新しい陽光
【グ、ガ……カ……………】
マレビドスを打ち破ってすぐに、全身から光を失ったヤタガラスはその場に倒れ伏した。
見ればその身体は、あちこちから湯気を立ち昇らせている。全身を覆う黒い羽根は焼け爛れ、まるで抜け落ちてから何ヶ月も経ったかのようにボロボロだ。目も血走り、口からは沸騰した涎が零れている。
なんの手当ても行わなければ、そのまま死ぬのではないかと思えるほどの重体。恐らくマレビドスを撃破したあの姿……宇宙から光を集め、空だけでなく自身の身体からも
結果的にマレビドスは倒せたが、ヤタガラスの命も危険な状態である。そして怪獣の……野生の世界に、傷付いたものの治療を行うような存在はいない。
「……これが、ヤタガラスの最期かもね」
真綾の口から出た可能性を、百合子は否定出来なかった。
「……助かる可能性は、ないのでしょうか」
「ないとは言いきれない。核兵器に耐えるどころか、光を人間が知らない原理で曲げるような奴なんだからね。脱皮してピカピカの新しい身体が出てきても驚かないわ」
冗談めかした物言いだが、まず無理だと言いたいのだろう。
最強の怪獣は、最強の怪獣のまま永遠となるのか。そうなった場合、世界はどう変わるのか。怪獣を生み出した元凶は倒されたが、だからといって怪獣を生み出した原理……宇宙細菌は消えていない筈。これからも世界は怪獣が暴れ続ける。ヤタガラスがこれまで喰い殺してきた怪獣達は、果たして日本にどんな影響を与えるのだろう……
分からない事だらけで、不安は大きい。けれども今の百合子にとって、一番気に掛かるのはそこではない。
「(茜さん……)」
倒れて動かなくなったヤタガラスの姿を、じっと見つめている親友の方だ。
仇が倒れたところ見て、茜は何を思っているのだろう。自分なりの答えを見付けられそうになっていた時となれば、尚更心を大きく掻き乱された筈。なんと声を掛けたら良いのか。
百合子は考えを巡らせたが、答えは出てくれず。逃げるように視線を逸して真綾の方を見たが、真綾も茜から目を逸らしている。誰も、親友に掛ける言葉が見当たらない。
百合子達はただ、時間が過ぎていくのを待つ事しか出来なかった……
ヤタガラスが地に伏して、一夜が過ぎた。
明けた今朝の天気は快晴。雲一つない、爽やかな青空が広がっている。
降り注ぐ春の日差しを浴び、都市が光り出す。その光は廃ビルや瓦礫を覆う植物達の煌めき。人工物が自然に飲まれる光景はなんとも物悲しいが、同時に心惹かれる美しさもある。抱く感情はそれぞれ違うにしても、目の当たりにした人間の多くは、きっとこの景色を延々と眺めてしまうだろう。
ただ、今に限れば景色よりも目を引くものがあるのだが。
「これが、ヤタガラス……」
「ようやく、超至近距離で顔を拝む事が出来たわね」
百合子が思わず漏らした言葉に、真綾がそう語りながら相槌を打つ。
百合子達のほんの十数メートル先には、ヤタガラスがいた。
昨晩繰り広げたマレビドスとの戦いの後に倒れ伏してから、ヤタガラスはぴくりとも動いていない。念のため百合子達は交代で仮眠を取ってヤタガラスを監視していたが、少なくとも目視で捉えられる動きは一度もなかった。今も至近距離で見ているが、呼吸で胸が動く事もない。
恐らく、本当に死んでいるのだろう。
「……やっぱり、死んでしまった感じでしょうか」
「そうなんじゃない? ひょっとしたら、とは思っていたけど、流石に脱皮はあり得なかったみたいね」
マレビドスに止めを刺した一撃は、ヤタガラスにとって相当危険な技だったのだろう。一か八かの勝負を仕掛け、耐えられずに死んだというのは……マレビドスの強敵ぶりを思えば、仕方ない結果だ。
大怪獣ヤタガラスに自己犠牲の精神はない筈だ。自分の生存やテリトリーを脅かすライバルと戦い、残念ながら共倒れになっただけ。そんなのは野生の世界ではあり触れた話だろう。大きな獲物を捕まえたは良いが口に詰まってしまい、エラ呼吸が出来ず窒息死した魚のように。
だからヤタガラスの死に、大した意味などない。いや、そもそも物事に意味を持たせるのは人間だけだ。逆に言えば、人間はヤタガラスの死に意味を持たせようとしてしまう。
百合子達と共にヤタガラスを見つめている、茜のように。
「……私さ、ヤタガラスを殺そうとしていたじゃん」
「……そうですね」
「結局それは失敗した訳だし、昨日の戦いを見た感じ何をしたって勝てないと思うけど。でもなんかの拍子にヤタガラスを倒していたら……人類にマレビドスが倒せたと思う?」
「……それは」
「無理ね。ヤタガラスには夜間の戦闘力低下という明確な弱点があったけど、マレビドスにそれはない。何か弱点はあったかもだけど、奴の戦術的な行動からして、それを調べる時間的猶予はなかったでしょうね。それに世界中の怪獣を操れるマレビドスに、組織力で挑む人間は相性が悪いわ。アイツと肉薄するには、単体でずば抜けた戦闘能力がないと無理よ」
茜の言葉に百合子が返事に詰まる中、真綾はなんの迷いもなくそう答えた。
反射的に、百合子は真綾を睨む。その物言いは、人間がヤタガラスに勝っていたら、マレビドスに地球は食い尽くされたと肯定する事なのだ。
世界は人間の思い通りに動くものではない。そんな事は茜も分かっているだろうが、だとしても自分の行いが原因で地球を滅ぼしたかも知れないとなれば、誰だって傷付く。ましてや地球を救った存在が、大切な姉を奪った仇ならば……
茜のメンタルを大事にしたい百合子としては、真綾の物言いは許せない。真綾ならば百合子の気持ちは理解しているだろう、が、気にも留めていないのか。真綾は肩を竦めるだけだ。
「……うん。そっか、そうだよね」
茜も、傷付いたというよりは納得したように見える。
親友だからといって、心の全てが見透かせる訳ではない。茜の求めていた答えは真綾の語った、ハッキリとした『現実』なのだとすれば……答えに躊躇った自分が、酷く不誠実だと百合子は思ってしまう。
そして求めていたとはいえ、現実の辛さに打ちのめされたかの如く項垂れた茜に、掛ける言葉も見付からない。
「そ、それにしても、凄い人ですね。百人ぐらい集まってるかも」
居たたまれない気持ちに耐えられなくなった百合子は、別の話題を振る。
逸した百合子の視線に映るは、ヤタガラスの身体に群がるように集結する人々。全員が迷彩服を着ている点以外は、歳も性別もバラバラだ。彼等はヤタガラスの身体に対し、ピンセットのようなもので一部を採取しようとしたり、クレーンの鎖を巻き付けたり、様々な『作業』を行っていた。
彼等は自衛隊員と怪獣研究者だ。ヤタガラスの『死体』という貴重な研究素材があると真綾から知らされて、今朝になってようやく到着した。彼等はこれからヤタガラスの身体を持ち出し、研究するつもりらしい。とはいえ大きさが大きさなので、まずは持ち出しやすいように解体から始めるらしいが。
「私が聞いた話だと、今の時点で百五十人以上集まっているらしいわ。遅れて到着する部隊を含めれば、四百人以上が集まるそうよ」
「地球を守った怪獣も、死ねば標本箱行きか」
「アインシュタインの脳みそだって、死んだら標本にした挙句輪切りにすんのが人間よ。怪獣の扱いならこんなものね」
「なんつー諸行無常……」
地球の救世主に対するあんまりな扱いに、茜も苦笑い。
とはいえヤタガラスの身体には、人間の知らない秘密が山ほど眠っている。その身体を解明すれば怪獣対策や、ヤタガラスという存在への理解も進むかも知れない。
あらゆるものを糧にして、前へと進む。それが人間達が文明を発展させるためにしてきた事。今までがそうだったように、これからもそうであるというだけだ。
……と、真綾は顔で語っている。心が読める訳がないのであくまでも百合子の想像だが、ほぼ確実に的中しているという確信はあった。
「(まぁ、確かにその通りだとは思いますけどね。ヤタガラスが死んだからって、人間がそれに付き添って心中する訳じゃない。私達はこれからも、ここで生きていくんです)」
ヤタガラスがいなければ、人間の明日はなかっただろう。けれどもヤタガラスと共に、明日を終える必要もない。
ヤタガラスが結果的に守ってくれた『明日』を、しっかりと生き抜いていく。都合の良い考え方かも知れないが、それが自分達人間の出来る事なのだと百合子は思う。
この星でこれからも生きていく。その意思を伝えるように、百合子はヤタガラスを前から見据えて―――−
「……ん?」
ふと、疑問を覚える。
ヤタガラスの身体が、虹色の光を帯びてきた事に。
「……あの、真綾さん? ヤタガラスの身体が、なんか光り始めてるような」
「あん? あー、光子フィールドが再生してる感じね。羽根に光を蓄積する構造があると考えれば、晴れていたら勝手に光り出すのは自然な事だと思うわよ。しかしそうなると、解剖は夜まで待たないと駄目かも。腐ると標本としての価値が落ちるから困るわねー」
思わず真綾に尋ねると、返ってきたのは特段危機感のない答え。成程、確かに生来持っている構造由来のものだとすれば、輝きが戻ってくるのは当然の出来事だろう。
が、それならそれで気に掛かる。
百合子は何度もヤタガラスを目撃してきた。昼間に光り輝く姿も見ているし、夜の輝いていない姿も見ている。ヤタガラス研究者よりも詳しい、なんて驕り高ぶった台詞は吐かないが、それなりには詳しいつもりだ。少なくとも写真しか見た事がないような連中よりは知っている。
だからこそ一つ、疑問点に気付いた。いや、或いはずっと感じていた違和感と言うべきか。
「ところで、なんでヤタガラスの光子フィールドって常に揺らめいているのでしょうか? 近くで見た感じ、羽毛が波打ってる訳じゃないようですけど」
その違和感を言葉にしてみると、真綾はまるで引き攣るように表情を一瞬強張らせる。
次いでじぃっと、真綾はヤタガラスを見つめた。首を傾げたり、目を擦ったりもしている。それからしばし考え込んで……百合子と茜の手を掴む。
「うん。念のため離れましょ、念のために」
やがて告げてきたのは、口調は冷静なれど不安を煽る言葉。
百合子と茜は僅かに迷ったものの、親友の言葉に反発などしない。二人揃ってこくりと頷き、三人同時に大股開きで走り出す。
傍から見れば滑稽を通り越して奇怪。百合子達の動きに気付いた自衛隊員や研究者が訝しげな顔になるのも仕方ない。尤も、彼等も百合子達が走り出した理由をすぐに察した。
ヤタガラスがゆっくりと、その顔をもたげた事で。
「へ? わ、わああああああっ!?」
「や、ヤタガラスが動いた!?」
「逃げろ! 早く!」
ヤタガラスの動きに気付き、傍に居た人間達は一斉に逃げ出す。
百合子達が先に逃げていた事ですぐに動き出せた……のかは分からないが、全員が迅速に動いた事でヤタガラスの傍からあっという間に人はいなくなる。お陰で、起き上がったヤタガラスが力強く地面に付いた翼の下敷きとなる者はいなかった。
【グ、グガァァァ……!】
ヤタガラスは口を開き、か細く、けれども重々しい唸り声を漏らす。
声はハッキリ言って弱々しい。未だ項垂れたような体勢であるし、身体を覆う光微かなもの。
だが、間違いなくヤタガラスは生きている。
マレビドスの戦いで力尽きたと思っていた大怪獣は、一晩の眠りを経て再び目覚めたのだ。
「……成程。どうやら光子フィールドの形成には、単に構造だけじゃなく、ヤタガラス自身の関与も必要なのね。考えてみれば当然で、構造によるものなら表面が動かない限り色彩の変化はない筈。でも光子フィールドに包まれていたら、風などで羽毛の表面が波立つ事すらあり得ない。なら光子フィールドが揺らめいて見えるのは、光の軌道を捻じ曲げる力で光子を流動させた結果と考える方が自然だわ」
「れ、れれれれ冷静に判断してる場合じゃないですよぉ! 早く逃げないと……」
「そうなんだけど、いざヤタガラスが動き出したと思ったらまた腰が、こう、すとーんっとね?」
「ええええええぇーっ!? また抜けたんですかぁ!?」
「アンタ、デスクワークのし過ぎで身体が老化してんじゃないの!?」
ヤタガラスを前にして腰が抜けたと申告する真綾に、茜から強烈なツッコミが入る。とはいえそこで茜を置いて逃げ出さず、引きずって連れて行こうとする辺りが茜らしいが。百合子も逃げず、真綾を引きずる手伝いをする。こんな事をしてもヤタガラスからは逃げられないが、飛び立った時に少しでも離れていた方が『マシ』だ。
幸いにしてヤタガラスが空へと飛ぶ事はなかった。どうやらまだまだ体力が回復しきってはいないらしい。息は荒く、俯いたような状態のまま。
それでも身体に滾る力は、少しずつ強さを増している。光子フィールドの輝きも刻々と増強くなっていた。もう、回復はすれども倒れはするまい。たった一晩ぐっすりと眠っていただけで、完全復活したようだ。超常的な生命力と言わざるを得ない。
この怪獣について、常識なんてものは当て嵌まらない。分かっていたつもりであるが、人類は改めて思い知らされた。
【……………】
尤も、ヤタガラスはそんな小さな人類など眼中にもない。ゆっくりと身体を起こし、ついに立ち上がる。
そして、一点をじっと見つめた。
……ヤタガラスが人間など大して気にしてないのは、今更だ。しかし眠りから目覚めたばかりで、一体何を見ているのだろうか? 疑問を抱いた百合子の視線は、無意識にヤタガラスと同じ方へと向いていく。
答えはすぐに明らかとなった。されど百合子の脳はそれをすぐに理解出来ない。
大空を飛んでいる巨大生物がいるというだけなのに。
「……な、ん、ですか、あれ……」
思わず、百合子は呟きながらそれを指差す。
声に出せば真綾と茜はその方を見てくれた。そんな百合子達の動きを見て、同じく空を見上げた自衛隊員や科学者もいたが、誰一人として百合子の疑問に答えてはくれない。
広げるは漆黒の翼。
身に纏うのは真っ黒な羽毛でありながら、その身体は虹色の光で輝いている。長く伸びた尾を持ち、悠然とした羽ばたきで巨大な身体を浮かせていた。そしてその顔にある双眼は鋭く、獰猛さと力強さを目の当たりにした生物全てに思い知らす。
誰が見ても、それはヤタガラスだ。百合子達の知るヤタガラスは、未だ地面に伏せているというのに。
しかし、何より気にすべき点は――――
「(な、なんか、二羽、いるんですけど……!?)」
空飛ぶヤタガラスが複数いる事だろう。
何故大怪獣ヤタガラスが二羽もいるのか。突然突き付けられた情報に、百合子はぼんやりと立ち尽くす事しか出来ない。それどころか自衛隊員や科学者達さえも棒立ちするだけ。
ゆっくりと、震えながらも最初に声を発したのは、真綾だった。
「……ヤタガラスが一般的な怪獣と違う、地球で進化してきた生物だって話は前にしたわよね」
「は、はい。ちゃんと覚えてます」
「つまり、地球のどの時代かは分からないけど、ヤタガラスという種が繁栄した時期が存在する筈。現代ではなさそうだけどね、あれだけアグレッシブに活動するなら、とっくに発見されているだろうし」
これが何を意味するか分かる? そう尋ねてくる真綾に、百合子は言葉を詰まらせた。だが少し考えてみれば、一つの可能性を思い付く。
ヤタガラスは、現代で栄えていた種ではない。
ならば何時栄えていたか? 当然過去の、少なくとも現代文明を築く前の時代だろう。つまり数千年、数万年……もしかしたら数千万年前かも知れないほどの昔。それだけの大昔の生き物が、どうして現代に現れたのか?
可能性があるとすればただ一つ。
「……なんらかの方法で、休眠していたのですか。何万年、何十万年、或いはそれ以上の月日を」
「そんな! いくらなんでも……」
「今更常識を語るなんてなしよ、茜。むしろその方が理に適ってる。大型動物は個体数の増殖速度が遅い。一度食べ尽くしたら、元の数に戻るまで数千年、数万年と掛かるわ。だったら一度食べ尽くした後、ぐーすか眠って個体数の回復を待つ方が良いと思わない? それに、そう考えれば何故現代になってヤタガラスが現れたのかも説明出来る」
巨大生物が繁栄したら目覚めて、その生物を食い尽くすまで活動し、滅ぼしたら眠って次の時を待つ。
ヤタガラスがそのような生態を持っているとしたら、怪獣の出現は正に『獲物』の出現と言えよう。怪獣の数がまだ少なかったのか、或いは気の早い個体だったのか。ともあれ百合子達の知るヤタガラスだけが最初に目覚め、活動していたのだ。
そしてヤタガラスの死闘が切っ掛けとなったのか、また新たな個体も目覚めた。
「ヤタガラスがどれだけいるか分からないけど、数百羽と現れるかも知れない。それも世界中でね」
「……怪獣大戦争どころの騒ぎじゃないね。今度は核兵器も効かない怪獣が、大空を飛んでくるんだから本当にどうにもならない」
たった一匹で日本から空路を奪い、自衛隊を壊滅させ、アメリカ軍にも被害を与えた大怪獣ヤタガラス。それが群れで現れるなど、悪夢を通り越して最早ジョークだ。間違いなく人類文明は間もなく崩壊する。
しかし希望もあるのではないかと、百合子は思う。
「でも、それならヤタガラスが怪獣を全て食べ尽くすかも知れませんよね? そうしたら、また地球は平和になるかも……」
ヤタガラスが獲物を食い尽くしては休眠するという生態があるとして、怪獣達がその例外になるとは思えない。恐らくヤタガラスは怪獣を好き放題に食べまくるだろう。
怪獣達は凄まじい繁殖力と成長速度を持つ(それこそ一年も経たずに体長数十メートルの怪獣が幾つも現れるぐらいに)ため、ヤタガラスが大食漢でも中々食い尽くす事は出来まい。しかし最強の怪獣ヤタガラスには天敵がいないため、どんどん数は増えていく筈だ。最後は怪獣の『生産力』を上回り、食べ尽くすのではないか……
「まぁ、可能性はあるけど、何年掛かるか分かったもんじゃないわ。世代交代ぐらいはしそうだし、三十年は必要かも知れないわね」
「うぐ……」
残念ながらその希望的観測は、かなり見込みのないものらしい。真綾にバッサリ切り捨てられてしまった。
「それに、アレ、見てみなさいよ」
そして追い打ちを掛けるように、真綾はある場所を指差す。
彼女が示したのは、百合子達がよく知る、地上に立つヤタガラス。
ヤタガラスは激しい闘志を露わにしていた。怒りと呼んで差し支えない激しい感情は、それを見ているだけの百合子達の背筋を凍らせる。だがヤタガラスが見ているのは百合子達人間ではない。
空を飛んでいる、二羽のヤタガラスだ。
【グ、グガアアアゴオオオオオオオオッ!】
ヤタガラスは激しく吼える。お世辞にも友好的な感情を感じさせない、猛々しい咆哮だ。
空飛ぶヤタガラス達はその咆哮を受けて、特段気にした素振りも見せない。むしろ、遠目なのであくまでも百合子の印象であるが……嘲笑うように目を細めているようにも見える。
その顔が、堪忍袋の緒をブチ切ったのか。
【グガアアアアアアアアアアアッ!】
怒り狂った叫びを上げながら、ヤタガラスは空にいる二羽のヤタガラスに向けて飛び立つ。間違いなく、荒々しい事を起こすために。
二羽のヤタガラスも退かない。嘲笑う目付きは消え、獰猛さと狂気を宿した瞳に変わる。こちらも荒事上等と言わんばかりだ。
「どうにもヤタガラスは縄張り意識の強い動物みたいね。まぁ、大食漢の肉食動物ならそれが当然だと思うけど」
「……えっと、そうなると……?」
「ヤタガラスの数が増えて高密度化すると、仲間同士の争いが勃発する。それが次の休眠を促進するかも知れないし、個体数の『間引き』として機能するかも知れない。もし後者なら、許容する個体密度次第じゃ怪獣の繁殖力と釣り合うかも」
肩を竦めながら語る真綾。それはつまり、もしかするとヤタガラスは永遠に地球を支配するかも知れないという事だ。
しかもヤタガラス同士の戦いがあちこちで、絶え間なく起きる可能性もある。自然も怪獣も、そして人類文明も、何一つ例外なく滅茶苦茶にされるだろう。
きっと今日までの七年間すらも比にならない、大きな変化が地球全体で起きるのだ。
「……あっ、ははははは! ははははは!」
百合子がそう思っていたところ、不意に茜は大きな声で笑い出す。
気が触れたのかと思ってしまうような大笑い。しかしそんなネガティブなものではない。
吹っ切れたような、大笑いだ。
「うん。なんかもう、うじうじ考えるのは止めだ! 私はアイツが憎くて憎くて仕方ない! 何時かその面……ぶっ飛ばしてやる!」
そして堂々と、復讐を諦める気がない事を言葉にした。
――――それは自分では叶えられない夢だと、きっと茜は分かっている。
分かった上で『将来』に何かを残したいのだ。ヤタガラスが支配する事になる世界で、人が生き延びていくための方法……或いはそのヒントを見付け出すための礎になるという形で。
「ようやくマシな顔付きになったわね。前向きな研究なら、私も手伝うわよ」
真綾は茜の気持ちを後押しする。彼女が言うように、今の茜は前向きだ。感情の本質が変わらなかったとしても。
百合子も同じ気持ちだ。前向きな彼女を手伝うなら、喜んで手を貸す。
そう、この新しい世界でも。
世界は変わった。怪獣達に支配された世界から、ヤタガラス達に支配された世界へと。
一体どんな世界になるのだろうか。
ちっとも分からない。しかし今までだって、分かっていたつもりになっていただけだ。未来の事は分からないのが当然なのに、明るいものだと信じていただけ。つまり絶望を突きつけられたようで、実際には何一つ変わっていない。
だから全力で生きるのみ。全力で、前を向くだけで良いのだ。人間以外の生き物は、そうやって日々を生きてきているのだから。
そう考えれば、百合子は『今』の自分が何をすべきかもすぐに理解出来る。
「そんな進路希望言ってる暇があるなら、さっさと逃げますよ! どう考えても此処にいたらヤバいです!」
「おうよ! 未来に向かって脱出だ!」
「いや、それ自爆する時の……」
百合子の言葉に、親友達はそれぞれの反応を示しながら走り出す。
新時代の幕開けを告げるように、大空から七色の破壊光線が地上に降り注ぐのだった。
極光大怪鳥ヤタガラス 彼岸花 @Star_SIX_778
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