第6話 魂を空に帰すもの

同時刻。

平野平家。

今日は、弟子の中でも子供たちを集め、お泊まり会をしている。

対象は、その時々でも変わるが今日は未就学児(園児)と小学生を集めてのお泊まり会だ。

集まったのは十五人ばかりだが、古民家、しかも武家屋敷ということもあり低学年までは気分が高揚して寝る時間になっても布団を敷いた居間でワイワイ騒いでいたが高学年児童が四苦八苦しながらも眠らせた。

それに安心したのか、高学年児童もその直後に眠ってしまった。


「正行、正行」

名前を呼ばれ肩を叩かれ、正行はうっすら目を開けた。

そこには綺麗な星々と、その手前に石動肇が立っていた。

「あ、石動さん」

正行は拳で目をこする。

「そんなところにいると風邪を引くぞ」

『そんなところ』とは、居間に近い庭先の縁台である。

普段は縁側から居間に行けるが、夜は雨戸を閉めている。

「子供たちがあまりにうるさくなったら怒鳴ってやろうかと思ってたんですがね、流石に効きましたね。『おやすみ、ロジャー』」

――監視役のお前が寝てどうする!?

思わず、石動は内心で疑問に思ったがあえて黙っていた。

「で、息子はどうだ?」

実は、今回のお泊まり会には石動の息子も参加している。

まだ、弟子になったわけではないが友達の少ない内気な息子を心配して石動が道場主であり主催者である秋水に頼んだのだ。

秋水はあっさり了承した。

しかし、父親である石動は心配だった。

秋水が非常識な行動で変な言葉を教えるとかも考えたが、それ以上に深刻なのは子供同士で虐めにならないかということだ。

正行が静かに雨戸を開ける。

薄い夜の光に、子供たちが思い思いに寝ている。

ちゃんと、布団で寝ている子もいれば寝相が悪く掛け布団を蹴っている子供もいる。

その中で息子も隣の子にしがみついて安らかに寝ていた。

「俺が見た様子でも、少し物珍しがられましたけど、すぐに打ち解けました」

子供たちを起こさないように小さい声で正行が報告した。

「そうか」

石動も小さい声で答えた。

雨戸を閉める。

「あと、おやっさんに用事があるんだがどうした?」

「いや、最近、風邪を引いたのか、あんまり道場とかにも出ないんですよ。仕事はやっているようですがね………」

そういいながら正行は大きな口を開けて欠伸をした。

「すいません、もうちょっと寝ていいですか?子供たちって元気ありすぎ…………」

そう言いながら正行は再び縁台で寝てしまった。


石動は音もなく土間に入る。

襖などで仕切られている居間の脇を抜け、風呂場との間にある細い階段を見つける。

靴を脱いで、気配と音を消し二階に上がる。

そして、手前の部屋の襖を開ける。

ここは正行の部屋だ。

和室で窓際には勉強机に通学鞄、横には本棚に布団……

パソコンもなければベットもない。

どこか『清貧』という言葉があった昭和の匂いがする。

ただ、壁に伝説のボクサー『マック・ア・ルイン』のボスターが張ってある。

すでに引退してずいぶん経ったが正行は憧れている。

と、石動は表情を引き締めると向かって左側。

押し入れの前に立つと襖を開けた。

そこには、布団が山になっていた。

「おやっさん、起きています?」

布団から秋水の顔が生えた。

実は、秋水の部屋は隣にあるが趣味のガンプラやアイドルグッズに本などでほぼ寝るスペースがなく、正行の断り無しに勝手に部屋を隔てる押し入れを改造しベットにしてしまったのだ。

「あれ?石動君?」

だが、普段の秋水とは違っていた。

顔には無精ひげが生え、目には生気がない。

いつもなら、様々な厄介事(トラブル)を解決するのに石動を何だかんだと言って連れ出し、みんなでわいわいギャーギャーするのが大好きな男である。

それが、文字通り無気力なのである。

「俺は、今、なーんのやる気もねぇんだ。面倒事なら、もう少し後にしてくれ」

この言葉も珍しい。

だが、石動にとっては想定の範囲内だった。

再び布団に潜り込もうとする秋水に石動は再び声を掛けた。

「おやっさんの好きな鮎焼きを買ってきました」

再び顔を出す。

「食べます?」

持って来た紙袋を差し出す。

袋には【わかさや】と書かれている。

「食う」

布団の中から魔法瓶を出し、渡された紙袋から鮎をかたどった和菓子を出し食べ始めた。

魔法瓶の中はほうじ茶なのか香ばしい匂いがする。

甘いものに飢えていたのか、お茶を飲みながら数分で十個ほどの鮎焼きは秋水の胃袋に収まった。

その結果、いささか、秋水の眼も輝きだした。

「何か用かい?」

ようやく、聞く気になったらしい。

「おやっさんに、一つ聞きたいことがありまして…………」

「何さね?」

少し戸惑い石動は秋水を見てはっきり聞いた。

「おやっさんは、あの老人を……沖場先生が『殺してくれ』と言った老人を殺したんですか?」

――ツボを使った暗殺術は集中力が必要で大変だ

もしも、秋水が暗殺の為にツボを使ったとすれば、この状況は理解できる。

石動自身は『気』なる未知のエネルギーの存在は信じない。

だが、過度の集中力は、その後、無気力になりやすい。

「殺したってのは、死んだのか? あの爺さん………どうして、知った?」

「息子さんが俺の取引先の相手で、相談されたんですよ。『親父は憎んでいるが心配だ。今、病院に入院している父を何処か安心して預けられるホームに入れさせたい。何処かあるか?』って……でも、その最中に病院の電話で死んだことを知ったようで……」

「そうか、死んだか……案外早かったなぁ…………」

「え?」

秋水の言葉に石動は驚いた。

殺したのであれば、早いも遅いもないはずだ。

石動の反応に秋水は意味ありげに口角を上げた。

「死神ってものが、生きている人間の命を奪うだけなら人間でもできる。でも、同時に救われない魂を苦痛なく拾い上げて天に送る手助けができるものが本当の意味で『死神』なのかも知れんなぁ」

「天に送る手助け…………………」

「土は土に、水は水に………………方法こそ真逆だけど大きなものの助けをしているんじゃないのかな?兄ちゃんも俺も………………」

「あれ?石動さん」

そこに正行が入ってきた。

「そろそろ、日付、変わりますよ」

正行が言う。

腕時計を見ると確かに、短針と長針が頂上で合わさりそうだ。

妻も心配しているだろう。

「じゃあ、帰ります」

石動は秋水に一礼する。

「おやすみ」

そういうと、秋水は襖を閉めた。

「すいません………」

正行が頭を下げる。

「親父が『気を使う仕事をして疲れた』と言ってからああいう状態なんで……」

「いいよ、あの様子じゃあ後数日すれば元に戻るよ……おやすみ」

「おやすみなさい」

石動が去って行く。

正行も布団を敷いて服を脱いで下着姿になる。

「親父さぁ、中指の突き指ぐらいで寝込むなよなぁ……」

襖を見るが反応はない。

溜息を吐いて、正行は布団に潜り込んだ。

明日は、下で寝ている子供たちを起こして一緒に朝飯を作る予定になっているのだ。














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雨のち晴れのち曇り 隅田 天美 @sumida-amami

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