#20

「ウィンスター教会」とソロ冒険者のオリヴィア、シェルパのカルロスによる迷宮潜行を尾行する者達がいた。


 あまり知られていないが、迷宮に潜るのは何も冒険者だけではない。

 迷宮でしか手に入らない貴重な魔石を手に入れるために、貴族や豪商が金に飽かせて傭兵に潜行させることもあるし、王属騎士も調査のために足を踏み入れることがある。

 

 しかし、その実力は迷宮の専門家スペシャリストたる冒険者には遠く及ばない。

 腕に覚えがある屈強な傭兵が、ほうほうの体で逃げ出すことも珍しくはない。

 

 冒険者は総じて感覚と勘が鋭い。

 メンバーは当然のように尾行に気づいていたが、特に気にすることなくいつも通りの足取りで深層へと向かっている。

 

 というのも、こういうことは初めてではない。

 いかに「ウィンスター教会」といえど、モンスターを全滅させながら進んでいるわけではない。雑魚を取りこぼすことも多く、またいちいちそれに固執したりはしない。

 

 そのため、実力者パーティの後ろをついて回ると、深層であるにもかかわらず安全に進むことができるのだ。

 大量の敵に囲まれることもなく、深層の雑魚――浅層なら強敵と言えるレベルのモンスターを数で囲んで倒し、それなりの収入を得ることができる。

 

 こういうスタイルの潜行を「スカベンジャー」と言ったりする。

 実力者達にはあまり好かれないが、かといって軽蔑されたり責められたりするほどでもなく、初心者向けの迷宮潜行の一つのスタイルとして一定の理解を得ている。

 

 しかし、尾行している連中はスカベンジャーかと思えば、漂ってくるのは熟練者の気配。

 おっかなびっくりついてくるようなスカベンジャーズではなく、それなりの練度の人間であることがわかる。


「クルツさん」

「わかってる。警戒しつつ放置しとこう」


 気配隠蔽技術の専門家スペシャリストたるカルロスも当然気づいている――それにしても随分と見事な隠蔽だ。よほどの熟練者に違いない。

 

 スカベンジャー以外にいくつかある尾行の別のパターンとして、盗賊がいる。

 若く世間知らずの冒険者パーティを付け狙って恐喝したり、場合によっては暴力を振るったり殺したりすることもある荒くれ者どもだ。

 といっても、かなり珍しい存在でもある――迷宮は魔窟であり、冒険者はその道の専門家だからだ。

 いかに腕に覚えがある盗賊でも苦戦は免れないし、そこで苦戦しないような腕があるなら、若手冒険者なんぞ狙わず深層で稼いだ方がよほど儲かるし楽だからだ。

 

 それでも警戒はしておかなければならない――というのに、ウィンスター教会の面々は完全にリラックス状態だ。

 というか、こいつらにちょっかいを出すようなバカがいるはずもない。

 それでも鬱陶しいことには違いがなく、一戦が終わり、拠点を設置したタイミングでアイリスが言った。


「アタシが見てこよっか?」

「頼めるか? アイリス」

「あいあいー」


 ピューっと飛んでいくアイリス。

 すると「ぴょ!?」という悲鳴と共に、ひどく慌てたような気配が漂ってきた。

 

 皆は顔を見合わせて、仕方なく様子を見にいくことにした。

 

 ▽

 

「……すまない」


 そこにいたのは騎士カイン、そして何故か目をキツく閉じた女性だった。

 女性はいつかのユーフェンのように、ブルブルと震えていた。


「カイン……何やってたの?」

「上からの命令でね。君たちを調査してたんだ」

「調査?」

「ぼくは不要だと言ったんだけどね……」


 どうやら、ウィンスター教会が将来王国の敵になりうるかどうか、調査が入ったらしい。

 そこで白羽の矢が立ったのが、冒険者に顔の効くカイン。

 まだ子供の頃からウィンスター教会をよく知るカインは調査など不要だと訴えたが、やはり第三者の視点での保証は必要だ。


「……で、この人は?」

「えーと、君たちには初めて紹介するけど……」

「……カインの婚約者、ソフィーリアと言います」

「「「「「カインの婚約者?!」」」」」


 皆は驚いて声を上げる。

 これまでカインから一度も聞いたことがなかったのだ。


「まぁ、ここにきて隠すのもアレだからバラしてしまうけど、一年ほど前からお付き合いさせていただいている」


 ソフィーリアはブルブルと震えながらなぜか正座している。

 どうやら偉く緊張しているらしい。


「……で、なんで目ぇ閉じてんの?」


 グレアムのもっともな質問に全員が頷く。

 ソフィーリアはますます体を震わせ、「あ、あの」と言葉を発した。


「申し訳ないのですが、精霊さまにお隠れいただくことはできますでしょうか」

「えっアタシ? なんでっ?」

「そ、その、眩しすぎて、情報量ががが」

「あわわわわ」

「くひっ」


 へんな悲鳴をあげて、ソフィーリアは後ろにバターンと倒れた。


 ▽


 復活したソフィーリアを連れて、面々はカインの自宅に集まっていた。

 カインとはいつも迷宮かギルド、あるいは酒場での付き合いであったため、何気に自宅は初めてである。

 

千里眼Clairvoyant?」

「そうなんだ。ソフィは物事の本質を、魂の深層に至るまで見通すことのできる目を持っている。その能力を買われて、今は教会の審問官として働いているんだ」


 その分肉眼では見えなくなってしまっているけどね、というカインの言葉に皆は顔を見合わせた。

 審問官と言えば、例えば精霊を悪用したり、あるいは悪魔の類と契約しているような、教会の敵を炙り出す精鋭である。


「で、なんで俺たちを?」

「騎士院からの命でね。教会と協力して、君たちが王国にとって危険でないかの調査をしていた」

「へぇ?」

「すまない……君たちとの友情を裏切るような行為をして」

「いや、そりゃ別にかまわねぇけどよ」


 クルツは困惑した様子でソフィーリアを指差した。


「それより、なんでこの人、顔に布巻いてんの」


 ソフィーリアは自宅に戻ると慌てたようにスカーフのような布を顔に巻き始め、今は目の当たりがぐるぐる巻きである。


「その、精霊さまの情報量が膨大すぎて、少しでも遮断しておかないと頭がパンクしそうなのです」

「アイリスが?」

「こんなボケーっとしたやつが?」

「そ、そそそそ」


 ソフィーリアは震えながら言った。


「それは表面上のことで、その、あたしの目で見ますと情報過多で、神々しくも恐れ多く……あがが」

「あわわわ、アイリス! 悪いけど僕の後ろに隠れて!」

「えー、しょうがないなぁ……」


 アイリスはふきげんになりつつグレアムの後ろ髪の中に潜り込む。

 ふー、とソフィーリアはため息をついて、「ありがとうございます」と頭を下げた。

 

 どうやら「千里眼Clairvoyant」で見ると、アイリスは普通ではないらしい。

 

 我慢することが嫌いなアイリスは、後ろに引っ込まされたストレスでグレアムの首をガジガジと噛んでいた。

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