5.プロポーズ

「うーん、やっぱりまだ解除できないか」

「すみません」

「良いさ。触れれるようになった時点で凄いことだ。君なら必ず私を解放してくれる」

「……はい」


 もうすぐ三年になるが、まだ氷は解除できない。

 それを不甲斐なく思う。

 落ち込む僕を見て、師匠は何かを閃いたように言う。


「元気だしなよ。そうだ! 私を解放出来たら、一つだけ何でも君のいうことを聞いてあげるよ!」

「え、本当ですか?」

「ああ」

「じゃあ……」


 僕はそれを口に出そうとして、途中で止めた。


「どうしたんだい?」

「いえ、今は言えません」

「え?」

「ちゃんと解除できたときに言わせてください」


 今はまだ、口に出すこともおこがましいと思う。

 僕は何も達成していない。


「何だよ~ 気になるじゃないか~ ちょっとくらい教えてくれても?」

「だ、駄目です」

「なんでさ~」

「は……恥ずかしいので」

「恥ずかしい? ま、まさか君……私にエッチなお願いを――」

「違いますよ!」

「違うの!?」


 何でちょっとガッカリしてるの?


 そんなことでやる気を再注入して修行に励んだ。

 修行開始から五年。 

 僕が十五歳になって、王国での成人に達した頃。


「いよいよだね」

「はい」


 五年間の修行の成果を、今から試す。

 二年前は触れるだけで精いっぱいだった氷の封印を、これから破る。

 師匠を解放するんだ。


「気負わなくてもいい。フレイ、君なら出来る」

「はい!」


 見ていてください師匠。


「すぅーはぁー……」


 大きく深呼吸をして、両手で氷に触れる。


 氷麗ひょうれい術式【封結ふうけつ】――


「――解晶かいしょう


 ペキペキペキ――

 亀裂音が走る。

 

「よし」

「きたきた!」


 氷が砕け散る。

 千年間溶けることのなかった不滅の氷が、僕の手で――


 砕け散った氷の中から、師匠の身体がふわりと落ちる。

 僕は師匠の身体を優しく受け止めた。


「師匠、聞こえますか?」

「――うん」


 師匠がゆっくりと目を開けた。

 済んだ大空みたいな瞳。

 意識の投影でしか見えなかった瞳は、とても綺麗で目を奪われた。


「身体は動かせますか?」

「ぅーん……ゆっくりなら何とか。立つのは無理そう」

「ずっと氷の中でしたからね」

「そうね。目もぼんやりとしか見えない。でもフレイの顔はわかるから不思議ね」


 そう言って師匠は微笑み、ゆっくりと腕を上げて、僕の頬に手を当てる。


「温かい」

「師匠の手は冷たいです」

「ふふっ、そうだね。ちょっと寒いかも」

「毛布を準備しますよ。少し待っていてください」

「ううん」


 師匠はもう片方の手も僕の頬に触れて、そのまま首へ回す。


「師匠?」

「毛布は後でいいから。その代わり……フレイ、ギュッとして」


 師匠の甘い言葉に、思わず震えそうになった。

 嬉しさと、可愛さと、感動が混ざり合う。


「はい」


 僕は師匠を抱きしめた。


「温かい。誰かのぬくもりを感じられるのも久しぶり」

「千年越しですからね」

「そうだったね」


 小さくて可愛い師匠が、僕の胸の中に納まる感覚。

 最高に幸せだ。


「師匠」

「ん?」

「覚えてますか? 氷を解除することが出来たらって話、前にしましたよね?」

「もちろん。あの時は教えてくれなかったら、ずっと気になってし」


 あの時は話せなかった。

 だけど今なら、師匠を解放した今なら言える。


「聞いてくれますか?」

「そういう約束だったからね。何でも言ってよ。千年の眠りから助けられたんだから、大抵のお願いなら二つ返事で答えるよ。え、エッチなのは……ちょっと考えさせて」

「大丈夫ですよ。ちゃんと誠実な願いですから」

「そうなの?」

「はい」


 自分ではそうだと思っている。


「じゃあ教えてよ」

「師匠……僕と結婚してくれませんか?」

「良いとも! それくらいのお願……へ?」

「本当ですか? 良いって言いましたよね?」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待って! 結婚? 結婚って言ったの?」

「はい」


 取り乱す師匠は、表情だけアタフタさせて尋ねる。


「な、何で?」

「師匠のことが好きだからです」

「すっ……」

「ずっと好きでした。五年前に師匠と出会って……今思い返せば一目惚れだったと思います。それから今日まで一緒にいられて楽しかった。幸せでした。五年前の何倍も、師匠のことが好きです」


 師匠は顔を真っ赤にして、身体も少しずつ熱くなっているのが伝わる。

 それこそもう毛布もいらないくらいには、身体も温まったようだ。


「ま、待って待って待って! きゅ、急にそんなこと言われても……」

「……迷惑、ですか?」

「迷惑じゃない! 私も嫌じゃないし、でもいきなり結婚って、まだ会って五年しか経ってないしさ! あ、いやでも五年って普通は十分なのか」


 師匠の千年に比べれば、五年なんて一瞬なのだろう。

 それでも俺にとっては重厚で、深い五年間だった。

 だから今、その全ての感謝と想いを打ち明けた。


 師匠は悩んでいた。

 というより戸惑って、照れていた。

 ふと、何かを思いついた顔をして言う。


「私はこれでも最高の賢者様だからね! け、結婚となると、それにふさわしい人じゃないと。あ、君が相応しくないって意味じゃないよ? そうじゃないけど、やっぱりまだ足りないというか……世界で一番強くなってからとか」

「……なるほど、確かにそうですね」


 俺は強くなった。

 師匠のお陰で、見違えるほど強くなった。

 でも、確かに足りないんだ。


「ま、まぁでも、いきなり結婚とかじゃなくてね? こ、恋び――」

「わかりました! 僕は世界で一番強い魔術師になります!」

「へっ?」

「今の話は忘れてください。確かに今の僕じゃ、一番強くて一番可愛い師匠には相応しくない」

「い、一番だなんてそんな――って違う! え、ちょっと待って?」

「はい。だから待っていてください! 必ず師匠に相応しい男になってみせますから!」


 頑張らねば!

 ここからが始まりなんだ。


「そうじゃなくて! ねぇ聞いてる? 君はまっすぐ過ぎるというか、時々すごく頭がかたいなぁ。ちょっと、ねぇってば!」

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