#7
クルツ、グレアム、マーガレットの三人は揃って成人を迎え、元
パーティ名『ウィンスター教会』。
シスターのパーティ名「ウィンスター村青年会」にあやかって付けた名前だ。
今の三人にとって、ダンジョン以上の遊び場は存在しなかった。
戦えば戦うほど強くなれる。
強くなればなるほど稼げる。
稼げば稼ぐほどガキどもが腹一杯食える。
未知の世界を冒険し、仲間と協力してモンスターを倒すだけで、みんなが飢えずに済むのだ。
こんなに楽しいことががあるだろうか。
▽
「『ウィンスター教会』リーダーのクルツです」
「カルロスです」
初めてパーティだけでダンジョンに潜ることを宣言すると、ガラハドから
「ウィンスター教会」はたった三人と人数が少ない。
そうなると、探索に必要な資材の運搬や、食事の用意、見張りの交代や魔石の管理など、物理的に人手が足りなくなる。
そうした時、ダンジョンを知り尽くした
カルロスと名乗った青年はガラハドと同じ程度の年齢で、髪も目も、そして肌までミルクティみたいな色をしている。
見た目のコントラストの甘さに加え、人の良さそうな柔和な笑顔。
どことなく頼りなさそうに見えるが、それもそのはず。カルロスの能力は自身の隠蔽だけで、戦闘のほうはからっきしなのだ。
それでも、モンスターと遭遇しても気にせず横を素通りできるほどの隠蔽能力、ダンジョンの道筋や罠を知り尽くす知識量、食事の準備(これが一番喜ばれた)など、実力は折り紙付きだ。
今一番勢いがあると言われる『
▽
シェルパは
「えっ! カルロスさんって結婚してたの?!」
「ええ、妻と娘がいます」
「子供まで!」
「見えねぇなぁ……」
「それなのにダンジョンなんて危険なところで仕事してていいの? 奥さん心配なんじゃね?」
「それがどうもこれが天職らしくて、他の仕事をする気にはなれないんですよね……」
カルロスもダンジョンの引力に囚われた人間の一人だけある。
ゆえに、常に未知との遭遇を求めている。
▽
一般的に、冒険者は冒険者同士で結婚するか、あるいは引退するまで結婚しない。
シスター・ハンナも40歳で引退するまで結婚しなかった――正確には妊娠を機に引退している。
40歳と言えば地球基準で言えば60歳くらいに当たる高齢だ。
しかし、ダンジョンで生きるものは常に体が全盛期の状態に維持される。
そのため冒険者は現役である限り、結婚や出産がどれほど高齢であっても何も問題はない。
ちなみに当時のハンナの恋人……マーガレットの父親はもうとっくにダンジョンに飲み込まれてこの世にはいない。
そんな事情もあり、ダンジョンに同行するシェルパが既婚者で子供までいると聞けば、子供たちが驚くのも無理はない。
しかし、必ずしも戦闘を生業としないシェルパの事情は違う。
一人でダンジョンに潜るだけの戦闘技術はないし、ダンジョンでは戦わないと収入は得られない。だから戦わない代わりにパーティの補佐を請け負うことで収入を得ている。
ゆえに冒険者と比べれば危険ははるかに少ない。
また、シェルパの道を選ぶのは、ほぼ全員がこの土地の先住民族の血を引くものだ。
彼らは家族を残していくことが生き残るために意味があると信仰している。
▽
「ダーク・ホーネットは羽を狙っても無駄です! 腰を狙ってください!」
「だりゃああああ!」
「Ventus-falx(かまいたちよ)!」
「Flamma(炎よ)!」
「毒針に気をつけて、距離を取って! あなた方の腕くらいの長さはありますよ!」
「わかった!」
「チッ! 数が多い! カルロス、手伝え!」
「別料金です」
「「「ケチーーーーーー!!」」」
皆が戦っている間も、カルロスは基本的に戦闘には参加しない。
この程度なら彼らだけで大丈夫だろうと、敵の弱点などの情報――今回の敵は巨大な黒いスズメバチだ――を口にするだけで、あとは落ち着いた様子で拠点の準備を進めてるだけだ。
蜂たちもカルロスを狙わない。それほどまでにシェルパの隠蔽能力は凄まじい。
しかし、これはシェルパたちの民族に伝わる秘技であり、また戦闘などの激しい運動を行いながら発動することはできない。
つまり戦うなら隠蔽を解く必要があり、命を賭けるなら別料金。
当たり前の話ではあるが、駆け出し冒険者パーティ「ウィンスター教会」の連中にすれば、危なくなれば近くにいる大人に縋りたくなるのもまた当然である。
「か、勝てた……」
「死ぬかと思ったよ……」
「だけど見ろよこの魔石……こんなに透明度が高くてでかいやつ、初めて見たよ」
ダーク・ホーネットの群れを何とか全滅させた面々が、カルロスの用意した拠点に戻ってきた。
「ほうほう、これなら最低でも50万スクードくらいにはなりますね」
「ごじゅっ……!?」
カルロスがひょいと覗き込んで言うと、全員絶句した。
「ええええーーー!」
「ご、50万もあったら、新しく入ってきたガキどもに白パンを好きなだけ食わせられるな!」
「カルロス、情報助かった。なんでも奢らせてくれ」
クルツがカルロスに礼を言うと、カルロスは軽く肩をすくめた。
「いりませんよ、情報は料金の内です。それが私の仕事ですから」
「カーッ! マジで金にきっちりしてやがる!」
「カルロスさんも、たまには一緒に飲みに行きましょうよぉ」
「いえ、仕事が終わったらすぐに妻と娘の顔が見たいですからね」
このドライさ。
しかし、そこには間違いなく「同じ迷宮で冒険をしている」という仲間意識があった。
一歩でも迷宮から出れば、ただの夫であり父親に戻るカルロスだが、お得意様である「ウィンスター教会」のメンバーとの間にも、家族に負けないほどの強い絆を感じている。
「ところで提案があるのですが」
ぜーはー言っているパーティメンバーと対照的に、落ち着いた様子で茶を啜りながらカルロスは言った。
「みなさん、入ったお金をすぐ使ってしまわずに、自身に投資しましょう」
「とーし?」
「ってなんだ?」
「武器や防具にお金をかけた方がいい。みなさんの装備は実力に見合っていません」
「そんなこと言われても……」
皆は顔を見合わせた。
これまでこの装備で困ったことはなかったし、それにようやく稼げるようになってきたのだ。
迷宮に入るようになったことで、むしろ今は収入が減っている。
孤児院に入れるお金にも滞っている。
せっかく大金が入ってきたのだから、今度こそ送ってやりたい。
「お気持ちはわかりますが、今のあなた方の装備では、運が良くても50万スクード程度の収入でしょう?」
「程度、って……」
「十分じゃね?」
「しかし考えてください。その50万を武器や防具に投資すれば、手元にはお金は残りませんが、代わりにより強い敵に安全に立ち向かえるようになります。あなたたちの実力なら50万スクード程度で満足してはいけない」
「えー、でもなぁ」
「みんなお腹すかしてるだろうし……」
グレアムとマーガレットは顔を見合わせる。
しかし、クルツだけは真剣な目でカルロスを見ている。
「……どのくらい稼げるようになる?」
「普段の収入は変わらないでしょうが、上限は変わるでしょうね。そう、三倍くらいは」
「……三倍、ってことは150万くらいか」
「150万!?」
「一度の投資で、それが将来にわたってずっとそうなり続けるんです。価値はあるでしょう?」
ぞくり、と子供たちは身を震わせた。
「ダーク・ホーネットの毒針が効かなくなるだけで、戦いやすくなるとは思いませんか?」
カルロスにしてみれば、これは料金外の大出血サービスだ。
それにパーティの方針に口出しすることはルール違反であり、マナー違反でもある。
しかし、カルロスにとってこの目の前の少年たちはただの客ではなく仲間であり、そしてそれ以上に予感があった。
――きっと、この子たちはもっともっと強くなる、と。
しかし、カルロスはそれがシェルパとしての越権行為であることを思い出し、すぐに「あくまで私個人の思いつきです」と断っておく。
「もちろんみなさんの自由です。でもまずは、シスター・ハンナに相談することをおすすめしますよ」
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筆者は登山が好きです。
体力の問題で自分でやるのはそろそろキツいのですが、山岳小説やそれをモデルにした漫画、あとは今なら空木哲生先生の「山を渡る -三多摩大岳部録-」など、山を舞台にした作品に目がありません。
シェルパは元々、ネパールの少数民族の少年のイメージでした。ダンジョンを信仰する少数民族の少年で、冒険者とは違う
しかしシェルパについていろいろ調べているうちに加茂セイ先生の「ダンジョン・シェルパ 迷宮道先案内人」を知り、イメージを引っ張られて今のカルロスになりました。
「ダンジョン・シェルパ 迷宮道先案内人」めちゃくちゃ面白いのでおすすめです。
あと、元々のシェルパのイメージが知りたい方は、夢枕獏先生の「神々の山嶺」をお勧めします。山岳小説の金字塔にして、入門としても最適な作品だと思います。
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