6.もう興味ないので

 魔術学園の入学試験。

 十五歳の誕生日を迎えた年に、魔術の適性さえあればだれでも受けられる。

 王立魔術学園は、優れた魔術師を育てるため、国が作った学校だ。

 これまで数々の魔術師を育てあげた実績があり、魔術師を目指すなら誰もが入学を望む。

 その中に僕もいた。


「う~ん、久しぶりに来ると迷いそうだな」


 王都へ来たのは五年ぶりだ。

 街並みは大きく変わっていないけど、これだけ時間が空くとさすがに道もうろ覚えになる。


「師匠……ちゃんと休んでるかな? 手紙も読んでくれてると良いけど」


 師匠を解放したあと、色々と話をして疲れたのか、すぐに眠ってしまった。

 身体は本調子じゃない。

 あの場所は脅威となる動物や魔物もいないから、下手に動き回るより安全だ。

 とは言え長く師匠を一人にしておくのも心配だから、試験が終わったら早く帰ろう。


 魔術学校の前にたどり着いた。

 中に入ると、すでに大勢の受験者が集まっていた。


「フレイ」

「父上?」


 唐突に呼び止められ振り向く。

 そこには父上がいた。

 五年前、最後に見た時と同じように怒った顔をしている。

 覚悟はしていたけど、まさかこうも早く会ってしまうなんて。


「なぜお前がここにいる?」

「もちろん試験を受けに来たからです」

「ふざけているのか? お前が試験に受かるはずないだろう? 追放したとはいえ、お前をヘルメス家の関係者として見る者もいる。これ以上、家名に泥を塗るつもりか!」


 五年ぶりにあった息子に対していう言葉がそれか。

 家柄のことばかり。

 僕のことよりも、自分たちがどう見られているかが大切なんだと再認識する。


「……それはどうでしょうね?」

「何だと?」

「見ていればわかりますよ」


 そうだ。

 師匠と過ごす時間が幸せ過ぎて、あの頃の怒りを忘れていた。

 僕は見せつけるためにここへ戻ってきたんだ。

 


 試験は筆記と実技に分かれている。

 筆記は難なくこなし、実技試験。

 内容は、学園内にある広大な自然を模した訓練場で、受験者全員が戦う。

 殺す以外なら何をしても良い。

 全体の三割まで減った時点で終了となる。


「おいおい嘘だろ? 落ちこぼれのフレイじゃないか!」

「え? 氷属性しか適性なかったあの?」

「そうそう。まさか試験を受けに来ていたなんてな!」


 ガハガハと笑う男性。

 見覚えがある顏だ。

 確か、五年前の適性検査で一緒だった。

 名前は……知らないな。

 僕のことを馬鹿にしてきた一人だってことは思い出せた。


「恥かくだけってわかってるのによく来れたな? 一瞬でやられても泣くなよ~」

「……それはこっちのセリフだよ」

「は?」

「そっちこそ、簡単に負けて泣かないでくれよ」

「な、何だと? 落ちこぼれが……口の利き方がなってないようだな」


 開始の合図が鳴る。


「俺が教えてやるよ! これが才能の差だ!」


 彼は炎魔術を発動させた。

 氷と炎の相性はわかりきっている。

 彼も理解していたから、強気な発言と態度をしていた。

 

 ただしそれは――


 本物の氷結魔術を知らないからだ。


「――【氷鎧ひょうがい】」

「なっ、馬鹿な! 炎を凍らせた……だと?」


 俺に放たれた炎の柱は、氷の柱に変わっていた。

 彼の右手も一緒に凍らせている。


「何を驚いているんだ? 高々炎を凍らせた程度で」

「っ、く、くそっ!」

「無駄だよ。その氷は君程度の炎じゃ溶かせない。余計に凍るだけだ」

「ふ、ふざけるな! お前らも見てないでやっちまえ!」


 周りにいた仲間たちに命令する。

 正面の五名だけでなく、周囲に隠れていた者たちも顔を出す。

 そこから一斉に放たれる魔術の攻撃。


「騒がしいな」


 その全てを瞬間凍結して防ぐ。


「あ、ありえない……」

「もう終わりか」


 戦意喪失している顔だ。

 これ以上、時間をかけるだけ無駄だろう。

 確か終了条件は、三割まで人数が減ったらだったよな?


「早く終わらせるか」


 そして、試験が終わる。

 会場全てが凍って、誰も……何もできなくなった。

 一人を除いて。


「悪いけど、もう君たちなんて眼中にないんだ」


 氷麗術式【連鎖氷結】。

 踏みしめた地面を瞬時に凍らせ、地続きになっている全てを凍らせる。

 師匠が編み出した術式の一つだ。



 試験は僕一人を合格として除き、その後に再開されることになった。

 凍らせた人たちは終わってからすぐ解除したし、何の後遺症も残らないだろう。

 みんなより先に試験を終え、僕は一旦師匠のところへ帰ろうとする。


 その道中に、父上が待っていた。


「素晴らしかったよフレイ! まさかあれほどの力を身につけているとは」

「父上……」


 気持ち悪いくらい上機嫌に笑っている。

 さっきとは大違い、というより別人のようだ。


「あの時はすまなかったね。今のお前なら、ヘルメス家に相応しい。今日から屋敷に戻ってきなさい」

「……何を言っているんですか?」

「ん? ああ、そうか。もしかして寮の手続きをしてしまったのかな? 気が早いな。あれだけの力があれば当然だが。安心したまえ、その辺りの手続きはこちらでしておこう」


 本当に何を言っている?

 戻って来い?

 何事もなかったかのように、当たり前みたいに。

 追い出しておいて、謝罪もさっきの一言で済ませるつもりか。


「お断りします」

「何だと?」

「嫌だと言っているんですよ。勝手にそっちの都合で追い出しておいて、今さら戻れ? ふざけるのも大概にしてください」

「っ、不当に追い出したことは認める。だが今のお前なら大丈夫だ! 私の元で学べは、王国最強の魔術師も夢じゃない」


 僕はそれを鼻で笑う。

 何を言われても、今は響かない。

 もう……興味がない。


「僕より弱い人から何も学ぶことなんてありませんよ。それにもう、家とか地位なんてどうだっていい。僕がほしいものは別にある」

「何?」

「もういいですか? 僕は帰りますので」

「……調子に乗り過ぎだな」


 父上が炎を燃やす。

 さすがに煽り過ぎたか。

 それにしても、昔は格好良く見えた父上の炎も、今では弱々しく見える。


「暑いですよ」

「なっ、馬鹿な!」

「試験を見ていなかったんですか? それは魔術では溶けないので、頑張って砕いてくださいね。もしかすると、一生溶けないかもしれませんが」

「ま、待て! それだけの力をどうやって得たのだ? ほしいものは別にあると言ったな? 一体それは何だ!」


 声を荒げる父上に背を向け歩き出す。

 叫んでいる父上の声も聞こえなくなって、空を見上げる。


「そんなの決まってる」


 俺がほしいものはただ一つ――


「フレイ!」

「師匠?」

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