第13話 先は長い

 その日、ワイルドボアの死体を4頭も持ち帰ったら、さすがにニコは驚かれた。


 特にその厳しさが分かっているヤックをはじめとした狩りをしている村人たちからは、驚きで目をひん剥いている人間すらいた。


「に、ニコ……それ、なんだ?」

「いや、えっと、1頭倒すはずだったんですが、そうしたら3頭のワイルドボアに目を付けられてしまいまして……」

「…………」


 ヤックは開いた口が塞がらないという様子だった。しかし、ニコの方は泥にまみれていたりしているが、マナカの方は怪我一つしておらずぴんぴんしている。

 だから、ヤックも不用意に責めることはできなかった。


 そんなヤックに、村人の一人、アキナワが声をかける。


「おい、何ボサっとしてるんだよ」

「あ?」


 アキナワはニヤリと笑うと、死体のワイルドボアを叩きながら機嫌よく言った。


「宴だろ宴。今日は、食うぞ」


 幼い子供が一人でワイルドボアを4頭も倒す。

 そんな目の前の事実は、そうか、たしかに祝い事だ。


「よっし」


 言いたいことはたくさんあるヤックだったが、ひとまずは。


「おらぁ‼ 村の人間を全員呼んでこい‼」

「おう!」


 アキナワの言う通り、宴の準備だ。




 その宴の中で、ニコはたくさんのことを聞かれた。


 まあ、どうやって一人でそんな数のワイルドボアを倒したのか、がメインだったが。


「ゾンビを一頭、牽制に回すんですよ。奴らは突進してくるから、そのタイミングで叩けば1頭なら楽勝でした」

「でも、この前のゾンビは役に立たなかったじゃねえか」

「実は、アキナワさんの言葉がきっかけで、ゾンビは魔石を食べることで強くなることが判明しました。それで今は、前よりも多くのゾンビを、強いゾンビで召喚できるようになってます。すでにさっきのワイルドボアも魔石だけは回収してゾンビに食べさせました」

「え、まじ⁉ たしか、マイルの家に魔石溜めてあったよな⁉ それ使ってもらったらどうだ?」

「お、いいぜ、どうせ使い道もなかったからな」


 終始歓迎ムードというのか、幼くして功績を上げたニコに対して嫉妬だったり説教だったりがあるかとも思ったが、村人にそんな様子は見えない。

 みんな純粋にニコの成果を讃えているように、少なくともニコには見えた。


「ニコはね、すごいんだよ! ゾンちゃんをあっち行けこっち行けって命令してね、それで自分でとどめとか刺しちゃうの‼」

「なんでマナが得意げなんだよ」


 マナカも、マナと呼ばれて村人に大声でニコの自慢話をしていた。


「でも、僕はマナカに助けられました。正直、マナカがいなかったら死んでたかもしれません」


 だが褒められっぱなしもニコにとってはばつが悪いので、そう返した。


「あはは、こんなチビでもニコの役に立つのか?」

「チビじゃないもん! ちゃんとニコの役に立ったもん!」


 マナカが「だよね?」という目でニコを見てきたので、苦笑いをしていた。マナカはあの場面で15歳とは思えないほどの状況判断を見せた。

 だからこそ、こうして年相応のふるまいをしていると何故だか安心する。


「でもなあ、マナがちょっと助けたと言っても、二人でGランクのワイルドボアをっさり倒しちまうとはなあ」


 そんな盛り上がっていたところ、アキナワがしみじみとそんな話をした。


「ランクってなんですか?」


 だがニコは、耳慣れない言葉に反応を見せていた。


「あ? ニコは知らないか……ってそっか、あの国には冒険者ギルドはなかったっけな」


 冒険者ギルド。ニコにも耳覚えはある。

 時々、「ニコが冒険者ギルドに入ったら……ランクの概念が崩れるわね……」などと呟いていたのを覚えている。何のことかはよくわからなかったが、スピカは冒険者ギルドの存在を知っていたのだろうか。


「まあ聖ハーブリス帝国は冒険者を毛嫌いしてるからな……。いいか、ランクっていうのはだな」


 といってアキナワは甲斐甲斐しく説明をしてくれた。


「ランクってのは、魔物と冒険者にはランクがあるんだよ。一番下がH、一番上はSS、だったかな。まあ目安みたいなもんだ、冒険者は、大体同じランクの魔物を倒せるようになるって感じだ」

「それで、ワイルドボアはGランク……つまり、下から2番目ってことですか?」

「まあそうなるな」


 ニコは素直に驚いた。あの強さで下から2番なのか。自分はゾンビがいたからこれだけ早く倒せるようになったが、その身一つだったらワイルドボアを一人で倒せるようになるのも1年はかかっていたのではないか、そう思った。


「ちなみにヒューマンレース第5位の魚人族は、生まれながらにしてEランクくらい、第2位の魔族なんかは生まれながらAランク以上はあるらしいぜ」

「強すぎる……」

「まあ、ヒューマンレースって上の2つが抜けてるからなあ。3位から7位くらいは結構拮抗してるらしいぜ」


 生まれながらAランクの種族に、どうやったら勝てるというのだろうか、とニコは純粋に疑問に思った。


「まあヒューマンだったらCランク行けたら最強の部類に入るんじゃねえの? あんまり詳しくはねえけど」


 Cで最強となると、逆立ちしても魔族には勝てない。


 でも、スピカは、「魔人族を滅ぼせ」と布に書き残していた。


「だとするなら……勝てないはずはないんだけど」


 先が長いことを知ったニコは、宴の席で冷静になっていた。



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