第4話 起きるとそこは村

「ん…………。ここ、は…………?」


 目を覚ますと、背中がもしゃっという感触があった。

 草なのか葉っぱなのか、とにかく覚えのない感じだ。


「あー! 目を覚ましたーっ‼」


 それからすぐに、耳にキーンと響くような高い声。

 思わずニコの意識が覚醒した。


「おとーさーんっ‼」


 そしてさっきの声の正体が目の前の女の子であると気が付く。

 黒色のボブ、少し焦げた茶色の肌。中でも特徴的なのはそのくりっとした丸い目。


「きみ……は?」


 問いかけようとして、だが喉が渇きすぎて言葉がしゃがれてしまう。

 その様子を見た少女はバタバタと外に出て行ってしまった。


「あれ?」


 どこに行ったのだろうと思い、ふと、自分が屋根付きの部屋にいることに気が付いた。

 木でできた家、お世辞にも安心感のある家とは言いづらいが、それでも野ざらしで寝ていたここ二日のことを思えば心強さはある。


「お、起きたか小僧」


 それから遅れて入ってきたのは、大柄の男だ。

 黒いひげを蓄えて、血の気の荒そうな男。


「えっと、あの」


 何かを話そうとして、だが上手く喋られない。それは多分、大男の威圧感に負けたのだ。


「お前、なんでこんなところにいやがったんだ」


 だが、その大男は思いのほか穏やかな口調でニコにそう問うと、ニコのそばに腰を下ろした。

 どうやら悪い人ではなさそうだ。


「それが…………」


 ニコも少しばかり緊張を解いて、今まであったことを説明する。


 国を追い出されたこと、幼馴染を失ったこと、あてもなくさまよっていたらここに流れ着いたということ。

 本当は村を当てにしていたのだが、それにはあの「布」に関する複雑な事情を話さねばならなかったので省略した。


「そっか。お前も大変だったんだな」

「…………はい」


 慰めの言葉に涙が出そうになる。

 知らない人から言われた言葉なのに、自然と心に届いた。


「あの、さっきの子は……?」

「ああ、マナカか?」


 と、そのタイミングでちょうどよくそのマナカと呼ばれた女の子が戻ってきた。


 大きな樽のようなものとともに。


「はい、これ‼」

「これ、は?」

「お水だよ!」


 どうやらニコののどの渇きを察知して持ってきたという。


「もらっちゃっていいんですか?」

「ああ、好きにしろ。水なら山ほどある」


 水が山ほどというのは面白い言葉だと思ったが、ニコには余裕もなかったのでありがたく頂戴する。


「ぷはあぁぁあ。生き返るうぅ」

「そう? ならよかった!」


 マナカが笑顔をこちらに向ける。

 ボロボロな服とは裏腹に、シミひとつない笑顔だった。


 その可憐な笑顔に思わず顔をそむけたニコを、微笑ましそうに大男が見ていた。


「こいつは俺の娘でな。訳あって母親がいねえから、俺一人で育ててるんだ。かわいいだろ?」

「まあ、はい……」


 ニコにとってはスピカほどかわいい人間はいないと思っていたから、余計に驚きだった。自分の心臓のリズムが速くなっていることに。


「それで、ここは?」


 改めてニコが聞くと、大男が答える。


「ここはイサール村って言ってな。まあ村の名前なんかもう呼ぶ奴もいねえんだが、まあちっこい村だよ。村長を俺が務めるようなレベルだ」

「え、村長なんですか⁉」

「ヤック、って言うからな。よろしく」


 ヤックはその大きな手をニコに伸ばす。

 握手をした感じでも、明らかにヤックの方が力が強かった。


「ということは、ここは……」


 だが、ニコにはそんなことよりも一つの考えに至っていた。

 ここは、あのスピカが行けと言っていた村なんじゃないか……?


 どうやらなんとか自分は村にたどり着けたらしい。


 そのことに安堵しながら体を起こす。


「え、大丈夫なの⁉」

「大丈夫。お腹が減って倒れてただけだから」


 マナカが心配してくれる中、ニコは家の外に出る。


 そして思わず息を呑んだ。


「――‼」


 荒れ果てた畑、立っているのはどれも風が吹けば飛んでしまいそうな家。

 歩く人たちはどの人も痩せこけてしまっているし、マナカと同じようなボロボロの服を身に着けていた。


「ここはな、昔戦争があってそれに巻き込まれてな……。人手が足りなくて、魔物に荒らされちまってるんだ」


 みんな卑屈な顔をしながら歩いている。

 むしろ、マナカがどうやってあんな笑顔を見せられたのかが不思議なくらいだ。


 だからニコは、自分でもびっくりするくらいスラスラと次の言葉を口にしていた。


「僕……この村のために何かがしたいです」

「は、はぁ⁉」


 それに驚いたのはヤック。

 マナカは「ほんとっ⁉」と喜んでいた。


「そんな、この村じゃ生きていくのも厳しいぞ……? ましてやお前くらいの年の子が」

「でも、僕にはヤックさんやマナカに助けてもらった恩があります。何か一つでもやれることがあったら、それを、やります」


 言葉にしたからか、ニコの決意はすでに固まっていた。

 その意志の強さに、ヤックも驚いている。


「いいじゃんいいじゃん! マナカ、ニコと一緒にいたい!」

「で、でもなあ…………」


 ヤックは難しい顔をしている。

 村の外の人間に、この村の背負う鈍重な空気を一緒に背負わせたくないのだろう。


 その空気を敏感に察したニコは、冗談めいてこう言った。


「ほら、マナカに仕事させたくないでしょう? 僕が代わりにやりますよ?」


 かわいい愛娘のためだぞ、と言うと途端にヤックの顔が困惑に満ちる。


 それから間もなくして。


「し、仕方ねえな‼ その代わり、マナカは嫁にやらんからなッ‼」


 どの代わりなのか分からないが、とりあえずのところ了承を得たニコだった。





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