2.どん底へ

 今から千年以上昔の話。

 世界には、凶悪な魔神が跋扈していた。

 人々は恐怖に怯え、頭を垂れても殺され、明日を生きることすら厳しい。

 絶望が支配する世界に、残された最後の希望が、七人の賢者だった。


 炎、水、風、雷、大地、光、そして氷。

 現代では基本属性と呼ばれている七属性の賢者たち。

 彼らは秀でた力で魔神たちを圧倒し、次々に打倒していった。

 長く苦しい時代は終わり、世界に平和をもらたしたのだ。

 まさに英雄。

 現代まで語り継がれる伝説に、多くの者たちが憧れた。


 しかし、その中で一人だけ、憧れよりも不満を多く抱かれている賢者がいた。

 それが氷の賢者だ。

 他の賢者たちがそれぞれに偉業を残している中、氷の賢者だけ具体的な偉業が残っていない。

 攻撃力は炎に劣り、破壊力は雷が勝る。

 範囲は風が圧倒的で、防御力は大地がダントツで高い。

 汎用性は悪くないが、それも水には敵わない。

 回復性能は言わずもがな光が最高で、他の基本属性に勝っている点が見当たらない。

 相手を凍らせても、芯までは凍ってなくて簡単に砕かれたり、時間経過や熱でも溶けてしまう。

 中途半端で不憫な属性だから、選択肢にあっても選ばない。


 それが氷属性の真実だ。


 僕に唯一適性があった氷属性は、人気も力も冷めきっていた。


 その日の夜、僕は一睡も出来なくて、ベッドの上で目を瞑り続けた。

 すると聞こえてくる両親の声。

 普段なら気にならないのに、こういうときは音に敏感だ。


「なんてことだ。氷属性しか適性がないなど……一族の恥だ」

「ぅ、う……何かの間違いだわ」


 二人が嘆き悲しんでいる。

 離れた部屋にも届くほどハッキリ聞こえて、結局眠れないまま朝を迎えた。


 そして――


「フレイ、お前はもう私の息子ではない」

「え……」


 父上の口から、心無い言葉が聞こえた。

 頭が追いつかない僕は固まり、父上は乱雑に袋を床に投げ捨てる。

 じゃらんと金属音が響き、数枚の銀貨が零れた。


「これだけあれば成人するまで困らないだろう? 後は自分で何とかしなさい」

「ち、父上待ってください! 急にそんな……どうし――」

「うるさい!」

 

 怒声が響く。

 感情の高ぶりから、声に魔力が籠っていた。

 ビリっとして身体が熱い。


「お前のようなものを一族から出してしまうなど……あってならん。ヘルメス家にお前はもう必要ないのだ」

「そ、そんな……」

「わかったら出て行きなさい。嫌だというのなら――」


 父上は炎魔術を発動して、手のひらの上に炎を生成する。


「力づくで追い出すことなるぞ」

「っ……」


 本気の目をしていた。

 冗談ではなく、本当に僕を燃やそうとしている。

 実の息子を……昨日まであんなに優しかった父上が、まるで別人みたいに。

 すごく怖くなって、涙が出てくる。

 だけど、泣いても怒鳴られるだけだと悟って、僕は袋を手にして屋敷を飛び出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ぅ……っ――」


 涙は止まらない。

 走り続けて、どこへ向かうわけでもない。

 信じたくなくて、認めたくもなくて、ただ現実から目を背けるように。

 走り続けるのも限界になって、夕方くらいには路地でうずくまっていた。

 

 ぐぅ~


 でも、どれだけ悲しくてもお腹は減る。

 死んでも良いって思える瞬間もあったけど、やっぱり死ぬのは怖い。

 お金を握りしめ、街に買い物へ行く。

 貴族として生活していたから、自分で買い物をするなんて初めてだ。

 勝手がわからなくて、大人に教えてもらいながら、何とか食べ物を買って帰る。


 帰る?

 どこに?

 もう……帰る家もない。


 僕はトボトボと歩いて適当な宿屋を見つけた。

 そこに泊まりながら、ほとんど部屋から出ずに生活をつづけた。

 一週間くらいだろうか。

 食事を買いに街へ出かけると……


「ねぇあの服装って貴族よね? 何で貴族の子供が一人で買い物にきてるの?」

「あんた知らないの? あの子たぶん、ヘルメス家から追い出された子よ」

「え、そうなの?」

「ええ。何でも属性検査の結果が良くなかったって」


 僕が追い出されたという話は、知らない間に街で噂として広まっていた。

 ヘルメス家が有名だったことと、検査の会場には他の貴族や、一般人もいたからだろう。

 こういう噂が広まるのは早い。

 しばらく僕は隠れるように生活していた。

 それでも偶に、知っている人に会ってしまうことがある。


「おい!」

「……君は」

「お前氷属性しか使えないんだってな?」

「……」

「本当に貴族か? 役立たず! ゴミ! 恥知らず!」


 同い年くらいの男の子。

 確か適性検査の前に話をした子供だ。

 僕のことを快く思っていなかった……それでも父親の言う通りに挨拶をしたり、表立って何かをするわけでもなかった。

 それが今、落ちこぼれと見下している。

 馬鹿にする口実が出来て、貴族でもなくなった僕を笑っている。

 悪口は子供っぽくて、聞くほどに品がないけど、言い返すこともできない。

 父上だけではない。

 世間が、周りのみんなが、敵になってしまったのだとわかった。

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