#24
「『
「ギャン!」
「ギャインッ!」
クルツの短縮詠唱。魔力を乗せた剣技により眼前の敵が一斉に倒れる。
「『Murus (壁よ!)』」
マーガレットの土魔術が壁を産み出し、敵の攻撃ルートを狭める。
「『Procella(風よ荒れ狂えッ!)』――『Glarea(石礫よ)』」
ユーフェンが鋭く尖った砂利を暴風に乗せて一斉攻撃を試みる――数匹が魔石に変わり、残りも釘付けに成功――さらに。
「『Flamma(炎よ!)』『Ventus(風よ!)』」
生成された魔石を燃料にグレアムの攻撃が降り注ぐ。
「グァルルルルルルル……!」
「『Thorn(穿て!)』」
かろうじて生き残り、襲い掛かるモンスターを各個撃破――グレアムの魔石戦はもはや達人の域に達している。
「『Stilla Stella(スタードロップッ!)」
降り注ぐ魔弾。アイリスの面攻撃だ。
一斉に斃れ、魔石へと還元されるオルトロス。
敵の攻撃が止む気配はなく、一瞬も隙を見せられない攻防が続く。
「ぬんっ!」
ガラハドも負けていない。
近接攻撃が専門なのか、その巨体に似合わぬ速度で目に付くオルトロスを片っ端から殴りつけている。
オルトロスは打撃耐性を持っている。故に打撃よりは斬撃や刺突、あるいは熱攻撃が有効だ――にも関わらず、ガラハドに殴られたオルトロスは吹っ飛ぶ間も与えられずに魔石に変わる。
まるで子供が砂できた城を壊すかのようだ。
「ヒューーっ!!」
その様子を見たグレアムが思わず口笛を吹く。
さすがは「
脅威を真正面から受け止める底力は自分達にはない物だ。
「負けてらんねぇ……!」
「まだまだいくぞッ!!」
ガラハドの戦いに刺激されたクルツとグレアムがギアを上げる。
魔力が枯渇することを一切恐れない戦いっぷり。
全身全霊全力で少年たちは暴れ続ける。
「っらぁッ!! アイリスっ!!」
「あいあいー!!『Grant Vis(魔力を与えよ!)』」
ドバ、っと緑色に輝く雨が降り注ぎ、メンバー達の魔力が回復される。
「体力もッ!」
「あいよっ!『Grant Animo(勇気を与えよ!)』」
バシっと音がして、一瞬アイリスが輝くと全員の体力も回復される。
通常なら術者が魔力枯渇で昏倒しかねない広範囲付与魔術の連発。だが無尽蔵な魔術を持つアイリスにとっては何の痛痒も感じない。
「「「「っしゃあッ!!」」」」
魔力と体力、さらには気力までが完全に治癒した「ウィンスター教会」の面々が雄叫びを上げる。
ガラハドは目を見張った。
何という
これではワンサイドゲームではないか。
しかし、それらもすべて、オルトロスという強敵を単独撃破できるだけの確かな実力を前提とした戦略だ。
一度に複数のオルトロスを相手取れる冒険者が一体どれほどいるというのか。
そればかりか「ウィンスター教会」の連中は何の打ち合わせもなく好き勝手に戦っているにも関わらず、すべての攻撃が、すべての魔力行使が、すべての動作が、精密機械のように完璧にガッチリと絡み合い、たった一つの目標へと突き進んでいる。
「グッ……?! ……オラァッ!!」
「『Grant Vita(癒せ!)』」
「『Stiria(氷の槍よ!)』」
「『Aquae(水よ!)』」
「『Flamma(炎よ!)』」
「『Thorn(穿て!)』」
クルツが左右から挟まれて噛みつかれたが、一瞬で離脱し切り捨て、ほぼ同時にアイリスの治癒魔術がそれを癒す。
それを当然と受け取るメンバー達。
チラリとも心配などしていない。
全員が全員、怪我を、あるいは死すら恐れず、一瞬たりとも目標から目を離さない。
この一途さ。
仲間への信頼感。
その目も眩むような眩しい生き様に、ガラハドは一瞬心を奪われた。
「「ガラハドっ!!」」
クルツとグレアムの声に、ガラハドはハッとする。
あれほど数が多く脅威に見えたオルトロスの群れはほとんどが駆除されており、目の前にはガラハドの最大の敵、オルトロスのボスが対峙している。
赤く、チロチロと燃える目。
二つ並んだ巨大な顎。
何重にも重なった太い牙。
一目見れば脅威とわかる、極度に発達した筋肉。
見れば蛇の尾も二つに分かれており、それは
その規格外な巨大さ――!
ガラハドは死んでいった仲間達のことを思い出し、溢れる闘志を目に宿す。
凶暴に剥き出しにした歯の間から魔力混じりの息が煙のように立ち上る。
ド、ド、ド、とガラハドの体を覆う筋肉が硬く膨張する。
体中に太い血管が浮かび、それはまるで魔物のようだ。
これが「
そこには「いつも紳士たれ」と自らを律し続けた元貴族の面影はなく、巨大な暴力の塊があるだけだ。
「こえーっ!」
クルツの喉から思わず、といった風な小声が漏れる。
もはや、オルトロス・ボスよりもガラハドにこそ恐怖を感じるほどだ。
「「グルルルルルルルル……!!」」
地の底から響くような重低音。
それはオルトロスの喉からだけではなく、対峙するガラハドの喉からも発せられている。
「グァアアアアアアアアッッッ!!!」
ドンッ! と破裂音がして、爆発的な速度でオルトロスがガラハドに襲いかかる。
同時にガラハドが拳を振り抜く。
「ぬおおおおおおおおおおッツ!!!」
間合いはまだ遠い。
近接戦闘こそがガラハドの真骨頂なのに――と思いきや。
「『Corax(破城槌ッ!!)』」
ガラハドの左拳から岩の塊が伸び、オルトロスの頭の一つを吹き飛ばした。
通常ならこれで終わり――しかしオルトロスには頭が二つある。オルトロスはいささかも怯むことなくガラハドに迫る――しかし。
「ぬぅうううううんっ!!!」
ガラハドは対の拳で残るオルトロスの頭を殴り潰した。
魔力が尽きていたのか、あるいはわざとそうしたのか――殴った拳には魔力が込められていない。言わば、ガラハドの鍛え上げられた肉体そのもの、素の力だ。
ゴシャ、と生物が発してはいけない奇怪な音が迷宮に響いた。
殴った拳をガラハドは収めない。
魔獣そのものの眼差しで二匹の蛇の尾を睨む。蛇は平らになるほど大きく口を開け、即死毒を湛えた毒牙をガラハドに向け――しかし二つの犬の首が潰されたからか、それ以上動くことはできなかった。
どたっ、と石畳に倒れるオルトロス。
たった二発の拳が、変異種たるオルトロス・ボスを打ち砕いた。
ガラハドはようやく拳を収め、仁王立ちになると「ふー」とひとつ息を吐いた。
シン……と迷宮に静寂が訪れ、そしてすぐに爆発的な歓声に破られた。
「すっっっげぇええええ!?!?」
「こっわぁああああ!?」
「ガラハドまじヤベェ!」
「最後のアレなに?! ただのゲンコツ?!」
「でも、拳がぐっちゃぐちゃだねっ!――『Grant Vita(癒せ!)』」
見れば、ガラハドの拳が砕けて骨が見えていた。
アイリスの治癒魔法でみるみるうちに治っていく拳。
「Corax(破城槌)」とやらを使った左拳は無事なようだが、どうやら最後のトドメに使った右拳の方には魔術による保護すら使わなかったらしい。
「「「「ガーラッハドッ!」」」」
「あそーれ!」
「「「「ガーラッハドッ!」」」」
「っハイ!」
「「「「ガーラッハドッ!」」」」
「あよいしょ!」
なにやら踊りながらガラハドの勝利を祝う「ウィンスター教会」の面々――明らかに空気が読めていない。
しかしガラハドはそれを気にする様子もなく、ただ岩の天井を仰ぎ、ハラハラと涙をこぼした。
「……おかげで仲間たちの敵が打てた。心から感謝する」
涙を流し続けるガラハド。
「ウィンスター教会」の面々にとっても最後の一撃は衝撃的だった。
踊っていた「ウィンスター教会」たちも流石に踊るのをやめ、素晴らしき先輩冒険者への敬意を込めて、きちんと向き合った。
「いやぁ、こちらこそ勉強になったぜ……!」
「さすがだわ……みんながガラハドさんについて行きたがるのもわかるっていうか」
「流石に真似はできないけどね……」
「体を鍛えるのって意味があるんだなぁ……魔術を使って戦うには、むしろ筋肉は邪魔だと思ってたぜ」
「がんばったねっ!」
アイリスがガラハドの鼻先をちょんと触って労う。
これはアイリスが人を褒める時の癖だ。
それを受けてガラハドは、
「自分でも会心の一撃であったよ。これで……我輩も安心して引退できる」
感極まったように呟き、またボロボロと涙を流した。
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