第17話 運命の邂逅②

「え?」


 目の前でゾンビが全員散ったとき、ニコは瞬時に何が起こったか分からなかった。

 ゾンビが音もなく狩られていた。あまりにもあっけなく、姿がパラパラと灰に変わった。


 それから遅れて。


「ニコ、まえッ‼」

「――ッ⁉」


 ニコが意識を取り戻したのは、マナカの声だった。本能的なものが勝っているマナカの方が先に反応をすることができていた。


 そして顔を上げた先、一人の男と一瞬目が合った気がした。


「剣、士……?」


 かろうじて見えたのが一振りの剣。そしてその剣を持つ一人の男だった。


 しかし目が追いつく前に、その剣士は加速した。


 そして、ひゅーっという音とともに、マナカの前にいたワイルドボアもあっさり真っ二つに分かれていた。


「なっ――!」


 そこでようやくニコの思考が追いつく。

 目の前にいるのは――自分よりはるかに上の実力を持つ人間だ、と。


 そしてその男は、ワイルドボアの死骸の上に乗って現わしていた。


「あれ、もしかして……」


 金髪の男だ。髪がところどころ跳ねていてだらしないようにも見えるが、その金色は高貴なもの。

 軽装備に、先ほどニコが見た剣が一本。森の中で木の間を縫って差し込んだ光を一心に受けて照り輝いていた。


 その軽薄そうな男が、興味深そうにニコを見ている。


 先ほど感じた恐怖は、ニコはもう感じていなかった。


「誰だ‼」


 慌ててマナカを背中に隠すようにして、男の前に立つ。

 ニコの目には、少なくとも彼は敵にしか映らなかった。


 だがしかし、金髪の男はニコに敵意を向けられると途端に焦ったような顔をする。


「ちがうちがう、俺は敵じゃないから」

「……?」


 慌てて男は剣を下ろす。

 そんな行動にニコも毒気を抜かれて、構えていた腕を下におろした。


「じゃあ、あなたは一体……?」


 そう問われると、男は嬉しそうに胸を張って答える。


「俺か? 俺はなあ……」

「アーサー様ぁぁあああ‼‼」


 男が名乗ろうとしたところで、新たな人間が入ってきた。


 ガタイの良い40代くらいの男だろうか。ヤックと体つきは近いものがあるが、こっちの男の方が髭を生やしていて野性的だ。


 その男がぜーぜーと息を吐いてアーサーのもとへくると、ふうっと呼吸を整えてから金髪の男に話しかける。


「アーサー様。ご無事でおられましたか。急に馬を降りられどことも知れぬところに行くのはおやめくだされ……」


 諫言のような言い方。


 だがしかし、怒られたのはその髭を生やした男のほうだった。


「お……お前えぇええええ‼」


 どん、と地面を踏み鳴らす。それだけで、周りの空気が緊張に包まれた。

 髭の男もびくりと体を震わせる。


「俺が名前を名乗るところだろうが‼ なぜお前が先に俺の名を口にするのだ!」


 ただ金髪の男も本気で怒った様子ではない。

 悪ふざけに失敗したような、そんな残念そうな顔だった。


「「……?」」


 ニコとマナカは、そんな二人を見て互いに顔を見合わせながら疑問符を頭の上に浮かべていた。




 金髪の――アーサーと呼ばれた男が、髭の男――オルドーと呼ばれた男を一通り𠮟りつけた後(なぜ叱られているかは、アーサー以外はその場にいるものは誰も分からなかった)、アーサーは改めてニコたちの前に立った。


「悪かったな子供たち」

「いえ……」


 ニコはその場の一部始終を見て、どうやらアーサーという男はそこそこ身分が高い人間であるということは察していた。

 だから、恭しく接するようにする。


「俺はアーサーと言う。アーサー・ペンドラゴンだ。よろしく」

「よろしくお願いします……」


 ニコは差し出された手を握り返す。

 強く、そしてどこか温かみのある手だった。


 そして、アーサーという名前にどこか引っかかりを覚えた。


「ま、マナカです……っ!」


 マナカもおずおずと握手をする。

 彼女は先ほどのアーサーの腕前を見ているからか、ニコよりも緊張をしているようだった。


「ああ、大丈夫大丈夫。あのゾンビは、君が召喚したものだったんだろ?」

「え?」


 だが、アーサーはマナカの考えていることが分かったからか、先んじてそんなことを口にした。


「最初はゾンビが君たちを襲ってるものだと思ったんだ。だから倒したつもりだったんだけどね、まさか『ゾンビ使い』だとは」

「――っ!」


 ぎろりと品定めするような目がニコに向いた。その迫力に、ニコも思わず汗が噴き出していた。


「あ、アーサー様は……何故なにゆえにこのような場所においでなのでしょうか?」


 ニコはかろうじて声を出していた。

 するとアーサーの目が日常モードに変わる。


「ああ、そんな硬くならなくていいよ。普通に接してくれ、親戚のお父さんみたいな感じで」

「陛下……それはいくらなんでも無理があろうかと……」


 口をはさむオルドー。

 だがアーサーは気にした様子はない。


「それで、どうしてここにいるのかだっけ?」


 アーサーは剣を左手で握って整える。


「それはだね、ずばり。……視察? みたいな感じ」

「視察?」


 なんだか締まらないアーサーの言い方だが、それよりもニコは視察という単語が気になった。


「ほら、だって王は領地を視察する義務があるだろ?」


 当たり前だろ? と言わんばかりに言うアーサーだったが、ニコは「王」という単語が出てきたことにもっと驚いていた。


「それって、もしかして……」

「ああ、俺がロマンシュ王国の王だからさ」


 ロマンシュ王国。それは、イサール村を治めている、そしてニコが住んでいた聖ハーブリス帝国と敵対している国の名前だった。




―――――――――――――



最近ケルト神話の解説をしている本を読みましたが、アーサー王というのは実在するのか分からないそうです。(何の話だ?)

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