#2

 学校帰り、三人で直接婆ちゃんちに向かう。


「あいつら、尾行してきてねーだろうな」


 ケンゴがキョロキョロと警戒する。


「あいつらって誰?」

「アリサとカナだよ! あいつらいつも絡んできやがって。絶対仲間にいれてやんねー」


 ケンゴの言葉に、ぼくとコータがため息を吐く。


「水無月さん、かわいそうに」

「しょうがないよ、ケンゴだもん」

「お前ら、何言ってんだ?! あいつらは敵だからな、敵!」


 ダメだ、本格的にわかってないっぽい。

 水無月さん頑張れ。合掌。

 そしてカナちゃんは天使。

 ぼくがカナちゃんのことを思い出してニヤついていたら、コータが呆れたような顔でぼくを覗き込んでため息を吐いた。

 

 婆ちゃんちは、ぼくらの家がある海側ではなく、学校を挟んで反対側、通称「裏山」の麓にある。

 小川にかかった橋を超えて、緑の木漏れ日を超えて少し坂を上ると、すぐに婆ちゃんちだ。

 物干し竿に洗濯物が揺れてる。

 古い日本家屋で、婆ちゃんはもう二十年くらいここで一人で住んでいる。

 

 遊びに行くとサイダーや駄菓子を出してくれるので、山で遊ぶときはいつも友達と一緒に婆ちゃんちに寄る。

 学校帰りに寄り道禁止? そんなの誰が守ってるっての。

 

「婆ちゃん! 来たよー!」


 縁側から声をかけたら、婆ちゃんが「ほぅい」と声を返してくれた。

 奥からちらっと顔を見せて、

 

「ああ、ケンゴ君とコータ君も一緒かい。待ってな、サイダーでも飲んできな」


 そう言って引っ込んだ。


「やり」


 言って、縁側に座る。

 待ちながら、話題はもちろん秘密基地についてだ。

 

「どこにする? ここまで来たらやっぱ裏山?」

「女子にバレない場所がいい。あいつらは敵だ。裏山はいいんだけど、みんな遊びに来るしなぁ」

「海近くは……隠れる場所なさそうだしね」

「海岸の奥の神社近くは? 森があるから、いい場所ないかな」

「遠いよ!」

「あと、祭りんときとかに発見される未来が見え〜る」

「やっぱ、裏山しかないんじゃない?」

「うーん、そうだなぁ、山かなぁ。婆ちゃん何ていうかな」

 

 相談していると、奥からお盆を持った婆ちゃんがやってくる。

 お盆には、瓶のサイダーが三本と、ハッ○ーターンが乗っている。

 ケンゴが

 

「うまそ!」


 と言って、婆ちゃんの持つお盆に手を出そうとしたら、コータがその手をパチンと叩た。

 

「先にお婆ちゃんに『いただきます』でしょ!」

「お、おぅ……婆ちゃん、いただきます」

「はいな」


 婆ちゃんは笑ってお盆を置く。


「「「いただきます」」」


 言って、サイダーを取っる。

 シュワシュワが焼けた喉に痛気持ちいい。

 

 サイダーを飲んで落ち着いたケンゴが、瓶を置いて、靴を脱いで正座する。

 そして真剣な顔で婆ちゃんに向かう。


「婆ちゃん、裏山入っていい?」


 剣道をやっているからか、ケンゴが正座すると、やたらとピンとしてかっこよく見える。

 婆ちゃんは

 

「秘密基地かい?」


 と言って、ニッと笑った。

 聞こえていたらしい。

 

 なぜ許可を取っているかというと、裏山は婆ちゃんの持ち物だからだ。

 そんなに大きな山ではないけど、けっこう凄いことだと思う。

 そして、学校から裏山へ行こうとすると、どうしても婆ちゃんちの前を通ることになる。

 だから、裏山で遊びたい小学生たちは、裏山に入る時に必ず婆ちゃんに挨拶することになっている。

 黙って登ろうと思ったら登れるけれど、みんなちゃんと挨拶しているみたいだ。

 婆ちゃんも、全員の顔を覚えていると言っていた。

 全員って、学校に通ってるぼくでも覚えてないぞ。本当かよ。

 

「婆ちゃんになら、言ってもいいかな……」


 ケンゴが腕を組んで言う。考えてるフリをしてるだけだ。どうせ何も考えてない。

 あ、決心したみたいだ。


「婆ちゃん、もうバレてるみたいだけどさ……俺ら、裏山に秘密基地を作りたいんだ。女子には内緒にしたいんだけど、いい場所知らね?」

「女子には内緒かい。そりゃ困ったね。アタシも女子なんだけども」


 そう言って婆ちゃんは笑う。

 コータが慌てて

 

「もちろんわかってます、学校の女子ってことです」


 と説明したら、婆ちゃんは「あっはっは」と豪快に笑って

 

「秘密基地を作るなら、いつもの表の道からじゃなく、うちの裏から登ればいい。他の子供たちに見つからない場所もあると思うよ」


 と答えてくれた。


「家の裏?」

「そうさね。少し谷になってて、葦が生えてて、きれいな場所だよ。ただ、石だらけだから、走り回るのにはあんまり向いてないかもね。それでも気に入れば好きに使うといい」

「へぇ!」


 なかなか良さそうだ。


「じゃあ、婆ちゃん、他の子には秘密にしてくれる?」

「そうさね、悪さしないなら、内緒にしといてやろう」

「やった!」

 

 許可をもらったぼくたちは、早速婆ちゃんちの裏に周る。

 婆ちゃんちには何度も遊びに来たけれど、裏ってあまり来たことがなかったな。

 ちょっと湿っぽくて、夏なのにひんやりしている。

 水色のバケツにホースがつっこまれていて、ちょろちょろと水がこぼれている。

 その横に、石積みの小さな階段があって、山に向かっていた。


「石段は苔が生えてて滑るから、気をつけること。川は浅いから危なくはないけれど、きれいに見えても虫がいるから生水は飲んだらダメ」


 婆ちゃんがいくつか注意してくる。


「わかった!」

「滑らないように気をつける、川の水は飲まない、ですね」

「ああ、それと、ほこらを見つけたら拝んでおきなさい」

「祠?」

「子供たちの守り神さね。悪さするんじゃないよ」

「わかった!」


 約束して、ぼくらは石段を登り始めた。

 階段を登りきったら、思いの外広い空間に出た。


「「「うおおお」」」


 思わず声が出た。

 この場所をぼくらが独占できるの? 本当に?


「い、行こうぜ!」


 ケンゴのテンションが上がりまくりだ。声が上ずってる。

 少し歩くと、今度は下り坂になっている。

 先には小川が見えている。


「川沿いに行こう。迷わずに済むから」


 コータが提案して、ぼくとケンゴが頷く。


 坂を降りて、川沿いを歩く。

 砂利道は歩き辛いけれど、日差しが気持ちいい。

 川の両岸は鬱蒼とした森になっていて、ちょっと入っていける気がしない。ぼくらみたいな子供の足で歩き回れるのは、どうしても川沿いになる。


「この辺、遊び場には良いけど、開けすぎてるよな」

「秘密基地って感じではないね」


 川沿いに、さらに奥へ奥へと向かう。

 でっかいトンボが飛び回っていて、川面に魚が跳ねる。

 途中で木の枝を拾って、杖にする。

 ケンゴは「剣」だと言い張っていたけれど。


 これは――テンション上がる!

 

 この場所を僕達が独占できるという事実に、全員がドキドキしている。

 しばらく歩くと、赤みがかかった目立つ大きな岩を見つけたので、みんなで休憩する。


「ここが俺たちだけの場所なんだぞ、ヤバいな!」

「でも、秘密基地っぽい場所がないね」

「そう簡単には見つからないだろ。もうこの辺一帯が秘密基地ってことでいんじゃないの?」

「隠れ家っぽくないと、秘密基地とは言えないでしょ」


 言いながら、川を覗き込む。


「おおおお」

「すげー」


 魚が沢山泳いでいるのを見て、さらテンションが上がる。


「いざとなったらこの辺でさ、魚捕まえながら住めるんじゃね?」


ケンゴがポツリと言う。


「お米とか野菜はどうするんのさ」

「婆ちゃんに分けてもらう!」

「だめじゃん!」

「どのみち、屋根があるところじゃないと、住むのは無理だよね」


 言って、周りを見回す。

 と。


「ねぇ、あそこ、もしかして石段じゃない?」


 ぼくが川岸の森を指差す。


「あ、ホントだ」

「え、どこ、どこ」

「ほら、松で隠れてる裏んとこ」


 赤い岩から飛び降りて、三人でそちらに向かう。


「あった!」


 そこには、確かに二十段くらいの石段があった。


「これ、よく発見できたね」

「入り口が木で隠れてるから、言われないと気づかないよね」

「もしかしたら大発見?!」

「行ってみようぜ!」


 三人で恐る恐る石段を登る。

 登りきると、細い道が続いている。


「続いてるぞ!」

「行こう!」

「「おー!」」


 ケンゴが手に持った枝を払いながら先へ進む。

 気分は大冒険だ。

 少し進むと、すぐにまた開けた場所に出る。

 

 そこに広がる光景に、僕たち三人はポカンと口をあけた。

 しめ縄がかけられた、ばかでっかい洞窟が口を開けていた。

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