最後の激突

 誰もが思わず空を見る。人間のみならず、マレビドスさえも。

 しかし人間の目には、空を仰いでも声の主の姿は見付からない。夕刻で空が暗くなっている所為か、どれだけ凝視しても影も輪郭も捉えられない。だが先の大声があるのだ。間違いなく『奴』は空にいる。

 その予想が正解だと語るのは、茜色の空に突如現れた閃光。


「ま、不味い! 退避します!」


 ヘリの操縦士はそう叫ぶや、真綾の許可も得ずに機体を全速力で後退させる。

 直後、落雷を彷彿とさせる光が空から落ちてきた! 轟音も響き渡り、ヘリコプターの機体を震わせる。

 だがそれは雷ではない。雷は直進しないし、何より何秒にも渡って続くものではないのだから。

 レーザー光線だ。人類では到底敵わない、圧倒的破壊力を宿した破滅の光。狙いは極めて正確で、マレビドスの身体目掛けて飛んでいく。

 光の速さで迫るレーザーはマレビドスの身体を直撃。されどマレビドスの身体にも防御フィールド(あると考えねばならないほど優れた防御力)が存在する。直撃したレーザーは四方八方に飛び散り、辛うじて倒れていないビルや瓦礫に命中して爆発を起こす。マレビドスの身体には届かない。

 ダメージを受けていないマレビドスは、六本の触手を空に向けた。触手の先端は煌々と光を放ち始め……六本のレーザーを撃つ。

 マレビドスの放つレーザーは、空から降り注ぐ光線の元へと飛んでいき――――命中を示すように、空で一際強く光を放った。


【グガアアゴオオオオオオオオオオッ!】


 されど空の怪獣は墜ちず。

 咆哮と共に空から黒い影が、翼を広げたヤタガラスが飛んでくる! レーザーは未だ嘴の先から放たれたまま。そして目指す先にいるのはマレビドス。

 マレビドスはヤタガラスの意図に気付いたのか、触手からのレーザーを強める。だがヤタガラスは止まらない。そのまま一直線に、マレビドスのレーザーを翼で切り裂きながら降下。

 減速なんてしないまま、ヤタガラスは体当たりをマレビドスに喰らわせる!


【ピルルリルルッ……!】


 体当たりの衝撃でマレビドスが体勢を崩す。転倒まではいかないが、大きく傾いた身体では反撃など出来まい。

 その隙を突いて、ヤタガラスはぐるんと回転して回し蹴りを放つ! 巨大な傘部分に足蹴を受けて、マレビドスは大きく吹き飛ばされた。傾いたビルに激突し、瓦礫と粉塵を撒き散らす。

 ただの怪獣ならばこれだけでしばらく再起不能になりそうだが、しかしマレビドスはヤタガラスに匹敵する化け物。この程度では僅かに怯むだけ。


【ピルァ!】


 触手を三本伸ばし、マレビドスはヤタガラスの翼を掴んだ。ヤタガラスは羽ばたいて暴れるが、マレビドスの触手は離そうとしない。

 それどころか渾身の力を込めて、ヤタガラスを大きく投げ飛ばす!

 投げられたヤタガラスは大地の上を転がった。瓦礫を吹き飛ばし、道路を残骸へと変えていく。しかしヤタガラスは怯まない。素早く羽ばたいて体勢を立て直すや、ヤタガラスは両翼の先からレーザーを二本撃つ!

 マレビドスはレーザーを受け、反動からか少しだけ後退り。その僅かな間にヤタガラスは大地を蹴り、前に向けて飛び立った。

 二度目の突進。

 今度は頭から突っ込み、強烈な頭突きをマレビドスに喰らわせた。マレビドスは大きく後退する、が、自分だけが転んてなるものかと言わんばかりに触手を伸ばす。巻き付いたのはヤタガラスの足。僅かにヤタガラスの顔が引き攣ったが、対処は間に合わない。


【ピルルルッ!?】


【グギャガァッ!?】


 マレビドスが転倒するのと共に、ヤタガラスの足が引っ張られる。二体はほぼ同時に転ぶ格好となった。

 どちらもこの体勢は不味いと判断したのか。起き上がり、下がるのを優先。両者が同じ判断をした結果、一気に二百〜三百メートルほどの距離を開ける。

 互いに睨み合うヤタガラスとマレビドス。互角の戦いを繰り広げた二体には、少なくとも今は退くつもりなどないらしい。ここまでの戦いを見ていた百合子はそう感じた。

 しかしヤタガラスの方は、一旦退かねば不味いのではないかとも思う。


「(そろそろ日が沈みます……!)」


 空は暗く、地平線の茜色も黒ずんできた。恐らくあと十数分で完全な夜が訪れるだろう。

 ヤタガラスの光子フィールドやレーザー攻撃のエネルギー源は、全身の羽根に取り込んだ光だ。その光の源は様々だが、一番はやはり太陽光だろう。

 夜を迎えたヤタガラスの身体からは、光子フィールドが消滅ないし薄れる。それは人間側が行った駆除作戦からも明らかだ。夜になるとヤタガラスの力は大きく落ちてしまう。それこそ人間やただの怪獣でも、多少なりとダメージを与えられるほどに。

 マレビドスも光子フィールドを纏っているのなら、条件は五分だろう。しかしもしも光子フィールドとは違う、別種の防御方法を採用していたならば、夜になっても力が衰えないのではないか……

 百合子が抱く懸念。されどその懸念を吹き飛ばすように、ヤタガラスが『変化』する。

 自らの身体を、眩く光らせる事で。


「あれは――――」


「ヤバい! 全速後退!」


 百合子がその輝きについて触れる前に、真綾が指示を出す。操縦士はその言葉に従って後退し、ヤタガラス達の姿はどんどん遠くなる。無論その分戦いの様子は見難くなるが、致し方ない。

 ヤタガラスが放つあの輝き方は、恐らく以前ユミルと人類相手に見せたもの。触れたものを尽く消し去る、消滅の光だ。


「あ、あ、ぁ……!」


 その印象が正しい事は、恐怖に引き攣った茜の顔と声も物語る。

 百合子は怯える茜を抱き寄せつつ、ヤタガラスを見遣った。こちらの事など気にも留めず、光を放ち続けるヤタガラス。光はどんどん強くなり、太陽すらも超えていく。

 やがてヤタガラスの周りにある瓦礫達が、塵のように砕けて消えた。

 思った通り、ユミル相手に見せた力と同じものだ。触れたもの全てを消し去る光。さながらファンタジーが如く一方的な技だが……科学者である真綾は現実的な解釈を行えたらしい。淡々と語り出す。


「成程……光分解ね。論文は読んだけど、こうして目にすると非常識さが分かるってものね」


「光分解?」


「強い光エネルギーが分子の結合をぶっ壊して起きる現象よ。日の当たる場所にものを置いてると、色が変わったり脆くなったりするでしょ? あれは紫外線によって分子構造が壊された結果。ヤタガラスの光エネルギーはあまりにも強過ぎて、触れた瞬間に何もかもが分解されるのよ」


 真綾が語る理屈に、百合子は納得するように頷く。尤も、細かな理屈や非常識さをここで理解する必要はないだろう。要するに、比喩でなく本当に触れたらアウトという事だ。

 恐らく、人間の力では真似すら出来ない必殺技。これにはマレビドスもたじたじなのではないか……地球の生命である百合子としてはそう期待する。

 だが、『怪獣』マレビドスは人間の淡い希望など汲んではくれない。

 ヤタガラスが放つ強烈な光を僅か数百メートル先で受けながら、マレビドスは平然としていた。消滅する様子どころか、苦しんだり抵抗したりする仕草もない。それぐらいの攻撃、端から想定内だと言わんばかりに。

 しかし全く変化がなかった訳ではない。

 マレビドスはその身体から、を放つようになっていた。放つといっても攻撃している訳ではなく、四方八方に飛び散る形であるが。さながら高ぶらせた力を抑えきれず、溢れさせるように。

 あの電気がマレビドスの守りの正体なのだろうか――――素人である百合子でもそう思うぐらいだ。科学者の真綾は更に多くの事を理解しただろう。

 だからこそ、彼女はその目を大きく見開いて驚きを示す。


「まさか、アイツ発電能力を持ってるの!? だとしたら空を飛ぶのは磁気浮上で、触手から放っているのは荷電粒子ビーム……そんな馬鹿な、一体どれだけの強さがあれば……ううん、それよりも問題は……」


「あ、あの、真綾さん? どうしたのですか? マレビドスについて何か分かったのですか?」


「……ええ、分かったわ。ヤタガラスにとって非常に不味い事実が」


 百合子が恐る恐る尋ねると、真綾は落ち着いた……いや、達観したような声で答える。

 真綾の様子のおかしさに、ヤタガラスの姿に恐怖していた茜も困惑した目を向けた。真綾は自分の気持ちを落ち着かせるためか、深々と息を吐き、語り出す。


「恐らく、マレビドスは電気を生み出す力がある。ヤタガラスが光エネルギーを用いるようにね」


「電気、ですか?」


「そう。そしてマレビドスは電気の力でフィールドを展開している。強力な電磁波を展開してシールドのように振る舞わせているのよ。恐らくローレンツ力、磁気によって物体の軌道を捻じ曲げているんだわ。光エネルギーであるレーザーが届かないのは、強力な磁力で吸着された大気分子やイオンが壁のように展開されているからかしら」


 早口で、捲し立てるように語られる真綾の推論。難しい理屈は分からないが、どうやら電気の力でも防御フィールドを展開出来るらしい。

 しかしただ防御フィールドを展開出来るだけなら、条件はヤタガラスと互角の筈。ならば一体何がヤタガラスにとって不味いのか?


「宇宙空間では、常に防御フィールドを展開しないといけない。隕石や小さなゴミとかが超音速で飛び交っていて、守りを固めないといけないのがその理由。だからマレビドスは、宇宙空間では常に防御フィールドを展開してきた筈。そして宇宙の旅が一日二日で終わるとは思えない。何年も、何十年もフィールドを展開し続けている筈よ」


「……何十年も……」


「対してヤタガラスにその必要はない。地球上なら周期的に太陽光が降り注ぐんだから。なら、何日も光子フィールドを展開する力は必要ない。必要ないなら持たない方が得。だって無駄な力を持つぐらいなら、繁殖能力や飛行能力を強くした方が良いんだから。エネルギー効率的にね」


「……つまり、ヤタガラスのあの状態は……長続きしない?」


「確かな事は言えないけど、多分間違いないわ。長期戦になったら、ヤタガラスが負ける」


 断言する真綾。

 人間達が抱いた不安を余所に、第二ラウンドの開始を告げたのは、ヤタガラスの雄叫びだった。

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