7.充実の影で

 王都の街を歩いてた僕を、癒される声が呼び止めた。


「やっと……はぁ、見つけた!」

「師匠、何でここにいるんですか?」


 目覚めたばかりで身体が万全じゃないのに。

 まだ寝ていないと辛いはずだ。

 現に今、苦しそうに息を切らしている。

 

「寝てないと駄目じゃないですか! 無茶して何かあったらどうするんです?」

「じっとしてられるわけないだろ!」

「え?」


 師匠が怒っている。

 と同時に、悲しんでいるようにも見えた。


「何も言わずに一人でいなくなって……私がどれだけ心配したと思ってるんだ!」

「え、いや、でも……手紙。手紙は読まなかったんですか?」

「読んださ! それがなかったら場所もわからなかったんだよ」


 手紙には入学試験を受ける経緯と場所を書いておいた。

 それを頼りに王都まで急いで来てくれたようだ。


「終わったらすぐに戻るとも書いてあったと思うんですが……」

「書いてあったさ。でもね? 私がいた時代は、そういう約束なんて信じられないの! 必ず勝つとか、生きて帰るから待っていてほしいとか、そう言って帰らなかった人を何人も見てきた」

「ぅ……」


 戦いばかりが続いた時代に師匠は生きてきた。

 生き残れなかった者たちの最後を、彼女は見てきたんだ。

 

「君は確かに強くなったよ。そこらの魔術師なんて目じゃないくらい、魔神とも戦えるくらい強くなった! だからって心配するんだよ」

「す、すみません……」


 師匠に心配をかけてしまった。

 悲しい表情をさせたことが心に染みる。

 ただ少し、本気で心配してくれたことは嬉しかった。


「まったくもう、君がいなくなったら私は一人ぼっちになるんだよ? それとも他の誰かに預けるつもりかい?」

「それは絶対に嫌です」

「だったら一人で突っ走らないでよ」

「はい……でも僕は、師匠に相応しい男にならないと。師匠の隣にいる資格もない」


 そのために俺は試験を受けに来た。

 地位や名誉に興味はないけど、国家魔術師になれば注目を集められる。

 一級魔術師……その上の特級魔術師にもなれば、世界中から注目されること間違いなしだ。

 師匠の魔術が最強だったと示し、僕自身が強いことを証明するためには、この道が一番だと思った。


「だから僕は……」

「はぁ……本当に君はお堅いというか、まっすぐ過ぎるというか。私は何も駄目とは言っていないよ?」

「え? で、でも世界で一番強くなれって」

「そ、それは言ったけど、まだ話の途中だったでしょ? あの時の君、全然私の話を聞かずに盛り上がってたじゃないか」


 そ、そうだったかな?

 思い返すと、確かに師匠が何か言っていたような……


「途中……だったんですか?」

「そうだよ。だ、だからその……ね?」

「はい」

「い、いきなり結婚とかは……かしいけど、こ、こ、恋人くらいならなってもいいんだよ?」


 恋人と聞こえて、時間が止まった気がした。

 周囲の音が聞こえなくなり、目の前の師匠しか見えない。

 世界に自分と師匠しかいないような感覚。

 そんなはずはないのだけど、そうだと思えるくらい静かに……そして、自分の胸の鼓動が激しくなる。


「本当……ですか?」

「うん」

「本当の本当に?」

「うん! 前にも話したと思うけど、私はずーっと一人で千年あそこにいたんだ。ずっと続くとさえ思っていた。君が来てくれてすっごく嬉しかったんだよ? 楽しかった。こうして外を出歩けるのも夢みたいだ」


 師匠はくるんとその場で回る。

 一回転して、僕のほうを見てニコリと笑う。

 顔を仄かに赤く染め、照れながら言う。


「ま、まぁつまりだよ? 私もその……君のことは嫌いじゃないんだ。だか――ら!? ちょっと! いきなり抱き着くな」

「すみません。我慢できなくて」


 気付けば僕は、師匠を抱きしめていた。

 小さい体はすっぽりと僕の胸の中に納まる。

 驚いてはいるけど抵抗はしていなくて、僕に合わせてくれている。


「もう……素直だな君は」

「すみません」

「謝らなくて良いよ。私も嫌じゃないから」

「じゃあ……このまましばらく、こうしていても良いですか?」

「仕方がないなぁ~ 少しだけだ……ん?」


 抱きしめた師匠の温かさが伝わる。

 鼓動も早くなっている。


「ねぇ見てあれ」

「嫌だわ~ まだ夕方なのにねぇ」

「ちょ、ちょっと待って? やっぱりここは人目があるから……聞いてる?」


 師匠もドキドキしてくれているのだろうか。

 嬉しい。

 俺と師匠は恋人に……なれたんだ。


「ねぇ聞こえてる? フレイ? フレイ君?」


 今、改めて思う。

 僕は師匠のことが大好きだと。


「やっぱり離してええ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 貴族街にある一軒の屋敷。

 夜遅く月明かりが入り込む部屋にで、荒れ狂う男性がいた。


「くそっ……くそがっ!」

 

 近くにあった花瓶を割り、物を壊した跡がある。

 彼はフレイに炎を凍らされ、そのまま全身氷漬けにされた貴族の嫡男。

 名前は――


「アグラ君、だね?」

「ん? 誰だ? 何だお前……」

「初めまして」


 いつの間にか窓が開いていて、その前にローブの男が立っていた。


「誰だと聞いてるんだ! どうやって入ってきた?」

「見ての通り窓からさ」

「ふざけてるのか? 許可なく屋敷へ侵入したものは丸焼きだぞ」

「そうかい? でもそんな炎じゃ、氷も溶かせないねぇ」


 ローブの男はアグラを煽る。

 氷という単語にピキッとイラつきを感じて吠える。


「てめぇ!」


 怒声をあしらうように、ローブの男は彼の背後に移動していた。


「力がほしくはないかい?」

「……何だと?」

「憎いんだろう? 殺したい相手がいるのだろう? ならば手を貸してあげようじゃないか」


 ローブの男がアグラの背中に触れる。


「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「大丈夫、痛みは最初だけさ。君は手に入れるんだよ。君の中にある力の全てを――」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

一章まではなろうで更新した分なので、すでに読んでくれている方には申し訳ありませんが、二章開始まで今しばらくお待ちいただければ幸いです。

フォロー、評価ともにありがとうございます。

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