#6


「我輩は『石英の古郷パトリア・クリスタル』のリーダー、ガラハドである」


 怒涛のシゴキが終わり、許可を得て冒険者登録を済ませた三人は、シスターの弟子だという大男を紹介された。

 その体躯に三人は驚愕した。


「すげぇ、筋肉の塊だ……」

「クルツだ。よろしく」

「よ、よろしく……」

「うむ」


 ガラハドは二十歳そこそこだが、周りのどのベテラン冒険者にも負けない体格の持ち主だ。

 背丈も、孤児院メンバーの中で一番背が高いクルツよりも二回り以上でかい。

 しかも色白で、つるんとゆで卵みたいな木目の整った肌をしている。

 ニカッと笑うとこれまた真っ白な歯がキラリンと輝く。

 ピッタリ撫でつけた金髪はどこか上流階級を思わせる――それもそのはず、ガラハドは貴族の末弟で、風属性使いとしてもこの若さでかなりのハイランカーでもある。


 腰の引けた三人とは対照的に、ガサツに足を組んでタバコをふかすシスター・ハンナは、フーッと煙を吐き出すと灰皿にタバコをぐしゃりと押しつけて消火した。


「ガラハド。こいつらを鍛えろ」

「おまかせを、師匠! 我輩の持つ師匠から教わった技術や知識を全て叩き込んでやりましょう!」

「いや、その辺はあたしが教え込んである」

「は? え、では……」

「実際のダンジョンを見せてやれ。コイツら、鍛えられるだけ鍛えたが経験値が全く足りん。知っての通り、あたしはもうギルド会員じゃねぇからダンジョンにゃ入れねぇ。お前に頼むしかねぇんだ」


 シスターの言葉を聞いたガラハドは目を見開いた。


「……この歳で、師匠の教えに耐え切った、ですと……?」

「?? ……当然だろ、何を驚いてる」

「いや、驚くも何も……」


 ガラハドには、師匠の言葉が俄には信じられなかった。

 てっきり、師匠ハンナが自分でやると殺しかねないから自分に任せようとしているのだと思っていたのだ。

 

 見ればまだ成人前の三人。

 体は細く、あまり鍛えられたようには見えない。

 

(この体躯で、師匠の地獄の特訓をやり切っただと……?)


 ガラハドが驚くのも当然だ。

 シスター・ハンナの特訓といえば、ほとんどただのイジメに近い苛烈なものである。

 

 寝ている時にいきなり魔法で攻撃される。

 生活空間の至る所に罠が仕掛けられる。

 食べ物には毒が混ぜられ、解毒剤の場所を暗号で知らされる。

 明らかにレベルが合っていない獲物と戦わされる。

 素っ裸にひん剥かれて極寒の草原に放り出される。

 武器どころか荷物すら持たずに森に放置され生き延びろと言われる。

 

 などなど。


 一部では「新人潰し」とまで言われたシスター・ハンナのしごきはギルドでも有名だ。

 なまじ治癒魔法を持つ者がいるせいで、死ぬまでしごかれ、死んでもしごかれ、死なせてもらえずしごかれる。


 しかし、意外なことにこれまで重大な事故などは一度も起きていない。

 大半の逃げ出した新人たちに混じったごく少数のやり切った者は、冒険者として例外なく名を上げている。

 

 脱落するのは大体98%ほど。

 残る2%は、新人が平均1年で命を落とす中、必ず生き延び、そしてメキメキと上位ランクに食い込んだ。

 

 批判の嵐を微風ほどにも気にせず、ハンナは言う。

 

「逃げ出した奴らは冒険者にゃ向いてねぇ。死ぬよりゃ逃げたほうがマシだろ?」

 

 合理の化け物。

 血も涙もない「銀狐」。

 SSドS級冒険者「疾風令嬢」ハンナ・ヒギンスのしごきは、凡才を天才に引き上げる魔法だ。

 

 それをくぐり抜けた三人――とてもそうは見えないが、きっと実力は確かなのだろう。


「師匠、我輩に試させていただいても?」

「試すって、実力をか? コイツらまだ迷宮処女だぞ? 流石にお前のほうが実力は上だと思うが」

「そこは手加減します」

「殺すなよ?」

「当然でありますな」


 、という言葉を聞いて、クルツとグレアムはピクリとした。

 どうやら舐められているらしい。

 シスターも「殺すな」などと言っているので、きっと俺たちより上位者なのだろうが、あまり下に見られるのは好きじゃない。


「済まぬが、貴殿らの実力を見たい。我輩と手合わせしてもらえるだろうか」


 ガラハドはその凶悪そうな風体に似合わず、礼儀正しく頭を下げた。

 元貴族といっても今はただの冒険者である。頭を下げる程度、どうと言うほどのことでももない。

 しかし世間知らずの少年たちはガラハドの誠意など理解せず、ビキビキと怒りを滾らせている。


「……いいぜ?」

「誰から行く……?」

「あ、あの、あたしパスしても……」


 マーガレットはおずおずと手を挙げて断ったが、クルツとグレアムはやる気満々だった。


「三人同時で構わぬよ、こう見えてそれなりに鍛えておるのでな。致死性の高い技だけは禁止とし、あとは何でもありで良かろう」


 ビキ、と顳顬こめかみに血管が浮く。


「そうかい……じゃあ胸を貸してもらおうかね、先輩」

「……やっぱりあたしも頑張ろうかな」

「どうぞお手柔らかに……」


 三人の様子を見て、シスターはニヤリと笑う。


「まぁ、好きにやんな」

「「おうっ!」」

「うん!」

「承知ッ!」


 ガラハドは朗らかに胸を張って笑った。


 ▽


 数分後、地面に転がったのはガラハドだった。

 生白い肌には大量の汗が流れている。

 呼吸荒く、ゼヒュー、ゼヒューと尋常じゃない音が喉を鳴らしている。


 対して、泥で汚れてはいるものの、孤児院の三人組は平然と立っている。

 いや、マーガレットだけはどこか申しわけなさそうにガラハドを見ているが、クルツとグレアムはどこかまだ物足りなそうな顔だ。


「し、師匠……」


 ガラハドは息も絶え絶えにシスターに言った。


「一体、彼らにどんな特訓を施したのでありますか」


 シスター・ハンナは面白そうに目を細め、シュボッとタバコシガリロに火をつける。

 フーッと煙を吐くと、こともなさげに答えた。


「お前たちと同じことしかやってねぇよ」

「いや、しかしですな……」

「ただ、あたしも最近は歳でねぇ……村の連中が孤児院を手伝ってくれるようになった」

「……はぁ」

「そうなると、どうしても暇でねぇ……だからあたしがずっと付きっきりで鍛えてやった」

「?!?!?!」


 苛烈を通り越して過激なことで有名な「疾風令嬢」の特訓の中でも一番ヤバいのが、マンツーマンの鍛錬だ。

 

 体験者曰く「獄卒のストレス発散」。

 あるいは「生まれてきたことへの罰」。

 

 迷宮よりもハンナが怖くて冒険者を辞めた者多数。

 市井に戻っても悪夢でうなされ、自分の子供が冒険者になりたいなどと言い出せば死に物狂いで止めるとまで言われている。

 

 それを、このやせぎすの三人は耐え切った……だと?

 

「……見くびって悪かった。我輩の負けである」

「随分潔いな、おっさん」

「我輩、まだ二十歳なのだが……」

「俺たち、まだ成人前だぜ?」


 確かに、まだ幼さの残る三人にしてみれば、ガラハドはおっさんなのかもしれない。

 だがそんなことは関係ない。

 

 面白い。

 ならば迷宮の何たるかを、我輩の全てをかけてこやつらに叩き込んでやろう。

 

 ガラハドは目の前の三人の子供を育て上げることを決心した。

 

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