#26

 早速ポータルを使い、新しく発見された「はぐれ階層」に近い階層に移動した「ウィンスター教会」は、魔素の薄くなったダンジョンを楽しみながら攻略していく。

 

 やはり先日の大量のモンスターたちはスタンピードの前兆だったのだろう。

 それが駆除された今、ダンジョンは非常に歩きやすい。

 たまに出てくるモンスターをそつなく駆除しながら、パーティメンバーはサクサクと突き進んだ。


「で、今回の『はぐれ階層』の入り口はどんな感じなんだ?」


 ワクワクした様子のグレアムが言うと、クルツがちょっと驚いた様子を見せた。


「お前、前調べくらいしとけよ」

「ごめん、初めてのポータル設置のために復習してたんだよ」

「お前が言い始めたんだろうに」


 悪びれる様子もなくグレンは頭を掻く。

 その様子を見て少し得意げな顔でマーガレットが言った。


「今回の「はぐれ階層」は面白いよ」

「へぇ、どんな?」

「ボス前の部屋の落とし穴がバグって階段になってたんだって」

「マジ?」

「まじまじ」


 はぐれ階層は、通常の階層とは別の姿をしている。

 通常の階層ならば階段だの崖だので上下につながっているのが普通だが、はぐれ階層は破壊された壁やら、よくわからない部屋の裏やら、珍しいところだと地底湖の底などが入り口となっている。

 

 明らかに人が入ることを想定していないその階層は、初めは何らかの理由があって隠されているのだろうと思われたが、モンスターも出なければドロップもなく、罠すらないため、どうやら迷宮の成長プロセスで生まれるエラーの様なものだと結論づけられた。

 

 それでも念の為ギルドや騎士院が調査はするが、これまではぐれ階層で重要な何かが発見されたことはない。

 

 今回発見されたはぐれ階層は少し珍しい。

 罠であるはずの落とし穴の底が、針山やトラバサミではなく階段になっていたという。

 念の為調査隊が送られ、さっとマッピングされたが、魔力炉が小さすぎて魔素がほとんどなく、モンスターが一匹も出現しなかったと言う。

 

 はっきり言って称号持ちのパーティが潜るような階層ではないが、今回に限っては構いはしない。

 目的は攻略ではなく飲み会である。

 

 ▽


「ひゃほー! 真新しい階層だっ!!」


 狭い通路を通ってはぐれ階層に到達したとたん、アイリスがピョーイと飛んでいった。

 普通なら危ないと言って止めるところだが、ここに限ってその心配はないだろう。


「魔素が薄いな。地上と変わんねぇ」

「調査書にもあったねー。魔力炉がめっちゃ小さいらしいよ」


 魔力炉とは、階層を維持するための魔力発生装置のことだ。

 

 そもそも迷宮とは「魔法陣を描く魔法陣」を指す言葉だ。

 今では眉唾とされている空間魔法を使って小さな小部屋を作り、その小部屋に魔法陣を描く。

 魔法陣は自身を拡張し、次の部屋にも魔法陣を描く。

 この繰り返しでどんどん成長していくのが迷宮だ。

 言わば永久機関。

 といっても、実際は拡張された土地や、紛れ込んできた冒険者から魔力を補充しているので厳密には永久機関とは言えないが、現在の技術でも土地や人から魔力を生成することはできないため、研究が進められている。

 

 まぁ、冒険バカが集まるウィンスター教会にとってその様な事実は割とどうでも良かったりする。

 

 ▽

 

「ここ、いいじゃない」

「ほんとだ、なかなかいいね!」


 ウロウロするうちに見つけたのは、通称『水のない噴水』。

 なかなか豪奢な雰囲気のレリーフに彩られた噴水で、周りは腰掛けられる様にベンチ状になっている。

 ただし水はない。

 水が出てくるはずの穴は空いているものの、これまでに水が流れた形跡はない。


「何のために作られたんだろうな」

「はぐれ階層は、制作者の意図じゃないって話だけどな」

「それだって「たぶんそうだろう」って研究者が言ってるだけだろ」

「水があったらもっと素敵だったのにね」


 ワイワイしながらパーティの準備を進めると、飛び回っていたアイリスが言った。


「水、出せるよっ!」

「は?」

「だから水っ! 今、噴水が何のために作られたのか検索したのっ!」

「おお……?」

「だから、こうっ!!」


 ピューっとアイリスが飛び回り、光の粉が舞い落ちる。

 と。

 

 ゴゴゴゴゴ……とどこか重たい音がして、噴水からバシュ! バシュ! と断続的に水が飛び出る。


「「「「なぁっ!」」」」


 しまいには、止めどなく水が溢れ始め、あっという間に「水のない噴水」に水が満たされる。

 

 さらには。


「「「「おおおおおお?!?!?」」」」


 噴水から光が溢れ、虹色の輝きを放ち始める。

 壁にある石造りの燭台に火が灯る。

 あっという間に街中の夜の公園のような状態になり、皆歓声を上げる。


「うそ……!! まさかこんな……」

「ただの飾りだと思ってた!!」

「あの燭台、石なのに何で光ってんだ?!」

「綺麗……!」


 全てが放射状の影を落とし、人知を越えた美しい光景が生み出された。


「うわ、すげぇ」

「うはは、何だこれ、何だこれ」

「まだまだ行くよんっ!」


 パァッと一瞬光が強くなったかと思うと、次は満点の星空だ。


「わぁっ!」

「すごいっ! 綺麗!!」

「うぉ、流れ星まであるじゃん!」

「おいおいおい、何のためにここまで……」

「検索結果によるとねー、冒険者を楽しませるためだって!」


 アイリスの言葉に、皆疑いようもなく納得した。

 なんだよ、人を殺すことばかりの迷宮だと思ったら、粋なことをしてくれるじゃないか。

 

「なぁ、こんな光景……見たことあんのは俺らだけないんじゃね?」

「そうかも……」

「俺、こんなにワクワクしたのいつぶりだろ」

「あたし、初めてダンジョンに潜った時以来の衝撃だわ」


 ちょろちょろと流れる清い水の音。

 それに混じって何か音が聞こえる。


「……何?」

「おいおい、嘘だろ……」

「ええ……そこまでするぅ?」


 それは音楽だった。

 どこかパレードじみた明るい音楽だ。

 耳を澄ませないと聞こえないほど小さな音だが、全員の心を沸き立たせるには十分だ。


「アイリス、何したの?」

「噴水に魔力を注ぐと歓迎される、だってさ」

「マジで?」

「そりゃ、誰も気付かねぇよ……誰がそんなこと試すんだっての」

「そうか……でも、きっとこれも「冒険者を奥に誘い込むための仕組み」なんだろうな」


 皆、満点の星空の下、どこか放心した様に美しい光景に心を奪われている。

 

「……じゃ、そろそろご飯にしよっか」

「そだね。じゃああたしお茶沸かすね」

「俺、簡易テーブル持ってきてんだ。広げるぜ?」

「なんかでっかい荷物背負ってるなと思ったら……でも正直助かるかも」


 いいだろう。

 古の魔術師よ、好きなだけ俺たちを惑わせ。

 俺たちはそれを存分に味わいながら生き抜いてやる。


 ▽


 こうして「ウィンスター教会」の面々は、ことあるごとに「はぐれ階層」に潜ることになる。

 

 どんな危険があるかわからないため、このことはギルドにはまだ報告していない――というのは建前で、もうしばらくはこの光景を独り占めしたかっただけだ。

 

 ▽

 

「なぁ、ここ俺たちの秘密基地にしねぇ?」

「秘密基地?」

「どゆこと?」

「誰もこんなところまで来ねぇだろ? もうしばらくはここ独り占めにして遊ぼうぜ」

「いいねっ!」「「「いいねぇ!」」」

「普段はしっかり稼いで、たまにこっそりポータルでここに遊びに来る……何だよ、完璧じゃん」

「じゃあギルドにはしばらくは内緒ってこと?」

「ああ。あーくそ、荷物もここに置いとければなぁ……」

「荷物なんで置いといたら迷宮に食われちゃうじゃん……でも」

「いいね、秘密基地!」

「じゃあ決まり!」

「これからはここが俺たち専用の場所ってことで」

「キキキッ! アタシ達だけの秘密基地っ! 素敵っ!」

「ああ。秘密基地!」

「「「秘密基地!!」」」

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