一章 「秘密基地をダンジョンに」

#1

 ぼくには二つの記憶がある。


 一つは、今のぼく――小学4年生男子としての記憶だ。

 自分で言うのも何だけど、平均的な小学生だと思う。


 もう一つの記憶は、大人のぼく。

 そっちのぼくがいるのは、どうやらこことは違う別の世界っぽい。

 違う世界だと思ったのは、モンスターがいるからだ。

 ぼくは仲間と共にモンスターを倒したりしている。


 異世界のぼくは、今のぼくと違って、とても強く、たくましい。

 魔法をバンバン使う仲間と一緒に、剣を使ってモンスターを狩りまくる。

 自分のことなのに思わず「格好いい」と思ってしまうくらい。


 でも、その記憶はとてもぼんやりしていて、自分や、一緒にいる仲間 の名前も思い出せない。

 仲間のことを思い出すと、懐かしくて、嬉しくて、でもちょっとだけ寂しくなる。


 小さな頃に見た映画か何かと記憶がごっちゃになっているだけかもしれないけど、ぼくは自分の記憶だと信じてる。

 もしかすると、これが「前世の記憶」というものなのかもしれない――というのはちょっと出来過ぎかな?


 * * *


 現実のぼくは成績も普通、スポーツも普通。

 友達からは「いつも冷静な天然ボケ」などと言われている。

 失礼な。

 

 好きものは友達と家族と学校、それにこの町!

 一つ下の妹が生意気なのが玉に瑕だけど。

 

 住んでいる場所は、海沿いの田舎町。

 遊び場所ならいくらでもある。

 

 何といっても二人の親友、ケンゴとコータと一緒にいると、退屈するヒマなんてない。

 やりたいことはやり尽くせないくらいあるし、時間だっていくらでもある。


 三人ならどんなことだってできる。

 たとえば、もうひとりの自分がしているような「モンスター退治」だって、三人いっしょなら、きっと楽しいに決まってる!



 ▽



「ダイチ! コータ!」


 朝礼前の教室で、遅刻ギリギリで登校してきた親友のケンゴが、ぼくとコータに話しかけてきた。


「秘密基地作ろうぜ!」


 キュピーン、って感じで親指を立てる。

 下手くそなウィンク付き。

 無駄にテンションが高かった。


「また唐突な……」


 ケンゴが唐突なのは今更だけど、とりあえず突っ込んでおく。


「トートツ? トートツって何だ?」


 ケンゴ。本名は奥本おくもと 健吾けんご

 スポーツ万能で、県の剣道大会で入賞したこともある少年剣士だ。

 髪の毛がサラサラで服のセンスがいいので、やたら女子にモテる。

 馬鹿だけど。


「唐突、ってのは、いきなりって意味。で、何だって?」


 ぼくが「トートツ」について説明すると、


「秘密基地?」


 もう一人の親友であるコータがやってきた。


 コータ。本名は篠山しのやま 高太こうた

 ケンゴと違ってスポーツは得意じゃないけれど、学校で一番頭が良い、黒縁のメガネが特徴の少年だ。

 物静かで気弱そう――に見えて、実は誰よりもチャレンジャー。

 怖いもの知らずで、気になることがあると他のことは目に入らない。

 そのへんが、全くタイプが違うケンゴと馬が合う理由なんだろう。


 リーダー肌のケンゴと、頭脳派のコータ。それにぼくの三人は、幼稚園時代からの大親友だ。

 ちなみにぼく、仁科にしな 大地だいちは、暴走気味の二人をまとめるツッコミ役を自認している。


「どこだっていいだろ! な、どっか誰も知らないような場所にさ、机とか持ち込んでさ。作ろうぜ! 秘密基地!」


 ケンゴが興奮気味だった。

 まぁケンゴの場合、だいたいいつもテンションは高いけどね。


「秘密基地かぁ。うん、いいね。でもさケンゴ、今度は何に影響されたの?」


 ぼくの冷静なツッコミにケンゴは


「アニメ! 昨日やってた!」


 コータが納得顔で頷く。


「あー、あれでしょ、『向こう隣のお化け屋敷』?」


 ぼくは見たことがないけど、日本人なら誰でも知ってるアニメ映画の影響だった。


「ぼく見たことない」

「「マジでっ?!」」


 ケンゴとコータに驚かれてしまった。


「お前、それ絶対損してるって」

「ていうか、よく今まで見ずに生きてこれたね、ダイチ」

「そんなに……? いや、他のシリーズは見たことあるんだけど、『お化け屋敷』だけ見たことないんだよ」


 馬鹿にされたような気分になって口を尖らせてみせる。


「ふぅん、じゃあ説明するけど、最初さ、主人公の家の近くの空き家にさ」

「わーーーっ!? わーーーっ!! ケンゴ! ネタバレ禁止! いつか見るんだから!」


 なんてことをするんだ!

 ネタバレは、人殺しと泥棒の次くらいに悪いことだって教わらなかったの?!


 ぼくが慌てて止めるとコータが笑いながら止めてくれた。

 

「やめなよケンゴ、ダイチはネタバレはダメなタイプなんだから」

「えー、でもそれじゃ秘密基地の良さがわかんねぇじゃん」


 ケンゴが不満そうに口を尖らせる。どうやらワクワク間を共有したいらしい。

 気持ちはわかるけどネタバレされてたまるか。断固阻止だ。とにかく黙らせよう。


「いやいや、秘密基地。いいですね秘密基地。ロマンあるよ秘密基地。うん。ぼくも興味あるよ?」


 力説すると、ケンゴとコータがジト目でぼくを睨んだ。


「嘘くさい」

「ダイチ、ネタバレされたくなくてテキトウなこと言ってない?」


 ぎく。


「そそそんなことないし。なんなら、婆ちゃんに頼んで裏山とかに作ってもいいし」

「お! それいいじゃん」

「ダイチのお婆ちゃんちの裏山かぁ。ちょっと遠いけどあそこならいくらでも秘密基地作れそうだね」

「婆ちゃんはいつもサイダーくれるから好きだぜ」

「ま、有力候補の一つってことで」


 二人はすっかりその気だ。

 とりあえずネタバレは回避した。

 やったぜ。


「じゃあ、帰りに婆ちゃんちに寄る?」

「オッケ、行く行く」

「ぼくも行くよ」


 盛り上がっていると、横から声がかかった。


「なぁに? どこに行くの?」

「寄り道禁止だよ」


 同じクラスのカナちゃんと水無月さんだった。


 カナちゃん、本名は一倉ひとくら 香菜かな

 世界一可愛い女の子だ。

 背がちっちゃくて、細っこくて、パッと見は1年生みたい。

 でも、話ししてみると大人っぽくて、明るくて、優しくて可愛い(二回目)。

 肩まである黒髪と、でっかい目が本当に可愛い(三回目)。

 実は幼稚園の頃から好きなんだけど、もちろんその気持を伝えたことはない。


「女子は入ってくんな!」


 ケンゴが怒ったように言う。


「じゃあ大声で話しなきゃいいじゃん!」


 水無月さんもムッとしたように言い返す。


 水無月みなづき 有紗ありさ

 カナちゃんより頭二つくらい背が高い、パッと見上級生みたいな気の強い女子だ。

 少し赤い髪(地毛だ)をポニーテールにしていて、いかにも気の強そうな顔をしている。

 ぼくら男子三人組とカナちゃんは幼稚園時代からの友達で、水無月さんは小学校に入ってからの友達だ。


 そして、水無月さんがケンゴのことを好きなのは、当人たち以外全員が知っている。

 なのにいつも喧嘩ばっかしてんだよな。


 ぎゃあぎゃあ喧嘩しているのを放っておいて、ぼくとコータ、カナちゃんで話をする。

 コータどっか行ってくんないかな。

 

「ごめんね一倉さん、秘密の話なのでぼくの口からは言えないや」


 コータがカナちゃんに言うと、カナちゃんは困ったように笑って、


「いいよ、あんな大きな声じゃ『秘密基地』の話だって、クラス中に聞こえてるもん」


 あちゃー。ケンゴ、声でかいからなー。


「そこはそこ、ごめんカナちゃん、気付いてないフリしてやってくれる?」


 ぼくが頼むとカナちゃんは


「いい女は、聞かなかったフリも上手いんだよ」


 と笑ってくれた。

 カナちゃん、マジ可愛い(四回目)。

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