#28 閑話 アリサのグルメバトル(3)

「こりゃあうめぇな?!」

「俺の知ってるお好み焼きとなんか違うな!」

「なんだろう、肉食ってるみたいな満足感があるな!」

「こりゃあ悪いけど、坊主の作ったやつとは勝負になんねぇな……」

「そ、そんな……っ!!」


 カンジが慌ててウチのお好み焼きを食べ、目を見開いて愕然とした。


「俺のお好み焼きより……旨い……」


 がっくりと項垂れる。

 みるみるうちに目に涙がたまる。

 可哀想やけど、自業自得やな。


 落ち込むカンジを見て、おっちゃんもお好み焼きに手を出して食べた。

 

「おっ!? こりゃ旨いな!」


 おっちゃんは目を丸くして少し考え込んだ。


「……味で勝負ということだったな?」

「せやで」

「なら、この勝負は嬢ちゃんの勝ちだ」

「おおきに」


 ぺこりと頭を下げる。

 

「そんな?!」


 カンジが顔を真っ青にして叫んだ。

 まさか自分が負けるとは思っていなかったのだろう。

 

 ウチのやったことはめっちゃ失礼なことやと思う。

 カンジがウチの親をバカにしたりしなければ、ウチだってこんなことはしなかった。

 それに……


「嬢ちゃん、名前は?」

「水無月有紗。アリサが名前」

「……!! 嬢ちゃん、貴族か?!」

「ちゃうて……親は料理人や言うてるやろ……」

「そ、そうか……」

「ウチの地元じゃ、苗字は珍しくないんよ」


 そうか、といって、おっちゃんはニッと笑った。


「ウチのバカを凹ませてくれてありがとうよ」

「やっぱそういうことなんか」


 そんなことやと思ったわ。

 おっちゃんはウチを当て馬にしてカンジを教育したかったらしい。


「いくら言っても、頭の下げ方もわからんでなぁ……いい薬になっただろう」

「親父?!」

「カンジ。お前が俺を尊敬してくれていることは嬉しい」


 おっちゃんはカンジに向き合って、真剣な顔でゆっくり言い聞かせるように言った。


「だがな? だからと言って人を傷つけていいわけじゃない。お前が俺の悪口を言われたくないように、他の人も自分の親を悪く言われたくないんだ」

「でも、先に悪口をいったのは……」

「違う。この嬢ちゃんは俺の悪口なんて言ってない」

「言った! 親父のお好み焼きは固いって……」

「それは屋台の商品についてだろ? こちらに聞かせる気はなかったようだし、それにちゃんと自分から謝ってくれただろう。お前……嬢ちゃんにこれ以上何を求めるつもりだ?」


 おっちゃんがカンジに説教を始めたので、ウチはちょっと気まずくなった。


 勝負に勝ったことでは少し頭が冷えてきた。

 元はと言えば、あたしが余計なことを口走ったのが悪かったわけだし、ここまでベコベコに凹ますのはさすがにやりすぎだった気もする。


 カンジはおじさんに言い聞かされて、渋々ではあるが「ごめん」と言って謝ってくれた。

 あたしも慌てて「いいよいいよ」とカンジのことを許した。


「嬢ちゃん。味勝負は嬢ちゃんの勝ちだ」

「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる。

 こんな失礼なことをされながら、ちゃんと公平にジャッジしてくれたおじさんに敬意を払う。


「でも、残念ながらこれでは商品にならんな」

「えっ、どう言う意味ですか?」


 驚いて聞き返すと、おじさんはちょっと困ったように笑って見せた。


「確かに味はいいんだが……これじゃ原価が合わん。3倍ほどの売値ならこれでもいいんだろうが、それじゃ誰も買ってくれんだろ」

「あー、確かにそうかもしれませんね」


 この世界では卵は高級品らしい。

 百円で売られているお好み焼きとしては、おっちゃんのお好み焼きはベストだったのだろう。

 いつも材料を仕入れすぎてママに叱られているパパのことを思い出して、色々と納得する。


「確かにそうでした。おじさんのお好み焼きが一番です。生意気なことをしてごめんなさい」

「何、こちらも勉強になった。ここいらじゃ肉の茹で汁を使うなんて発想は普通ないからな。よかったら真似してもいいか?」

「もちろん!」


 おじさんと握手すると、ワッと場が湧いた。

 どうやらカンジに賭けていた人の方が多かったらしく、あたしに賭けた人が大喜びしている。

 と言っても少額の賭けだ。負けた方も苦笑しながらも拍手してくれた。


 カンジだけは下を向いて唇を噛んでいるけど、100スクードの商品としてはおじさんのお好み焼きが正解だとわかったんだから、もっと勝ち誇ればいいのに。


「肉を後から加えるのもいいな。香りが良くなる。固くなるから好みは分かれるかもしれんが……」

「じゃあ、赤身は混ぜ込んで、脂身だけ後から加えるといいかもしれませんね」

「おお、なるほど。他に気づいたことはないか? 俺の知らないコツがあるかもしれん」

「そうですね……私たちの流儀だと、焼いている途中に上から押しちゃだめって言われますね」

「おお? それはなぜだ?」

「ふんわり感がなくならないようにだと思います。あとは……」


 おじさんとお好み焼きについて語り合ってると、後ろから聞き覚えのある声がした。

 

「アリサ、お前なにしてんだ?」

「はえ?」


 振り返ると、ケンゴが怪訝そうな顔をして立っていた。


「わぁ?!」


 思わず悲鳴をあげるとカナがクスリと笑った。


「な、なんでもないっ!」

「いや、なんでお前が屋台の中にいるんだよ」

「アリサがここの男の子とお好み焼き対決をしてたんだよ」

「カナっ?!」


 カナがあっさりバラしたので慌てて口を塞ごうとしたら、ヒョイと避けられてしまった。


「へぇー、面白いね」


 コータもケンゴの後ろから顔を出した。

 二人で屋台を回っていたら、あたしたちと遭遇したらしい。


「これ、いくらですか?」


 コータに聞かれて、おっちゃんは腕を組んでちょっと考えて、


「まぁ、それも100スクードでいいだろ。ちょっと赤字だが、いい勉強になった」

「100スクード?!」

「安っ!」


 ケンゴとコータはお好み焼きに飛びついた。


「おっ、うめぇな!」

「こっちも美味しいよ。お菓子みたいで好きかも」


 二人はあたし作のものとカンジ作のものを一つずつ買って、分け合って食べている。


「ね、どっちがアリサが作ったやつだと思う?」


 カナが言うと、ケンゴがあっさりと答えた。


「こっちだろ?」

「えっ! な、なんでわかったの?」

「や。なんかそんな気がした。アリサっぽいっていうか……」


 ケンゴの言葉に、ボッと顔が赤くなる。

 それを見たカナはニヤーと嫌な顔をした。


「だって。よかったねアリサ」

「なななな、何の話?!」

「なんだ、真っ赤になって。この色男は嬢ちゃんのコレかい?」

「は?! 何、コレって?!」


 おっちゃんがあたしたちを見てとんでもないことを言い出したから、あたしは慌ててそれを否定する。


「そ、そそそんなんじゃないから!」


 おっちゃんは笑って、


「嬢ちゃんさえ良ければ、カンジとどうかと思ったんだが、予約があるようだから諦めるか」

「はぁ?! アホなこと言わんといて!」

「アリサ、言葉遣いが戻ってるよ」

「あ!」

「はははは」


 おっちゃんは豪快に笑ったが、あたしはそれどころじゃなかった。

 チラリとケンゴを見ると、さすがに何を揶揄われているのかわかったようで、顔を真っ赤にして唇を尖らせている。


「からかうなよ……」

「なんだ坊主、嬢ちゃんのことは嫌いか?」

「そうじゃねぇけど!! アリサはただの仲間だ、仲間!!」


 仲間、という言葉にちょっとだけチクッと胸が痛んだが、それより揶揄われるほうが厄介だ。


 よりにもよって、ケンゴとの仲でからかわれるなんて!

 しかしケンゴは赤い顔のまま気にしないふりをしてくれた。

 おかげで気まずくならずに済む。

 あたしはホッとした。

 

 ……あたしはケンゴのこういうとこが好きなんだ。

 ガキで、うるさくて、無神経で、俺様なくせに、こっそりと人を気遣ってくれるところが。

 

 ▽

 

 この日、賭けで盛り上がったこともあり、あたしの顔がそこそこ知れ渡ってしまった。

 市場を歩くとたまに「おっ、お好み焼きのアリサじゃねぇか!」と声をかけられるように……。

 

 勘弁して。

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