#21
「審問官ソフィーリアの名に於いて、冒険者パーティ『ウィンスター教会』に危険がないことを保証いたします」
復活したソフィーリアが宣言した。
「それに、指導者だというハンナ・ヒギンスの名は聞いたことがあります。何でも上司が聖句についての議論でやり込められたとか」
「へー、ママを知ってるんだ」
「先日おっ死んじまったけどな」
「それにしても、まさか上級精霊さまが付いているとは……」
「上級精霊?」
「はい、アイリスさまはおそらく上級精霊でいらっしゃいます」
「へぇ……アイリスがねぇ……」
見れば、アイリスとグレアムが「バイトミー!」「おぅいえーす!」などと言いながらお互いを噛み合って遊んでいる。
どう見てもヤンチャな妖精か何かだ。
「記憶を精霊界に置いてこられたのだと思います」
「確かに何も知らないぞ、あいつ」
クルツたちは肩をすくめた。
なにせ、ウィンスター教会の知るアイリスは自由気ままでわがままな少女に過ぎない。
グレアムに至っては恋人のつもりらしいが、人間と精霊の結婚もない話でもないので皆は放置している――サイズ差をどう解決するつもりなのだろうかと思うだけだ。
「それもおそらくわざとなのでしょう。あなた方と対等にお付き合いしたかったのだと思われます」
「そうなんだ……」
「上級精霊様ともなれば、自己を改変するくらいのことは朝飯前かと」
「まぁ、アイリスは役に立つし、オレらとしちゃありがてぇけどさ」
ここでハーフエルフとハーフドワーフが声を上げる。
「だから言ったでしょ。ああ見えてアイリスは信仰対象になりうる上位存在だって」
「そうだぞ! 恐れ多くも呼び捨てにされることを好まれているが、アイリスさまは……」
「アイリスサマじゃないねっ! アイリスだっ!」
「「ははぁーー!」」
どうやらアイリスは傅かれるのが好きではないようだ。
その様子を見たカインは一つ頷くと、上に提出するレポートに「問題なし」と書き込んだ。
▽
「で、アイリスはなんで
こっち、というのはつまり人間世界のことである。
気まぐれとはいえ、精霊界からやって来るのにはなんらかの理由があるはずだ、とマーガレットは考えのだ。
しかしアイリスはあっけらかんと即答した。
「覚えてないねっ!」
「……いつか帰っちゃうの?」
マーガレットの言葉に、皆は一瞬シン……とした。
アイリスはマーガレットにとって、出会った当初は「クルツとグレアムとの間に紛れ込んできた邪魔者」という認識だったが、今ではすっかり気を許せる友人となっている。
もしもアイリスが精霊界に帰ってしまうなら、それはきっとすごく寂しい。
が、アイリスはキョトンとした顔だ。
「帰るってどこに? アタシの居場所はグレンのいるところだねっ!」
「上級精霊が受肉されるのには、必ず何か目的があると聞きますが」
「覚えてないねっ! もし思い出したらその時に言うべさっ!」
ソフィーリアの言葉も、アイリスにはピンとこないらしい。
アイリスとしては、自身が上級精霊とやらである事実には興味がないようだ。
ふざけて偉そうな態度(セルフエコー付き)を取ることもあるアイリスだが、実力もちょうどパーティメンバー達とバランスが取れており、かと言ってわざと手を抜いているという感じでもない。
つまり、心から対等な仲間だと思っているということなのだろう。
「アイリスはずっと俺と一緒だもんなっ!」
「もちろんさっ! グレンっ!」
ギューと抱き合い、ンマ、ンマ、とキスする二人だが、その様子に見慣れたメンバーたちは気にする様子もない。
力加減を知らないグレアムの抱擁でアイリスの体はほとんど握りつぶされている。にもかかわらずアイリスは嬉しそうな表情である――それもそのはず、精霊の肉体は見た目は人間と似ているが、全く非なるものなのだ。
オリヴィアだけはアワアワしているが、地下に生きるドワーフは神殿を持たず、まれに生まれる精霊を信仰対象にしている。ともすれば乱暴に見えるアイリスの扱いにハラハラするのは仕方ないところだろう。
「……みんな、魂がすごく綺麗ね」
ポツリとソフィーリアがつぶやく。
「どんな人に育てられたらこうなるのかしら……。ちょっと普通じゃないと思うわ」
「ソフィがそこまで言うとは相当だね」
「育ての親だというハンナ・ヒギンスさんがよほどの人格者だったのかしら」
「それは……」
カインが一瞬言い淀むと、ハンナの信奉者でもあるユーフェンは自慢げに言った。
「確かにハンナは人格者よ! そのくらい
「見てもいいのかしら?」
「いいわよ、別に」
「あ、いやソフィー、それはやめた方が……」
カインが止める間も無く、ソフィーリアが皆の魂に刻まれたハンナのイメージを覗き込んだ。
ソフィーリアの能力「
これは人の記憶を読むものではなく、あくまで物事の本質を見通す力だ。
心の中も覗けなくもないが、人はそれぞれ必ず心に闇を抱えている。それを覗き見れば我が事のように共感してしまう――そんな無意味な苦痛を負いたくないソフィーリアは、間違えても心の中まで覗くようなことはしない。
故に、ソフィーリアが除き見ようとしたものは記憶ではなく、パーティメンバーたち一人一人にとっての「ハンナの本質」及び、魂の主の持つ「ハンナのイメージ」である。
「そう……。大事にされてたのね。噂に聞くハンナさんという方がどんな人か興味があったけど、すごく愛情深い人だっ、た、……あ……れ?」
皆の中にある「ハンナの本質」を眺めていたソフィーリアはいきなり固まり、ガタガタと震え出した。
しまいには
「くひっ」
と妙な声と共にバターンと気絶した。
「あわわわわわ」
その場にいる全員が慌ててソフィーリアの介抱のために駆け寄った。
▽
「あまりぼくの妻をいじめないでくれると助かるんだが……」
「すみませんすみません、悪気はなかったんです、ほんとすみません」
ユーフェンは必死で頭を下げているが、もちろんそんなことはカインにもわかっている。
何よりもカイン自身、ハンナの人となりは理解している。
ユーフェン達との間に築いてきた信頼関係も良好だし、ソフィーリアの言葉も重なればそれはもう確信と言っていい。
それにしても、ソフィーリアの「
これからは認識を改めて、なるべくそばを離れずに守ってあげなければ、とカインは決心した。
「それはともかく、騎士院と教会にはちゃんと報告しておくよ。事前通達通り、キミたちは安全だ、と」
「頼む……変なふうに警戒されても困るしな」
「まぁ、あたしたち、側から見たら変なパーティだろうしね……」
何にせよ、これで彼らに称号が与えられることはほぼ決定事項となった。
おそらくはあと一つか二つ目立つ功績を残せば、それは現実のものになるであろう。
▽
そんな矢先、冒険者たちにとって衝撃的なニュースが舞い込んできた。
実力派パーティ「
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