第64話 学校祭②

 ***




 それから、目まぐるしく俺たちは企画を転々とする。


 お姫様、売り子、挙句には男装……などなど。もう一通りのコスプレは全部経験済みなんじゃないかと思うくらい、叶戸先生の衣装がどんどん変わり。


「――抽選の結果、叶戸先生とお化け屋敷をまわれるのは、この五人ッ!」


 うちのクラスのお化け屋敷も好評で、その目玉イベントである、『叶戸先生と周れる半券抽選』の当選者の発表では、教室の前は満員電車並みの人だかりができており、


「うおおおお、外れたあああしぬうううーー!!」

「お、おれもおおお、あああああ!」


 数多の嘆きと、


「あ、あたった! やった! 花凪ちゃん!」

「ウソ!? し、幸せすぎるんですけど!」


 当選者の歓喜の声が、辺りに響きわたる。



 ……え?


 なんで当選したのは、全員女子なのかって?



 ……まったく、マネージャーの俺に向かって、そんな野暮なこと聞かないでほしい。



「……じゃ、じゃあ、よ、よ、よろしくお願いします」



 今までに見たこともないくらい、真っ青な顔をした叶戸先生が、女子生徒と共に暗闇に消えていく。


 何やら悲鳴やどたばた物音が聞こえてきたしばらくあと、


「……う、……つ、つつ、次の人、お願いします……」



 涙目になった叶戸先生が、目元をぬぐう姿に、なぜか再び歓声が上がった。



 企画から企画。


 息をつく間もなく、次への移動と準備に追われる。


 やっと辿り着いた休憩時間にも、


「かなぎせんせー! 差し入れ上げるー!」

「こ、これ! さっきゲームで貰ったんで! よかったら!」


 叶戸先生は常に多くの生徒に囲まれている。

 さすがに疲れてるだろうな、と内心心配ではあるが、



「……いいの? ありがとう!」


 

 輝く瞳。

 心からの、満面の笑み。

 

 きっとどの瞬間も、心の底から喜んで、楽しんでいるんだろう。



 それは、俺がもう一度見たかった光景、そのもので。



 そんな叶戸先生を見ていたら、変な横槍なんて、入れられるはずなかった。









『――それじゃー、ついに、コンテストの結果発表に、いくよッ!』


『イエエエエ――――イ!』


 ずっと分刻みのスケジュールをこなしていると、二日間など、あっという間に終わる。俺は全身を満たす心地よい疲労に身を預けながら、校内スピーカーから流れる閉会式の様子を聞いていた。


『と、その前に!』

『今年度は、な、なんと! 今回だけの特別賞を準備しました! 決めるのは、各企画がこぞって仰いだ協力に、嫌な顔せずに全部参加してくれた、期間限定の女神! この方、叶戸先生ーッ!」


『イエエエエ―――――――イ!』


『……あ、あの、どうも。何度もごめんね』


『……今回大活躍の叶戸先生が、個人的に一番気に入った企画に与えられる賞! 選ばれた企画には、後夜祭で叶戸先生とダンスする権利をプレゼントッ!! ……ただし、代表一人だけなので注意してね! もしかしたら、グランプリよりも欲しいヤツ、いるんじゃないのー?』

『ほし―――! めっちゃほしー!!』


『それでは、発表してもらいましょう!』


 学校中へ鳴り響くドラムロールの音。

 誰もが息をのんで回答を待ち、

 

『……え、ええと、全部、すごくよかったんだけど……』


『……しいて言うなら……』



 ダン、とドラムロールが止まり、



『美術部』



「……へっ?」



 思わず、声を出してしまった。



『……美術部の展示が、とっても素敵で、好きでした』



「――美術部おめでとうッ!! なんと大穴が特別賞を持っていきましたっ!」






 

 辺りはすっかり暗くなり、夕方の終わりと夜の入り口の間くらい。

 そんな時間になっても、学校には生徒たちの熱気が溢れていて。


 校庭の中央。


 交差して組まれた丸太が折り重なる。いわゆる、キャンプファイヤーというやつだ。そこに火がくべられ、後夜祭の開始が告げられている。


 そんな中、隅っこの方で、顔を突き合わせる陰気な集団がいた。



「……で、結局、誰が叶戸先生と踊るんだ?」

「……先輩、俺、ダンス踊れないっす」

「……俺も」

「……何を隠そう、俺もだ。……いや、しかし、こういうのはちゃんとステップを踏むことよりも、その場のノリや勢いの方が大事らしいぜ!?」

「……そ、そうなんすか!?」

「……なら俺にもワンチャンあるかも!?」

「……しかし!」


 そこで冴えない男子部員の中心で、話題の舵取りをしていた三ケ嶋が、


「……それよりも問題なのは、ここに花倉がいるってことだ!」


 ……え?


 突然自分の名前が出てきたことに、驚いていると、


「……先輩、どういうことっすか?」


「あれはだな、何を隠そう今から何週間か前、……叶戸先生が何のサービスか、水着姿でプール授業を見学してた時のことだった……」

「そ、そんなレアなことが!?」

「……俺はな、ある極秘ルートからその写真を入手して、あいつに送ったんだ! そしたら、あいつ、なんて言ったと思う?」

「……ごくり」


「……『お前ちょっと、後で屋上こい』って言ったんだよ!」


「ま、マジすか!?」

「平沢先輩というものがありながら!?」

「……ああ。文面でもわかったね、あれは間違いなく、ただの従弟じゃない、明らかにただならぬ雰囲気というか、つまり……」


「……ありゃ、絶対、ヤッってるな……」


「――なわけあるか!」


 後ろから思わず会話に乱入する。

 すると、みるみるうちに三人の顔が青くなり、


「は、花倉先輩……!?」

「ちょ、おお、俺、屋上とか勘弁ですッ!」

「お、おい、花倉、冷静になれっ! 友達だろ!?」

「……お前らは俺を、何だと思ってるんだよ……」


 ため息が漏れる。

 しかし。


「……で、どうすんの?」

「どうするって?」

「ダンス。……恥ずかしながら、俺も踊れないから」


「!」


 本当だ。

 正直、他の誰かと叶戸先生がダンスするなんて、死んでも嫌だけど。

 

 ……でも、自分が土俵にすら立てない時点で、そんなこと思う資格もないだろう。せっかくの特別賞特典だし、……その、た、たかがダンスだから……。


 などと、俺が微妙な葛藤を繰り広げていると、


「じゃあ! 俺、いくわ!」


「え?」


 三ケ嶋が、突如走り出す。


「え、先輩、ダンス、踊れないんじゃ!?」


「あれ嘘!」


「き、汚ねぇ!」


「言ったろ? こういうのは勢いでいったもん勝ちなんだってよ!」


 そして言葉の通り、走った勢いのまま、ジャージ姿の叶戸先生の前にひざまずき、


 

「叶戸先生! 美術部のダンスは、俺と!」



「ごめんなさい」



「………………え」




「踊る人、もう決まっちゃった」


「……」



(み、三ケ嶋ーッ!)



 あまりに勢いよく砕け散ったその生き様に、俺たちは思わず敬礼する。勢いだけで突っ走ることの弊害を、きっとその身を挺して示してくれたんだろう、俺たちのために。

 

 ……安心しろ、お前の死は絶対、無駄にしな……、



「……あの、邪魔なんだけど」



 後頭部に、見知った声が突き刺さる。

 振り向くと、美術部のエース、平沢が呆れた顔で俺たちのことを、いつもより冷ややかな視線で一瞥していた。


「……す、すみません」


 なぜか敬語で道を譲る俺たちを尻目に、平沢はその綺麗な髪を揺らして叶戸先生と向かい合い、


 

「…………」



「…………」



 ……あれ? なんか大丈夫、この空気?



 俺が若干不安になりかけた瞬間。



「……っ」



 どちらからともなく、身体を寄せて、抱き合う二人。



 何の言葉も交わさず、それでも互いの首を力強く抱いて、額を押し付け合う。



 そこにどんな想いがあるのか、俺は知らない。


 二人が、どれだけお互いのことを知っているのか。


 どんな言葉を交わし、どんな顔で、この約束を取り付けたのか。


 もちろん、俺には何一つわからない。



 ……それでも、二人の間には目には見えない、確かな何かがあって。




「……踊ろ?」


「……うん」



 日が落ちて、辺りは夜の闇に包まれて、


 キャンプファイヤーの炎だけが、光源となって二人を照らす。


 ゆっくりと揺れたり、周ったり、ステップなんてきっと、結構間違っている。



 でも。


 いつのまにか、二人とも笑っていた。


 心の底から、可笑しそうに、楽しそうに、笑って、笑って。



 お腹を抱えながら、涙目になりながら。



 その場の誰もがその光景に目を奪われ、二人の美少女が織りなす舞いに、心を奪われる。


 ダンスに関しては、三ケ嶋が正しかったことを、俺はひそかに思い知る。

 



 後夜祭の夜。


 誰もがはしゃいで、止まぬ興奮を、誰かと分かち合う。


 それはきっと、あまりにもありふれていて。


 大それた意味や論理なんて、どこにもない。



 ……それでも、きっと。




 この瞬間が、俺たちにとって、かけがえのないものであることを。



 二人の少女のぎこちないダンスが、俺に教えてくれた気がした。

 





 そして、俺も、心を決める。

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