圧倒する宇宙

【ビルガァッ!】


 先手を打ったのはマレビドス。再生した分を含めて六本の触手がヤタガラスの方を向くや、眩い閃光を放つ。

 閃光の正体は電撃だ。ここまでヤタガラスを何度も苦しめた攻撃だが、此度のものは今までよりも遥かに太い。

 高出力故に大気分子を突き飛ばしているからか、電撃は殆ど曲がらずヤタガラスの方へと直進。ヤタガラスは自ら光り輝いて光子フィールドを作りつつ、二枚の翼を前に出して盾のように構えてこれを受けた


【グガアアアッ!?】


 が、数秒と持たずに押し倒される。

 雷撃はヤタガラスを押し倒しても終わらず、そのままヤタガラスを転がすように押していく! ヤタガラスも構えた翼で電撃を受け止め、どうにか直撃だけは避けようとするが……それも十秒と経たずに崩れ、無防備となった胴体に受けてしまう。


【ガギィアアアオオオオオオオ!?】


 数百メートルと雷撃に突き飛ばされ、ヤタガラスが悲鳴とも雄叫びとも付かない鳴き声を上げた。周りには倒れかけた廃ビルがあり、その鳴き声による震動で次々と倒れる。

 マレビドスにも傾いた廃ビルの一つが襲い掛かった、が、マレビドスはこれを触手を一本振るうだけで対処。倒れてきたビルは呆気なく押し返され、轟音と粉塵を撒き散らす。それらは傍にいるマレビドスにも襲いかかった。

 だがマレビドスは音と煙に興味も持たない。その巨大な単眼で見るのはヤタガラスのみ。

 マレビドスは電撃を止めると、倒れたヤタガラスに躙り寄る。ここで距離を詰められるのは不味いと判断したのか、ヤタガラスは翼を広げ、素早く空へと飛び立つ。逃げるつもりはなさそうだが、マレビドスの頭上を取るように飛んでいた。空はヤタガラスの得意な戦場。少しでも不利な要素を潰そうとしているのだろう。

 されど今のマレビドスにとっては、それすらも小細工。


【……………ピィ……ルルルギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!】


 猛々しい叫びを上げるや、マレビドスが掲げた六本の触手の先から光線が迸った!

 ただし光線の数は六本ではない。触手の先は僅かに開いていて、そこから無数の光線が放たれる! さながら蜘蛛が巣を張るように、大量の光線が空を覆い尽くす。

 逃げ場がない上に、全身の至るところを撃ち抜く光線の散弾。しかも見た目の太さからして、威力は今までの比ではない。

 ヤタガラスにとって光線技は、自身の光子フィールドを強化してくれる力だ。その力で熱核兵器にも耐えている。恐らく純粋なレーザーならば、どれだけ高出力であろうともヤタガラスは難なく耐え抜くだろう。

 だがマレビドスの光線はレーザーではないと、真綾は予測した。予想通りなら荷電粒子砲……光速に匹敵する速さまで加速した粒子による『打撃』だ。生半可な出力では為し得ないが、光の強さ以上の威力を持たせる事は可能であろう。

 荷電粒子砲ならば、ヤタガラスの光子フィールドを激しく揺さぶる事が出来てもおかしくない。


【ガッ、アァ……!?】


 無数の光線に撃たれたヤタガラスは、苦悶で顔を歪め――――落ちていく。

 そして大地に足からではなく胴体から着地。こんな降り方ではバランスも取れず、ごろごろと地上を転がってしまう。

 端的に言えば、それは墜落と呼ばれる落ち方だ。

 人類のあらゆる航空戦力を、宇宙空間に浮かぶ衛星すらも落としたヤタガラスが、為す術もなく落ちる。これだけで人類側に言葉を失わせるのには十分な光景だった。

 ヤタガラスは地上を転がりながらも、なんとか体勢を立て直そうとする。しかし何度も失敗して横転。何百メートル、いや、一キロ以上の距離を転がってしまう。


【グガァアアッ……!】


 どうにか止まったのは、瓦礫の山に身体を打ち付けてから。核爆発を彷彿とさせる勢いで舞い上がる粉塵が、激突の威力を物語っていた。

 濛々と立ち込める瓦礫と煙がヤタガラスの姿を覆い隠す。それでもヤタガラスの全身から放つ、太陽が如く眩い光があるので存在は確認出来る……と思ったのも束の間、その光がチカチカと明滅を始めた。まるで、寿命が近い電灯のように。

 今まで絶え間なく輝いていた光が明滅する。ヤタガラスがどのような存在であるか、詳しく知らなくとも意味ぐらいは分かるというもの。苛烈な攻撃を受け続けてダメージが蓄積し、光子フィールドや光分解の力が維持出来なくなっているのだ。


【グ……グガアアアアゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!】


 されどヤタガラスは未だ退かず。翼を羽ばたかせて粉塵を吹き飛ばし、勇猛果敢に姿を現す。明滅していた全身の光も、一際強く、そして途切れる事なく輝かせた。

 しかし臆さないのはマレビドスも同じだ。

 マレビドスは猛然と地上すれすれを飛行。ヤタガラスに正面から迫る! 迫りくる強敵にヤタガラスは即座に大地を踏み締め、自らも前へと突き進む!

 両者共に逃げる気どころか躱すつもりもない。二体の大怪獣は正面からぶつかり合う!


【グギガアァッ!?】


 突き飛ばされたのはヤタガラス。これまでどんなに体格が上回る怪獣にも力負けしてこなかった彼が、マレビドスの体当たりには抵抗すら儘ならなかった。

 しかしヤタガラスにとってこれは既に想定内の展開か。突き飛ばされた勢いを利用してぐるんとバク転。その勢いを乗せて、光り輝く尾羽を振るう!

 光り輝く尾羽はさながら剣。否、事実それは剣なのだ。光分解の力を纏った尾羽により敵を切り裂く――――生物というよりもロボットや兵器染みた攻撃だ。

 油断して直撃を受けたなら、今のマレビドスにも小さくないダメージを与えられたかも知れない。だがマレビドスは即座に触手を二本構え、この攻撃に備える。強い煌めきを放つ緑色の電磁フィールドは、ヤタガラス渾身の一撃を受け止めてしまう。

 自慢の攻撃を止められて、ヤタガラスも僅かに動揺したのか。その身体がほんの一瞬強張った、その隙を突くようにマレビドスが触手を振るう。たった一本の触手だったが、目にも留まらぬ速さで放たれたそれは衝撃波を纏うほどのパワーを宿していた。


【ガッ!?】


 殴られたヤタガラスの身体が、空中で回転する。横向きの回転に抗おうと翼を広げるも、受けたパワーが大き過ぎるようですぐには止まれない。

 マレビドスは新たに触手を伸ばし、ヤタガラスの足に巻き付けた。突然動きを止められる格好となったヤタガラスは地面に落ち、巻き付いたままの触手はヤタガラスの足を引っ張る。地上で引きずられ、ヤタガラスは全身を使って暴れるが、マレビドスの触手を振り解くには至らず。

 マレビドスは触手と共に高々とヤタガラスを持ち上げるや、地面目掛けて勢い良く振り下ろす。

 ヤタガラスを遥かに上回るパワーからの叩き付けは、大地を激しく震わせた。辛うじてだが光子フィールドを纏っているにも拘らず、ヤタガラスは打撃で苦しそうに喘いだ。それでもマレビドスは手を抜かず、何度も何度も、ヤタガラスを大地に叩きつける。


【ピルァァっ!】


 最後は止めとばかりに、身体を捻るほどの大振りでマレビドスはヤタガラスを投げた。

 最早、何百メートルなんてものではない。何キロもの距離をヤタガラスの身体は飛ばされ、止まったのは遥か彼方まで転がってから。廃ビルと瓦礫を幾つも突き崩し、都市全体を包みそうなほどの粉塵を巻き上げた。

 舞い上がる土煙の中で、ヤタガラスの放つ光がチカチカと明滅する。だが、それも長くは続かない。

 ついに光が消失した。

 それと共に周囲が暗闇に包まれる。これまでヤタガラス自身が光り輝いていた事で照らされていたが、その光がなくなった事で本来の暗さ――――宵闇が戻ってきたのだ。夜を昼間のようにしてしまうヤタガラスの圧倒的パワーの産物であったが、底なしと思われた力もついに尽きたらしい。


【ピルルルルルルルルルルル……】


 マレビドスもそろそろ戦いを終わらせるつもりのようだ。バチバチと全身から稲妻を迸らせながら、触手で粉塵を払いつつ、自らが投げ飛ばしたヤタガラスの方へと向かう。

 いよいよ地球の命運を賭けた戦いが、決着を迎えようとしていた。人類、いや、地球生命全体にとって都合の悪い形で。

 少なくとも空からここまでの戦いを見ていた百合子は、そう思っていた。このまま指を咥えて眺めている場合ではない。


「ま、真綾さん! なんとか……なんとか出来ないのですか!?」


「無理ね。自衛隊は日本中で暴れている怪獣の対処に追われ、こんな廃都市に戦力を回す余裕なんてない。それに航空戦力は昨年のヤタガラス討伐作戦で壊滅して、こっちに短時間で来れる兵器なんて皆無。そもそも来たところで、今のマレビドスには小蝿ぐらいにしか感じないでしょうね。戦局を変えられるもんじゃない」


「そ、そんな……なんとか、なんとかしないと……」


「……外来からより環境に適した生物が侵入した時、その生物の存在に適応出来なかった種が絶滅するのは必然。かつて南米は有袋類が支配していたけど、北米から入り込んだ有胎盤類によって殆どが絶滅した。生き延びたのはオポッサムの仲間だけ。異星からの侵略でも、同じ事が起きているだけよ」


 対処法が思い付かない故か、真綾の言葉は落ち着いたもの達観気味。勿論彼女はそれで思考を放棄するような性格ではないと百合子は知っている。知っているが……諦めなければ解決するほど現実は甘くない。南米の有袋類達だって、最後まで生きるのを諦めなかった筈であるように。

 人間、ヤタガラス、そして地球の生命とて滅びる時は滅びる。駄目な時は何をやっても駄目なものだ。今回がその時だとしても、なんらおかしくない。

 無意識に強張らせていた百合子の手から、力が抜ける。息も吐いて、身体から力が抜けた。真綾の言葉に対する反論は何も思い付かず、自然と視線はヤタガラス達の方を向いていた。全ての決着が、望まぬ結末が訪れるのを受け入れたがために。


「……まだだ」


 ただ一人、茜だけが百合子達と違う考えを言葉にする。


「……茜。まだって言うけど、私らに出来る事なんて」


「そうじゃない。私らじゃないの」


「私達ではない……?」


 一体何を言いたいのか。茜の真意が掴めず、百合子と真綾は共に眉を潜める。

 だが、その説明を求める必要はなかった。

 『世界』を満たそうとする淡い光が、人間達の浅はかな考えを打ち砕いたのだから……

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