#28 閑話 アリサのグルメバトル(2)

「おっちゃん、悪いけど材料使わせてもらうで!」

「いやいやいや、うちのバカ息子が迷惑かけたんだし、そのくらいはいいけどよ……嬢ちゃん料理なんてできるのかい?」


 材料を無駄にされると困るんだが、と心配顔。

 やのに、カンジが作る分には心配やないらしい。

 

 カチーンと来た。


「なめんとって! こう見えてウチの親は料理人や! それに、お好み焼きなら誰にも負けん!」

「なにぃ!」


 カンジがガーっと威嚇してくる。

 無視だ、無視。


「そんなに言うなら好きにしていいが……」

「おいゲベック! 面白ぇじゃねぇか! やらしてやれよ!」

「そうだそうだ!」

「できたヤツは買ってやるぜ?」

「ちゃんと火が通ってたらの話な?」


 何や大人たちが集まってきた。

 カナが怯えたみたいに後ろに隠れてるけど、普段から店の手伝いをしてるウチにとってはこの程度なんともない。

 

 結局、野次馬の中、ウチとカンジのお好み対決がスタートした。

 素人が作ったものでも売れるとわかって、おっちゃんも好きにしていいと言ってくれた。

 

 そして、あつまったおっちゃんたち……だけやなくおばちゃんも混じってた……が賭け事を始めた。

 

 ▽

 

 材料を見ると、茹でて置いてある肉と生の肉があった。

 なんの肉か知らんけど、都合のいいことに脂身が多い。

 茹でた肉も味見をしてみたが、これなら問題ない。


「粉もらうで」


 粉はただの小麦粉っぽい。

 カンジは水と塩で溶いているけど、ウチはだし汁代わりに脂身の浮いた茹で汁で粉を溶く。


「茹で汁なんかで溶いたら食えなくなるだろ!」

「だまっとき! あんたは塩水で溶いとけばええやろ」

「なにぃ!」


 無視!

 

 山芋も紅しょうがも切りイカも桜海老もないけど、お好み焼きの極意は生地の硬さや。

 硬いと火が通っても粉っぽくなる。大阪以外の人が見たらエッと思うくらい緩い生地にするのがポイントや。

 肉の煮汁に浮いた脂身を多めに入れることで、コッテリさせる作戦で行こう。


「卵はどこ?」

「はぁ?! 卵なんてどうすんだ?!」

「生地に入れるに決まってるやろ」

「卵なら貰ってきてやるぜ!」


 ウチに賭けたのだろう、野次馬の一人が走って卵を持ってきてくれた。

 どうやらこの世界じゃ卵は贅沢品らしい。


「おおきに!」

「いいってことよ! でも嬢ちゃん、あんたに賭けてんだ、勝ってくれよお?」

「まかしとき!」

 

 これで生地はできた。

 あとは混ぜて焼くだけだけど、キャベツも荒すぎる。

 焼き上がりのタイミングでちょうどいい歯応えになるよう、少し刻む。


「そんなことしたら歯応えがなくなるだろ!」

「だまっとき!」


 大人たちがやんややんやと騒ぎ立てる。

 見ればカンジは既に焼きに入っている。

 そりゃそうだ、キャベツに塩と水と粉と肉を入れて混ぜて焼いてるだけだ。

 あっという間にできるだろう。

 

「スピード勝負やなくて味で勝負なん、わかってんのか?」

「へっ! わかってらぁ! そんな訳のわからんお好み焼き、誰も食わねぇに決まってる!」

「はん、後で吠え面かかんときや」

「それはこっちのセリフだ!」


 生地とキャベツ、卵を混ぜて、肉を混ぜずにそのまま鉄板に流していく。

 卵はあまり混ぜすぎず、ちょっとマダラになるくらいに抑えておくのがポイントや。

 かなり軟め、代わりにキャベツ多め。

 大きさはお店のサイズに合わせて小さめにして、とりあえず10枚ほど並べていく。


「肉も入れずに焼いてなにしてんだ?!」

「うっさいなぁ、黙ってできひんのか」

「ああん?!」

「言いたいことは味で語りや」


 すぐに上に生肉を並べていく。


「わかった、肉を入れ忘れたんだろ! それに生肉を後から入れようだなんて」

「味で語れって言ってるやろ」

「くっ……!」


 カンジはウチにいちいち文句を言いたいようやけど、これは口喧嘩やない、味勝負や。

 

「なんだか嬢ちゃん、えらく手際がいいな」

「本当に素人か?」

「ウチ、お好み焼きなら三つの頃から作ってるから」

「はー、大したもんだ!」


 野次馬の大人たちが唸りながらあたしのお好み焼きを見ている。

 カンジはそれが悔しいらしく、何かと文句を言おうとするが、そのうちに大人たちまで「黙って勝負しろよ」とか「口数が多い男はもてねぇぜ?」とか言い始め、悔しそうに口をつぐんでいる。


 焼き色を見る。

 よし、そろそろ返す頃合いや。

 

 パパパパパン、と勢いよくお好み焼きをひっくり返していく。


「な……?!」


 あまりの手際に驚いたのか、カンジが絶句してるけど、ウチにとってはこんなちっこいお好み焼きは余裕すぎる。

 普段はもっとでっかいお好み焼きをコテひとつで返してるんやからこの程度で驚かれても困る。

 

 じゅ〜、と音がして、肉の焼ける香ばしい香りが漂い始める。


「おい、めちゃくちゃいい匂いしねぇか」

「嬢ちゃんのお好み焼き、うまそうだな……」

「俺のお好み焼きの方がうまいに決まってるだろ!」

「まだ食ってねぇからなんとも言えねぇだろ」

「父ちゃんのお好み焼きは世界一なんだ!」


 カンジ少年が怒鳴る。

 カンジがおっちゃんのことを尊敬してることも、お好み焼きにプライドがあるのはわかった。

 そんな意図はなかったにせよ、それにケチをつけたあたしをギャフンと言わせたいのも理解できる。

 けど、だからと言ってウチのパパやママの悪口を言っていい理由にはならんやろ。

 

 悪いけど、手を抜く気はないで!

 

「これが本場のお好み焼きやー!」


 鉄板の上で焼けた生地をバババと勢い良くひっくり返していく。

 ウチの手際に大人たちが目を丸くしている。

 ぶっちゃけカンジの焼くお好み焼きとは比較にならないほど香りもいいし、見た目もうまそうに仕上がった。

 ソースがないのが残念だけど、その分塩分は濃いめにしてあるし、これなら塩だけのお好み焼きより絶対美味いはずや。

 肉も混ぜ込むよりも、脂身が鉄板に触れた状態で焼いた方が香りも旨味も強い。

 

 勝負あったな。

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