死闘

【ガアアアアアアッ!】


 咆哮と共に飛び立つヤタガラス。全身から放つ太陽光が如く輝きにより光の軌跡を残しながら、マレビドスに向けて直進する。さながら大空に向かって飛ぶ時のような、圧倒的な速さによる突撃だ。


【ピルルリルルリルルルル!】


 マレビドスもこれに臆さず立ち向かう。全身から稲妻を轟かせながら、六本の触手を広げた体勢で突進。真綾の予想通りならば磁気の力で浮かび、ヤタガラスに負けじ劣らずのスピードを出す。

 両者共に躱すという考えはないのか。猛烈な速度で飛んでいる二体は、そのまま正面から激突する!

 ぶつかり合った衝撃が広まり、瓦礫の山や朽ちたビルを崩す。だが怪獣二体は止まらない。激突時の反動で離れるどころかそのまま肉薄。取っ組み合いにもつれ込んだ二体は肉弾戦の応酬を始めた。


【グガァ! ガァッ! ガアァッ!】


 ヤタガラスは猛々しい叫びを上げながら、マレビドスを嘴で突く。いや、『突き刺す』という方が正確か。光り輝く嘴は、近付くだけで光分解を起こす状態だ。生半可な物質では防御すら出来ないだろう。

 しかしマレビドスはこれに耐える。嘴が当たる度にバチバチと電撃が迸るが、マレビドスの身体を覆う緑の発光は消えない。


【ピルリルルルルルル……!】


 ダメージがなければ反撃など造作もない。マレビドスは触手を伸ばし、ヤタガラスの顔面に絡み付かせた。

 マレビドスは顔面に絡ませた触手を大きく引き寄せるように動かし、ヤタガラスを横に薙ぎ倒す。ヤタガラスはその力を止めきれず、ごろごろと大地を転がされてしまう。

 ヤタガラスは翼を羽ばたかせながら体勢を立て直し、再びマレビドスと向き合う。しかし再突撃の前に、マレビドスの方が近付いてきた。


【ピルアァッ!】


 そしてマレビドスは束ねた触手で、ヤタガラスの顔面を殴り付ける!

 殴られたヤタガラスは大きく身体を傾けた。が、その勢いを利用して翼を力強く振るう!

 今度はマレビドスが、自分がヤタガラスを殴った時以上のパワーで打撃を受けた。マレビドスはヤタガラス以上に仰け反り、ごろんと後ろ向きに転がっていく。

 しかしマレビドスは触手を伸ばし、ヤタガラスの足に絡ませようとする。足を引っ張って転ばせるつもりだ。されどその技は以前見せたもの。ヤタガラスも何をされるか予想していたらしく、掴まれそうになった足を即座に上げて、空振りした触手を踏み付けた!


【ピルィッ!?】


【グガァゴオオッ!】


 掴むどころか踏まれてマレビドスが呻く。そして身体が僅かながら強張った隙にヤタガラスは跳躍しながら肉薄、マレビドスの顔面に両足で掴み掛かる。勿論ヤタガラスが飛べば踏み付け状態は解除されるが、取り戻した自由を生かして逃げる時間はない。

 ヤタガラスはマレビドスの顔面に肉薄し、鋭い足爪を突き立てて掴んだ。更にヤタガラスは足に力を込め、マレビドスの傘部分を握り潰そうとする。マレビドスの電磁フィールドはこれに耐えるが、しかし両足で掴まれて身動きが取れない。マレビドスは六本の触手をがむしゃらに動かしてヤタガラスを殴るが、ヤタガラスは微動だにせず。

 むしろダメ押しとばかりに、ヤタガラスはマレビドスの頭に噛み付く!

 ヤタガラスの嘴に歯など付いてない。されど怪獣の肉すら引き裂く顎の力は立派な武器だ。両足と顎、三つの力を加えられたマレビドスの頭が、僅かに歪み始めた。電磁フィールドの守りが、ヤタガラスの力に負け始めたのである。


【ピ、ルル、リル、ルリリ……!】


 圧迫される苦しみを示すように、マレビドスが呻く。身体を捻じり、触手を暴れさせて抵抗する。しかし足と顎の力で組み付くヤタガラスは、そんなものでは離れない。

 ならばとマレビドスは触手を伸ばし、ヤタガラスの身体のあちこち……翼や足、尾翼や首に押し付ける。

 全身を触手で触られたヤタガラスだが、それでも噛み付き圧迫攻撃を止めない。当然だろう。マレビドスは何時も触手を何本か束ねて攻撃していた。つまり触手一本の力では到底パワー不足だという事。その力を分散させてはヤタガラスを退かすなんて出来やしない。いや、そもそも押し付けるような触手の使い方ではダメージなど受けようがない。精々優しく突き飛ばす程度だが、マレビドスにヤタガラスを大事にしようなんて意図がある筈もなし。

 ならば一体何をするつもりか? 答えはすぐに明らかとなった。

 マレビドスの全身から迸る、ヤタガラスの輝きすらも掻き消すほどの稲妻によって。


【グガアァッ!?】


 マレビドスが全身から繰り出した電撃により、ヤタガラスは吹き飛ばされた。光子フィールドのみならず光分解の力で身を守っているにも拘らず、その衝撃を受け止めきれなかったのだ。電撃そのものも光り輝き、ヤタガラスの光子フィールドの糧となっている筈なのに。

 マレビドスが触手をヤタガラスの身体に押し付けたのは、触手からも放つ電撃で攻撃するためだったのだ。しかしながら核すら耐え抜くヤタガラスを押し退けるとは、凄まじい威力。恐らく並の怪獣ならば一秒と持たず、跡形もなく消えているだろう。

 当然周りのビルや瓦礫が耐えられる筈もない。ヤタガラスの体表面で弾け、拡散するように飛んでいった電撃の一つがビルに当たると、ビルの壁面がまるで塵のように粉々になって消し飛んだ。瓦礫の山など当たった瞬間に貫通し、そのまた向こうの、もっと奥の瓦礫も貫かれる。どれだけ大質量のコンクリートが行く手を阻もうと、雷撃は難なく突破していく。

 そしてビルを消し飛ばす電撃は、あくまでも命中後に拡散した余波に過ぎない。

 マレビドスは自らが放つ電撃を束ねて、ヤタガラスに向けて撃ち出した! 吹き飛ばされて仰向けになったヤタガラスは躱せず、雷撃は脇腹に命中。ヤタガラスは翼を広げ、足をバタつかせて踏ん張ろうとするが……力及ばず、押し出されるように地上を滑る。


【グ……グカ……グガアアアアアゴオオオオオオオオオオオオッ!】


 それでもヤタガラスの闘志は消えず。守りを固めるのではなく、両翼からレーザーを撃ち出す!

 放たれたレーザーはマレビドスの頭に命中。されどやはりレーザーは弾かれ、何処かに飛んでいくだけ。マレビドスは微動だにしない。

 ヤタガラスは電撃により何百メートルと飛ばされ、ついに廃ビルの一棟に激突。衝撃で崩れてきたビルがヤタガラスに降り注ぎ、その身体を生き埋めにする。今のヤタガラスは全身から強烈な光を発し、近付くもの全てを光分解するので、ビルの瓦礫は瞬く間に分解されて消滅した。だがヤタガラスや雷撃と触れなかった部分は消えず、爆音と共に粉塵を撒き散らす。ヤタガラスの姿は煙に塗れて見えなくなる。

 尤も、その時間は僅かなもの。煙を貫くほど強烈な光を放つや、ヤタガラスが翼を広げた体勢で飛び出してきた! 目指すはマレビドス。


【ピルルルルルルルルッ!】


 マレビドスはこれを触手六本分の電撃で迎え撃つ。

 マレビドスの電撃は多少曲がりながらも、ほぼ真っ直ぐに進んでいた。雷などが曲がるのは、空気分子にぶつかった際一度止まる事で起きている現象。しかしマレビドスの電撃はあまりにも出力が高い。電撃が空気分子を吹き飛ばしてしまい、結果真っ直ぐ飛ぶ……と人間の科学者なら説明するだろうか。

 それでも僅かながら曲がってしまうのだから、遠距離戦や高速戦闘では外れてしまう事も多いだろう。加えて威力の大きさからして、エネルギー消費も激しいに違いない。故にマレビドスはこれまで正確かつ高速、そして消耗の小さな光線を使っていたのだろう。しかし本気のぶつかり合いで手加減など無用。得意な地上戦に持ち込み、距離も詰めたところで必殺技を使った訳だ。


【グ……グ、ガアアアアアアアアアアアッ!】


 マレビドスが放った電撃を正面から受け、一瞬持ち堪えたものの、ヤタガラスは押し負けてしまう。大地を激しく転がり、衝撃で地上に地震が起きる。

 転がされた距離は、ざっと五百メートルほどだろうか。電撃が止まってもしばし転がり続けた後、広げた翼を手のようにして踏ん張りヤタガラスは止まったが……今まで即座に行っていた反撃がない。それどころか深く項垂れ、息を荒くしている。

 明らかにヤタガラスは消耗していた。

 核兵器ですらも耐え抜いた守りを、本来ならば更に強化してしまう光を放つ攻撃で追い詰める。マレビドスが地上戦に誘導しようとしたのも頷ける……マレビドスは地上での戦いならば、絶対的な自信があったのだ。初戦はヤタガラスに押されていたように見えたが、あんなのはただの様子見で、奥の手を隠していた。

 そしてもう、手加減はない。


【ピルルルルルル……】


 弱ったヤタガラスにマレビドスは少しずつ近付く。間違いなく優勢であるが、そのゆっくりとした接近の仕方に油断や余裕はない。むしろ強い警戒心を感じさせる。

 マレビドスは最後まで気を抜くつもりなどないという事だ。油断しているなら隙を突いて大きな一撃を与えられるかも知れないが、そうでないなら逆転は極めて難しい。

 地球最強の怪獣も、広い宇宙から見ればまだまだ格上がいるという事か。しかしヤタガラスはその現実を認めるつもりがないらしい。激しい闘志を露わにしながら、マレビドスを睨み付ける。翼を地面に付けた四つん這いの、勇ましさよりも弱々しさを感じさせる体勢でありながら、全身から放つ光はその強さを増していく。

 マレビドスはヤタガラスから少し離れた、仮にヤタガラスが破れかぶれの突撃を仕掛けても対処可能な距離で止まる。そしてその場で全身を覆う緑の光を強めていった。

 近付かず、遠くから止めを刺すつもりか。

 この一発で全てが決するとは限らない。だが決しなければ何度でもマレビドスは雷撃を放つだろう。ヤタガラスが力尽きるまで、いや、跡形もなくなるまで。


【ピィイイルルルルルルルルッ!】


 マレビドスは容赦のない攻撃を、弱りきったヤタガラスに向けて放った


【グガアァッ!】


 直後、ヤタガラスが自らの翼を交差させて構える!

 防御の体勢か。そう周りに思わせたのも束の間、今まで全身から放っていたヤタガラスの七色の輝きが失せた。

 ついに無敵の守りが消えてしまったのか。しかしそう思わせたのも一瞬の事に過ぎない。

 マレビドスの放った電撃はヤタガラスが構える翼に命中した――――直後、その攻撃がのだ! さながら鏡に反射するかのように!

 どうやらヤタガラスの方はまだ奥の手を隠していたようだ。跳ね返された電撃は、綺麗にマレビドスに返った訳ではない。幾つかに拡散し、殆どがマレビドスとは関係ない方に飛んでいく。だが一本だけはマレビドスの下に戻り、その身体をど真ん中から穿つ!


【ピルキィ!?】


 反射された雷撃を受けて、マレビドスは悲鳴と共に横転。さしもの宇宙怪獣も自分の攻撃が当たると痛いらしい。大きな呻きを上げてひっくり返る。

 見事一矢報いたヤタガラスであるが、こちらも無傷ではない。雷撃を受け止めた翼はぶすぶすと黒煙を上げ、羽根の縁がボロボロになっていた。マレビドスの攻撃を受ける直前、ヤタガラスの身体から七色の光が消えている。恐らく光子フィールドを解除したのだろう。反射攻撃を行うには光子フィールドが邪魔であるが、直接羽根が攻撃を受けるため負担も大きいに違いない。

 だからこそ今まで温存してきた訳だ。そして限界までタイミングを見計らった甲斐はあったらしい。


【グガアアアゴオオオオオオオッ!】


 傷付いた翼を羽ばたかせ、ヤタガラスは目の前の敵に突撃する!


【ピ、ルルッ――――】


【グガアァッ!】


 ヤタガラスの接近に気付き、起き上がろうとするマレビドス。だがヤタガラスの方が遥かに速く、マレビドスに肉薄した。そして全体重を乗せてマレビドスを押し倒す。

 倒れたマレビドスは慌てふためいたように暴れる。よく見てみれば、今までその身を包んでいた緑の輝きが酷く薄らいでいるではないか。

 どうやら自身の電撃は、電磁フィールドを破りこそしなかったが、相当大きなダメージを与えたらしい。あともう少し、大きな打撃を受けたら破れてしまうほどに。

 ヤタガラスは果たしてそれを見抜いたのか、はたまた単に怒り狂っているだけか――――恐らく後者だと思わせる激しい憤怒を撒き散らしながら、ヤタガラスはマレビドスの触手の一本に噛み付く! そのまま一気に身体を仰け反らせ……

 ぶしゅりと生々しい音を立てて、マレビドスの触手が千切れた!


【ピルルリィルルルルッ!?】


 触手の一本が千切られ、マレビドスが悲鳴を上げる。残り五本の触手をのたうち回らせているが、それはヤタガラスを押し退けるには足りない。

 今度は顔面に迫ってきた触手目掛け、ヤタガラスは喰らい付く! マレビドスの纏う光は徐々に強さを取り戻し、今度は身体を仰け反らせるだけでは切れない。ならばとヤタガラスはマレビドスを踏み付け、マレビドスを押し退けるようにしながら仰け反った。二つの力を合わせれば、あっという間に二本目の触手も千切れ飛ぶ。

 触手を失ったところで、致命的な傷ではないだろう。しかし六本のうち二本も失えば、攻撃の手は三分の二しか残らない。束ねて繰り出すパンチも最大威力が三分の二まで落ちる。格闘戦の戦闘能力が落ち、この後の戦いに大きく響くだろう。

 ヤタガラスも傷を負っているが、その身は再び光を放ち始めている。こちらは致命的な戦闘能力の低下を起こしていない。

 まだまだ戦いは続くだろうが、マレビドスの力は大きく落ちた。ここまでの地上戦ではマレビドスに分があったものの、三分の二まで落ちた戦闘能力では流石にヤタガラスに劣るだろう。ヤタガラスの勝利が大きく近付いたのは確かだ。

 このままヤタガラスが押し切れる。それが現実味を帯びてきた……そう感じたのはヤタガラスや人間達だけでなく、マレビドスも同じだろう。

 そして怪獣に、人間のようなプライドなんてない。


【ピ……ィイイイイキイイイイイイイイイイイイィイイイイッ!】


 だからマレビドスは一切の躊躇いなく叫ぶ。これまで何度も見せてきた、怪獣達を呼び集める雄叫びを。

 また怪獣を呼ぶつもりか。マレビドスの鳴き声からそれを察したのは、科学文明を操る人間達だけではない。何度もその光景を目にし、そして身を以てその『厄介さ』を体験したヤタガラスも同じだ。


【グァアア……!】


 ヤタガラスは押し倒していたマレビドスから一度離れる。追撃を諦める形であるが、背後などから不意打ちされるよりはマシとの判断か。次いで翼を広げながら、身構えるような体勢を取った。全方位を警戒する動きだ。

 最早奇襲は通じない。そう言わんばかりの反応だが、マレビドスはゆっくりと起き上がるだけ。諦めた様子や、逃げようという素振りは見られない。

 何かを企んでいるのか?

 誰もがマレビドスの真意を読めない中、マレビドスの背後から迫る影がある。視線を向けてみれば、それは二体の怪獣……ガマスルだと分かった。

 体長はどちらも凡そ八十メートル。人類にとっては絶望的な戦力であるものの、ヤタガラスにとってはレーザー一発で消し飛ばせる有象無象に過ぎない。いや、それ以前に今のヤタガラスは消滅の光を纏っているのだ。ガマスルでは触れる事すら叶うまい。

 勿論ちょろちょろと動き回り振る舞えば、それはそれでマレビドスへの援護になるだろう。しかしながら触手二本分の働きをしてくれることはあるまい。なのにどうしてマレビドスは、勝利を確信したかのように悠然としているのか。

 答えは、間もなく明らかとなった。


【ピルァッ!】


 マレビドスが力強く唸るや、一本の触手を伸ばす。

 ただし伸ばす先は、ヤタガラスではなく呼び寄せたガマスルの一体に向けてだが。


【ギョギアッ!?】


 マレビドスが振るう触手の先は針のように鋭い。ガマスルの皮膚を貫き、深々と突き刺さる。

 何故自分で呼び寄せた怪獣を、自分の味方になってくれる怪獣を、自分の手で傷付けるのか? ヤタガラスすら困惑した様子だが、マレビドスの行動はこれだけでは終わらない。

 突き刺した触手が、どくん、どくんと、鼓動するように波打ち始めるのだった。

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