第11話 ゾンビ小戦争②

「3体、か……」


 背後から新たに3体のワイルドボアが出てきたのを察したニコは、まずマナカの方を見た。

 マナカは3体のワイルドボアに対する恐怖が目に宿っていたが、それでも周りにゾンビがいるからか安心した様子も見られる。


「よし、このままあの3体もほふるか」


 さっきの戦いで、1体のワイルドボアなら簡単に勝てることは分かった。

 ただいつもそう都合よく1体ずつ現れてくれるわけでもない。今のように3体で出てくることもある。


 ただ、それに対しても勝てるようにならなければ。そうしなければ、まだ村人たちの信用を勝ち取ることもできなければマナカに頼ってもらうこともできないだろう。


 ここが、正念場だと少年は悟った。


「行くぞっ‼」


 さっきよりも声を張り上げ、まずは一頭のワイルドボアにニコ自ら突っ込む。

 それに2体のワイルドボアが反応し、攻撃を仕掛けてきた。


「ニコっ! 危ない‼」


 マナカが声を上げると同時に、ニコも速度を付けて横っ飛びをした。

 ワイルドボアは急には角度を変えることができないので、ニコはギリギリのところで避けることができた。


 ニコの『敏捷』でギリギリ。だから、あのゾンビは避けることができない。


「でもこれで、一匹を離すことができた」


 その隙を逃すニコではない。

 畳みかけるようにゾンビを3体を一斉に、残った一体のワイルドボアに突撃させた。


 それと同時に、ニコの周りにいたゾンビもニコに追いついてきたので、ニコとゾンビ5体はワイルドボア2頭の注意を引き付ける。


 ニコの5メートル以内に離れたワイルドボアを残るようにしながらも、決してこちらのワイルドボアは近づけない。

 微妙な距離を保たなくてはならず、そしてマナカのことを気遣う必要もあるので、ニコはミスの許されない状況だった。


「ヴァー」


 だが、予想以上にこちらのゾンビの減りが速い。動きが鈍い上に上手く連携をとれないゾンビたちは、動線が被ったりして突進に巻き込まれたりしている。


 ニコの周りのゾンビはもう1体だけ。これは仕方ない。


「すまんマナカ‼ そっちのゾンビを半分借りる‼」

「借りるも何も、好きに使って‼」


 周りで守ってくれるゾンビが減って心細いはずなのに、マナカはそんな顔を微塵も見せずそう吠えた。


 これはさっさと終わらせなければ、マズい。


「くそ、ゾンビだけじゃあと一押しが足りないか……」


 そして同時に、15体以上も派遣して倒そうとしているワイルドボアがなかなか倒れないのが、ニコの精神的にはきつかった。

 あっちも3体ほどゾンビがいなくなったこともあり、どうも火力不足らしい。


 このままでは、ニコの方のゾンビがどんどん減らされていってジリ貧になるだけだ。せめて1体でも倒せることができたら楽なのに。


 そう思っていた矢先だった。


「な、マナカ――⁉ なにをして」

「わたしがこっちのやつ、やっつけるから‼」


 マナカが、周りにいたゾンビを率いてそのままゾンビの群がるワイルドボアへと向かって行ったのだ。


 たしかにマナカはゾンビよりも、そしてニコよりも力がある。

 だからこれは合理的な判断だった。マナカもなかなかに頭が切れるが、多分本能的にここが正念場だと分かったのだろう。


 だからと言って、無謀にもほどがある。いくらそっちのワイルドボアが弱っているとはいえ、ニコは生身の人間。突進を一撃でも食らえば死んでしまう。


「くそっ‼」


 そんな窮地にマナカを向かわせている自分の非力にいらだつニコは、それでもマナカを止めることができなかった。


 だからせめて、という気持ちでこちらにいるゾンビを全部あちらに送り込む。

 そしてこっちはニコひとりで何とかしようという算段だ。


(2分。2分持ちこたえれば、あっちは何とかなるはずだ)


 それは希望的観測ではなく、感覚的な推論だ。マナカならそれくらいで何とかしてくれるだろうという、信頼でもある。


 だが、問題はどうやって2体のワイルドボアを引き留めておくかだ。


 こいつらにも知性はある。だから2体で衝突して、とかは考えても無駄。


 じゃあ木の上に? いや、突進で木が折れてしまうだろうし、万が一マナカたちの方に意識が向いたらそれこそ最悪だ。


「ギャガガガガアアアアアアッ‼」


 どうしようもないと悟ったニコは、ひたすら逃げることを繰り返した。

 せめてどこに飛び込めば一番安全か、それくらいにしか頭を使うことはできなかった。まだ弱いニコには選択肢など最初から複数も存在していない。


 時間が永遠のように感じる。何回逃げても、何度も突進がやってくる。

 地面が揺れ、ワイルドボアが鼻を鳴らして突っ込んでくる。口は血と土の味がして、太ももはもう限界を迎えている。

 徐々に追いつかれるようになってきて、躱すのがギリギリになる。


 もはや時間の問題だ。ワイルドボアの体力は無尽蔵なのに、ニコはもうすぐ足が上がらなくなる。


 そんな時だった。


「ニコッッッッ‼ 倒したわよ‼‼」


 マナカが慌てるようにしてそんな声を張り上げたのは。

 だが、タイミングが良くなかった。


 ちょうどワイルドボアが突進を終え、次の突進の準備をしていたタイミングだったからだ。


 そのタイミングで、運悪くニコの緊張の糸が解けてしまった。


「ギャガガガアアアア!」


 ニコは迫りくるワイルドボアに、だがしかし体を動かすことができなかった。

 相手の行動がスローモーションに見えるのに、動かない。


 明確に死ぬビジョンが見えてしまった。


「危ない、ニコぉぉっっ‼」


 そんなニコが死ぬ前に見たマナカは、まばゆいばかりの金色を体中から吐き散らしていた。


 ――否。ニコは死んでいなかった。

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