第1章 始まりの村と国の始まり

第1話 追放

「お前、まさかゾンビ使いか⁉」


 仰々しい神官服を着て白髭をたくわえた男が、夜中にニコの姿を見て叫んだ。


「ち、違います!」


 反射的に叫んだニコだったが、内心ではもうすでに諦めていた。

 今まさにゾンビが目の前で魔物と戦っているさまを見られてしまっているからだ。


「嘘をつけえッ‼ 貴様、死者を使うことはわが『ハーブリス教』に反することは知っておろう!」


 怒り狂って声を荒げる神官に、ニコはびくりと震える。

 普通に暮らしていてここまでの声で叫ばれることなどそうはない。慣れない叫び声にニコは体を縮こまらせる。


 反論しようと思った言葉が口を出なくなり、「あっ、それは、違って」などと文脈を持たない言葉ばかり口をついて出る。


「ふざけるなァ! お前は追放だ、この国を出ていけ‼」


 ニコが住んでいた国は、聖ハーブリス帝国という『ハーブリス教』を国教とする宗教国家だ。

 皇帝はハーブリス教の教皇を兼任しており、政治と宗教が密接につながった国である。


 だからこそ、教えに反する行いはすぐに大きな罰へと直結する。


「そ、そんな――‼ お、お許しを……!」

「ええいダメだ、明日までに出ていかなければ、お前は死刑だ‼」


 これでもニコは許されている方である。気の短い神官であれば今すぐに処刑されてもおかしくない。教えに背いたものは火あぶりにされることが通例だ。見逃されているという意味合いのほうが客観的に見たら強いだろう。


 ニコはまだ15歳になったばかりで、顔立ちは幼い。

 薄い黄緑色の髪に純粋な瞳、それらが神官に処刑を躊躇させているのだ。


 だが、ニコにとっては。

 国を追い出されるというのは、死ぬも同義だ。生きていくすべも持たない15歳の少年は、泣いてすがる。


 しかしダメだった。


「さっさと荷物をまとめろ、この背信者めが‼」


 吐き捨てられた言葉に打ちひしがれるニコは、だがしかし心の根っこだけは折れていなかった。




(ああ、どうしたら……)


 次の日、ニコは荷物を支度する中で絶望の淵に立たされていた。

 最低限の荷物――


(どうしたらいいんだ……出ていかなければならないけど、どこの国に行けばいいか……)


 ニコはスラムの出だ。そこを、今は行方不明の幼馴染――スピカに拾われて普通の暮らしをさせてもらうに至る。

 スピカの家族は決して裕福と言える家族ではない。だが、ニコを優しく迎えてくれて、スピカが行方不明になった後もニコを追い出すことはないと育ててくれた大事な家族である。


 だからこそ、実の家族だと思っている彼らを裏切ってしまった気になる。せっかく助けてもらったのに、その恩をあだで返しているようなものだ。


 そして一番つらかったのは、昨日のことを正直に言って家を出なくちゃいけないと告げたときも、スピカの家族は責めるでも文句を言うでもなく、純粋に心配をしてくれたことだった。

 むしろ、何か悪口を言われた方が気楽だったのに……。


(あんなところで、やるんじゃなかった)


 幼馴染を一刻も早く見つけなければ。その気持ちが空回っていた自覚はニコにもあった。だからこそ人目に簡単についてしまうようなところで、ゾンビを使う練習をしてしまった。

 あまりにも、自分がバカだった。


「はあ、どうすりゃいいんだこっから…………」


 学校というものに通ったことがないニコには知識がない。

 ニコにとって世界地図はここ聖ハーブリス帝国で完結しており、その先は未知だった。


 お先は真っ暗だ。


 真っ暗じゃないのはゴールだけ。幼馴染を救い出すというゴールだけだ。


「気を付けてね……ニコ」

「ニコがいなくなるのは辛いが……またどうしても苦しくなったら言ってきなさい。私たちはここでスピカを待ち続けるが、何か役に立てるかもしれない」

「……ありがとう、お母さん、お父さん」


 涙をこらえながら口にすると、二人はぎゅっと抱きしめてくれた。

 その温かさに、思わずニコも抑えていた涙がこぼれる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「大丈夫。ニコは何も悪くないから」


 その言葉を最後に、ニコは育ての親に背を向けた。


「あ、そうだ! 待ってて!」


 だが、スピカの母に引き留められる。


 タッタッタと自分の家に戻っていき、待つこと数分。


 母は、ボロボロの布切れを一枚、ニコに渡した。


 元は白だったのだろうその布はすっかり汚れが目立って茶ばんでいる。

 何の布だろうと思って調べていると、裏側に何かが書いてあるのが分かった。


『魔人族を倒して。そのために、まずは近くの村を目指すの』


「これ、は……?」

「スピカが残していったものよ。いつかあなたと別れるときに渡してって」

「え…………?」


 なんだそれは。なぜそんなものが。


 色々と口にしたいことは山ほどあったが、その筆跡――スピカの書いたであろう字の前に、ニコは何を口にしていいのか分からなくなった。


「じゃあ、気を付けてね」

「はい……うん」


 そこから両親とは離れて、雑草の生い茂る草原を一人歩いていた。


「スピカ……なんのために、こんなものを」


 そして、その布に、先ほどまで流れていた涙がもう一滴おちた。

 彼女の字を見て、なつかしさが込み上げてきたからだ。


 だがしかし。その涙が布に染み付いた瞬間。

 そこには明らかな変化が訪れる。


「? な、なんだこれは――?」


 裏側に、黒い字が浮かんできた。



『ニコ・オルライト』


 Lv.5

 力  11

 防御 7

 賢さ 8

 敏捷 10

 運  5

 魔力 6


《スキル》 【ゾンビ使い】



『ゾンビ』


 Lv.1

 力  1

 防御 1

 賢さ 1

 敏捷 1

 運  1

 魔力 1



 それは、あまりにも突然のことだった。


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