最終章 天然幼なじみの実習生が、俺だけにひたすら甘えてくる
第55話 出発
「……お、お見合いィ!?」
「ごめん、まじごめん!」
思わず声を上げる俺に、御厨さんが両手を合わせて頭を下げる。
「いやさー、ほら。せっかくの『ひなくん』との実習が上手くいかなくて、カナめっちゃ落ち込んでたことだしー、つい……」
「『つい』って、おかしいでしょ? そんなちょっとカラオケ行くみたいなノリで、普通お見合いとかします!?」
「……それに関しては、医者には割とあるあるっていうかー。あーしも、良縁さえあればすぐにでも……はっ、……ご、ごほん。ということで、」
急に顔を赤らめた御厨さんは、それを誤魔化すように再び頭を下げたと思ったら、そのまま床に膝をつく。
「……手ごろな親戚のイケメンと、お見合いをセッティングしてしまいました! しょうねん、もおおうしわけない!」
「い、イケメン!? ちょ!? だああもう、とりあえず土下座やめて!!」
俺は床に這いつくばる御厨さんを、立たせようとする。と同時に、角度的に中が見えそうになっている、バスローブの胸元に気付き、慌てて目を逸らした。
「……だ、第一、なんでお見合いなんか……」
「……それ聞いちゃう? 他でもない、『ひなくん』が……」
御厨さんの含みのある言葉に、俺は一瞬遅れて理解が追い付く。
「……あのコの人生には、これまで『ひなくん』だけだった。実際『ひなくん』との思い出と約束にすがることで、カナは病気とか、受験とかを乗り越えてきた。……それは、確かに良いことだと思うけど、でも、ある意味で毒になるというか。……ええと、つまりさ」
御厨さんが、多少ためらった後、口を開く。
「……依存の対象に、ならないといいな、と思ってた。……正直、『ひなくん』の学校での実習が、本当にカナのためになるかは、自信が無かった。……『ひなくん』だけだった人生をやり直して、いろんな人と会って、過去じゃなくて、未来を向いてくれた方がいい。……『ひなくん』には悪いけど、そう思ってたことも、確かにあったから。……そんな中で飛び込んできた実習中断だから、この際、善は急げってことで、つい……。……勢いで泊まりまで設定したことは、流石にやりすぎたけど……」
「…………」
……依存。
思いもよらなかった言葉が、俺の心に重くのしかかる。
確かに、俺と一緒にいることが、なーちゃんのためにならないなら。
俺は、進むべきではないのかもしれない。
……でも。
「……まぁ、でも、正直に言うとね。見合い相手に親戚……あーしの従兄を紹介したのは、全部が純粋な理由じゃない。……あわよくば、カナと親族になっとけば、今後も色々助けてやれるかも、ってね。……依存してるのは、どっちだよって話だし、まったく」
その声は、少しだけ寂しそうに、それでいてどこか誇らしげに。
「……でも、『ひなくん』は来た。『ひなくん』自身の意思で、カナに会うために。……こりゃそろそろ、カナ離れしろってことなのかな、……あーしも」
「……マリア先生……」
「……ま、なんにしても、選ぶのは、カナ自身であるべきじゃん? ……だから、カナには『ひなくん』が今度こそ追いかけてきたことを、知ってもらわなきゃ」
「え」
思わず顔を上げる。
その顔は、普段のメイクとは似つかぬほどに、優しい。
単純にすっぴんの綺麗なお姉さんが、笑顔で俺に手を差し出し、
「……行こー、『ひなくん』。 傷ついてしょぼくれて、ウジウジメソメソした、年上の幼なじみのとこにさ。……そして、その、『言いたいこと』とやらをしっかりぶつけて。……お見合いなんて、それからでも遅くないわ」
……けして。
自分が何かを与えられるから、ではない。
そんなおごりも過信も、全部挫かれて。
でも、それでも伝えずにいられないことが、ここにあって。
「……はい」
だから俺は、会いに行く。
いや、会いにいきたいんだ。
「おけ。……じゃ、まずはちょいとカナの様子を……」
御厨さんがスマホを取り出して、何かを入力する。
かと思うと、間髪入れずにピコン、と通知音が鳴り、
「あ、返信きた」
「……ええと、なんて?」
「『これからお風呂に入るとこ』」
「……なっ」
脳裏に蘇る、風呂上がりの叶戸先生。
自ずと上昇する体温を、落ち着けようとする俺の耳に、続けて。
「『……ねぇ、ところで、なんでこの温泉、混浴しかないの?』」
「こ、混浴!?」
『……あと、なんで、二人一部屋なの?』
「ちょっとおおおお!! マリア先生ええ!?!?」
は、話が違いすぎる。
「そんなはずな、あ、なんか旅館からメール来てる……、予約した部屋の変更について(重要)ってこれかあああ!?」
「つまり今、叶戸先生は……」
……イケメンの医者と二人一部屋で、混浴のお風呂に?
「………」
「うおおおおおお!!!」
「ちょ、しょうねん、どこいく!?」
「こんなの、ほっとけるわけないでしょう! 何かあったらどうすんですか! とにかく一秒でも早く、叶戸先生のもとに!」
「ちょっと待て待て、冷静になれ、しょうねん! ここは東京、件の旅館は、箱根だよ!?」
「は、箱根!?」
一瞬脳内迷子になった俺は、
「っと……たしか神奈川県。ってことは隣、つまり、……走れば!」
「だからなめすぎ! 関東なめすぎだから!」
「でも! 早くしないと叶戸先生が! ……ッ?」
視界が唐突に、クリーム色の何かに覆われる。
柔らかな繊維が顔に触れる、ふわふわな感触。
尋常じゃなくいい匂いのシャンプーの香りと、極めつけは、まだ表面に残った体温。
……ま、まさかこれって!?
知覚すると同時に、タオル地の衣一枚を隔てた先の御厨さんの状態を想像し、
「な、ななッ!? 何やってるんですか!?」
顔に被さった布地を引っぺがすと、それはやっぱりバスローブで、
「……何って、しょうねんが言ったんじゃん? 服着ろって」
その先では、タイトな薄手ニットにスキニージーンズを合わせた御厨さんが、コンパクトミラー片手にアイメイクをしており、
「うし。完了っと」
気が付くと、いつものギャルメイクに戻っている。
……え、今の一瞬で? え?
あまりの早業にポカンとする俺に、
「じゃ、行こっか、しょうねん」
「え、箱根!? ……どうやって?」
「もちろん、走ってこ!」
にやりと歯を見せた御厨さんの手には、車のスマートキー。
「……こいつでにゃ☆」
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