまった。
あとはもう何もできない。
叫ぶくらいか。
「女の子の荷物を盗むなんて最低ですよ。おじさん」
「そうだぞ~ レディーの身体を無神経に触るのも大罪だな」
「あ? うるせぇガキ!」
「が、ガキ?」
師匠への侮辱を耳にした俺は、即座に男の顔を鷲掴む。
「うっ……」
「おいお前、師匠を侮辱するな」
「そうだぞ」
「師匠は世界で一番可愛くて、綺麗で、強い女性だ」
「そ、そそ、そうだぞ!」
「ど、どこが――」
結局全身氷漬けにしてしまった。
「……これどうするの?」
「放っておきましょう。そのうち衛兵が来ると思いますから」
「そ、そう……これ溶けないやつでしょ?」
「はい、もちろん。だから頑張って砕いてもらうしかないですね」
頑張り過ぎて本人ごと砕いても、僕は知らないな。
「あ、あの!」
「ん? ああ、はいこれ」
後ろから声をかけてきたのは、お金を盗られた女の子だ。
茶色い髪とオレンジ色の瞳。
年は僕と同じくらいだろうか?
師匠よりは背が高い。
「あ、ありがとうございました!」
「いえいえ、お気になさらず」
「怪我はなかったかい?」
「は、はい。大丈夫です。怪我はしていません」
「そうか。それは良かっ――でかいな」
「へ?」
「師匠?」
「い、いやなんでもないぞ! あはははははっ……はぁ……」
師匠は自分の胸を見てがっくりと落ち込む。
「大丈夫です師匠」
「フレイ?」
「胸の大きさなんて僕は気にしませんから!」
「そういうフォローはいらないんだよ!」
怒られてしまった。
「あ、その……助けて頂いたお礼を」
「気にしないで。見返りが欲しくてやったわけじゃないので」
「で、でも」
「そうそう。無事だったならそれで」
ぐぅ~
師匠のお腹が声をあげている。
何か食べたいと。
「も、もしよければうちに来ませんか?」
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