3.氷の賢者様

 たった一度の検査がきっかけで、僕の生活は大きく変わってしまった。

 街に出れば馬鹿にされる。

 宿屋に閉じこもっても、生きるためには外へでなくてはならない。


 どうして?

 なんで僕が、こんな思いをしなくちゃいけないの?

 僕は何も悪いことなんてしてないのに。


 最初は悲しさしかなかった。

 それが日に日に大きくなって、少しずつ怒りに変わる。

 理不尽な追放と、手のひら返しの態度に。

 絶望の中で沸々と怒りが湧き上がる。

 そうしてすべての悲しみが、怒りへと変わった時――


「見返してやる……強くなってやる」


 僕は決意した。

 両親も、他の貴族たちも僕を見下している。

 氷属性なんて外れを引いてしまった僕には、何もできないと思っている。

 そうに違いない。

 だったらそんな僕が、誰よりも優れた魔術師になったら?

 きっとみんな悔しがるだろう。


 どうすれば強くなれるか。

 考えて最初に思いついたことは、とある場所に行くことだった。

 賢者たちには聖地と呼ばれている場所がある。

 そこには賢者が残した研究成果や、特別な魔道具、術式が残されているという噂があった。

 そう、ただの噂だ。

 実際に確認した者がいないから、そうだろうという予想しかわからない。

 どの賢者の聖地も、簡単には近寄れない秘境にあって、とてもじゃないが人が暮らせるような場所ではなかった。

 これまでにも何人もの魔術師が到達を試み、失敗に終わっている。


 氷の賢者の聖地は、世界最大の氷山にあると言われていた。

 気温は常に氷点下で、水分は一瞬で凍る。

 生物すらまともに生息していない。

 秘境であり死地。

 僕は貰ったお金を全部つぎ込んで防寒具を揃えた。

 付け焼刃だけど、氷属性魔術も少しだけ使えるように訓練をして。


 約一か月かけ、僕は氷山の麓にやってきた。


「よし……」


 寒い、痛い、冷たい。


 想像以上だった。

 たった一時間歩いただけで、露出していた部分の皮膚に痛みが走った。

 少しでも立ち止まったら、一瞬で氷漬けになってしまうような予感すらある。

 凍死しない様になるべく全身を覆っているけど、口だけは隠せない。

 大きく呼吸すれば、肺まで凍ってしまいそうだ。


 吹雪も強くなってきた。

 前どころか足元すらロクに見えない。


「ま、まだなの……?」


 聖地の場所は細かくは知られていない。

 この辺りにあるだろうという、これも噂の領域だった。

 とりあえず山頂を目指しているけど、当たっているのだろうか?

 不安がよぎる中、怒涛のように不運が襲う。


「そ、そんな……嘘だよね?」


 迫りくる轟音。

 目の前で雪崩が発生した。

 視界の端から端まで雪崩が起きている。

 回避なんて出来ない。


「っ、う、うわあああああああああああああああ」


 僕は雪崩に呑み込まれて死を悟った。

 だから本当に、運が良かったのだろう。

 不運続きだったこともあって、心の底からそう思った。

 

「ぅ……う……え?」


 気が付くと僕は、氷の結晶で覆われた洞窟にいた。

 雪崩に巻き込まれ、どこかにあった洞窟の入り口に落ちたようだ。

 お陰で窒息することなく、何とか生きている。

 外よりも風がない分、洞窟内のほうが温かく感じた。

 僕は洞窟内を歩いた。

 身体は痛くて苦しいけど、何かに導かれるように足を進めた。


 そして、たどり着いた先には――


 氷の中に眠る綺麗な女の子がいた。

 女の子は裸で、目を瞑っている。

 薄い水色の髪に、白くて綺麗な肌。

 まるで人形みたいで、僕は思わず見惚れていた。


「綺麗……」

「そうでしょ? 私もそう思う!」

「え?」


 声がする方を向くと、女の子が隣にいた。

 半透明だし、氷の中にいる子と同じ、こっちは服を着ている。


「え、えぇ?」

「こんにちはー! ここに人が来るなんて何百年ぶりかな~」

「……だ、誰ですか? 何でここに……氷の中に?」


 混乱して言葉がまとまらない。

 そんな僕に彼女は言う。


「まぁまぁ落ち着いて。私の名前はアルセリア、氷の賢者って呼ばれてる……とーってもすごいお姉さんだよ!」

「氷の……賢者様?」

「そう!」


 この人が?

 七人の賢者の一人?


「こんな子供が……」

「こ、子供っていうなよ! 私はこれでも成人しているんだぞ!」

「え、えぇ!?」


 それが一番の驚きだったかもしれない。

 

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