番外編 魔人の長
ニコのいるイサール村からははるか遠く、死屍山脈を越えた先の魔界にて。
仰々しい玉座に座る一人の女性がいた。
「
うふっと吐息がこぼれそうな、そんな艶めかしい声だった。
いや、艶めかしいのは声だけではない。
すらりと伸びる肢体。豊満な胸に、顔かたちが整った絶世の美女。
実際彼女は見る人を虜にする『サキュバス』の能力も持ち合わせており、何人もの人間が歯牙にかけられてきた。
彼女の名はハデス。魔人族の頂点に君臨する者であり、魔人族をひとつにまとめた張本人でもあった。
「やっぱり運命と運命は惹かれあうのかしらねえ」
「ハデス様、質問をしてもよろしいでしょうか」
「ん?」
そんなハデスに声をかけたのは、彼女の家臣のひとり――ヒガンバナだった。
ホストのような顔をした、背の高い男だ。
眼鏡をかけていて、立ち居住まいは品性を感じる。
「ハデス様は、どうしてあの少年をそこまで特別視するのでしょうか? 傍から見れば、あの少年はただの有象無象にしか見えないのですが」
「そう、ねえ」
ハデスがニコに注目をしていることは、魔人族でも幹部レベルの上位層しか知らない話だ。逆にいえば幹部たちは全員そのことを知っているが。
だが、その理由については聞く機会がなかったらしい。ヒガンバナが質問をしたのは、ただそれだけの理由だった。
「教えてあげてもいいけど……教えてほしい?」
子供のような言い方。一瞬ヒガンバナもイラっとしたが、ハデスの子供っぽいところは今に始まったことではない。
「自分にはわかりませぬゆえ……教えていただきたく存じます」
「ふんふん」
満足そうなハデス。
そして自分のことのように、ニコについて自慢し始めた。
「貴方は
「多少は」
そういうと、ハデスは簡潔に説明をする。
「
そして、と続ける。
「この
ヒガンバナは問い返す。
「では、あの少年も?」
だが、ハデスは否定する。
「いえ、あの子は
ハデスは楽しそうに話す。
「彼はただのヒューマン。特別な力もなければ、特別な能力もない。……だと思われていたのだけど」
「思われていた?」
「そう。何の変哲もない、ただの有象無象の一匹だと思っていたわ、わたしも」
だけど、とハデスは体を翻す。
「彼には特別な力があった。それが、あの【ゾンビ使い】という力よ」
「特別、ですか?」
ゾンビならヒガンバナも使役することができる。
魔界にはあちこちにゾンビが出現しており、ヒガンバナをはじめ上位魔族はどれもそのゾンビを使役することが可能であった。
だが。
「違うわ。貴方のようなちゃちな能力じゃないわ」
「――っ!」
ヒガンバナにもプライドというものがあったが、ハデスに言われるのならば仕方ない。
彼女の言うことが、妄信によるものだとは思いたくなかった。
「彼の力はね、ゾンビを召喚する力なのよ」
「ゾンビを召喚?」
違いが分からなかった。ゾンビを使役する力と、ゾンビを召喚する力。どう違うのだろうか。
ヒガンバナの頭では分からないので、黙って説明を待つ。
「ゾンビは死者を無理やり生き返らせたものだとされているわ。だから力もなく強くもないのだけど、倒しても倒してもリソースが尽きない。それだけで、ある程度は脅威になるわ」
ヒガンバナは話を聞きながら、これはまだ前座だと思っていた。
それっぽっちの脅威は、ハデスの目に留まるはずがないのだ。
「だけど」
そして予想していた通り、ハデスはそのようなことを気にしていなかった。
「
「そ、そんなことが――っ⁉」
ヒガンバナの硬い脳みそでは、彼女の理論に付いて行くことができなかった。
「ゾンビが、そんな強き者になるなど――! 第一、ゾンビは無理やり生き返らせたものだとハデス様はおっしゃいました! なれば、もし
ヒガンバナの理解では、ゾンビというのは適当な死者の魂を肉付けしたものだというものだった。
だからこそ、そもそも死者の生き返りといっても具体的な死者の生き返りは考えていない。ただ死んだものという概念がゾンビには取り付いているというだけだと考えていた。
だが、ハデスははっきりと「違うわ」と答える。
「ゾンビというのは、死者を生き返らせているのよ。その肉体がどれも不完全になるだけで、個体の区別はあるわ。ただ、区別できるほど完璧にゾンビを召喚できるものがいないだけよ」
「……それが、あの少年には可能だというのですか?」
ヒガンバナが恐る恐る聞くと、ハデスは嬉しそうに相好を崩して「そう」と答える。
その顔は、屈託のない笑みだった。
「あの子の召喚はまだ不完全だけど……いずれ完璧なものになるわ。そうしたら永久機関の最強軍団。倒せないものはないでしょうね」
そしてハデスは付け足すように言った。
「――竜人族も、ね」
「ハデス様は……竜人族を滅ぼそうとお考えなのですか?」
ヒガンバナが聞くと、彼女は楽しそうに「いえいえ」と答えた。
「あのじじいどもに挑むのは、まだ先になるわね。それよりも難しいのは、あの子をどうやって手に入れるか……」
「私が捕らえてご覧に入れましょうか?」
「それはダメよ。彼はどうしてだか
「一旦は、ですよね」
そうツッコミを入れると、ハデスは待ちきれないと言わんばかりの笑みをこぼした。
非常にだらしなかった。
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